実のない花
広場には人だかりができていた。
ベルの姿を探して首を巡らすと、ちゃっかり先頭に陣取ってるのが見えた。
こういう場面で、どうして女はこうも強かなんだろうか。

「ミスミ、チェレン、こっちこっちー」

ベルが手を振ってオレ達を呼ぶ。けれど、リクを連れてあの人混みにいくのは抵抗があった。
動かないオレを訝しく思ったのか、チェレンが眉根を寄せた。

「ミスミ、どうしたの?」

「人混みは嫌だから、オレはここで見る。チェレンはベルのとこに行ってやれよ」

チェレンはリクに目をやると、心得顔で頷いてポカブを連れてベルのもとに向かった。

「タージャも近くで見たかったら、ベルのとこに行ってもいいぞ」

タージャは人混みを一瞥すると、無言で首を横に振った。
タージャも人混みは得意ではないようだ。実はオレも苦手だ。

オレ達は広場の隅の木陰に移動した。
木の幹にもたれ、広場に造設されたステージを見上げる。見づらいかと思ったが、意外にも穴場だったようでステージ上の様子がよく見えた。
ステージ上には、住む世界を間違えてるぞとつっこみたくなる服装の連中が整列していた。制服なのか、男女の差異はあれど全員中世の騎士みたいな格好だ。
へんなかっこー、と純粋で残酷な子供の野次が飛ぶ。隣に座るタージャも同意見らしく、鼻で笑った。
両端には見たことないエンブレムを象った旗が風に揺れていた。有名な集団ではないようだ。それでもこれだけの人が集まるということは、カラクサタウンには娯楽が少ないのだろう。少しだけ親近感が湧いた。

しばらく待っていると、コスプレ集団の奥からモノクルを掛けたでかいおっさんが前に出てきた。いかつい顔と“サイコキネシス”でも放てそうな模様のローブから、ただ者ではないことがわかる。
腕の中でリクが震えた。でかいおっさんが怖いのだろうか。抱え直し、出来るだけリクの視界におっさんが入らないようにする。大丈夫だ、と耳の付け根を撫でてやると、少し落ち着いたようだった。
でかいおっさんは辺りを見渡し、おもむろに口を開いた。

「ワタクシの名前はゲーチス。プラズマ団のゲーチスです」

ゲーチスと名乗ったおっさんの声は重々しく、腹にずしんと響いた。

「今日みなさんにお話しするのは、ポケモンの解放についてです」

解放、その一言で戸惑いの波が広がった。
楽しい出し物じゃなかったのか。少しがっかりだ。

「われわれ人間は、ポケモンとともに暮らしてきました。お互いを求め合い必要としあうパートナー。そう思っておられる方が多いでしょう。ですが、本当にそうなのでしょうか?我々人間がそう思い込んでいるだけ。そんなふうに考えたことはありませんか?」

おっさんは大仰な身振り手振りを加えて語る。
早々に興味が失せたのか、タージャは大きな欠伸をした。

「トレーナーはポケモンに好き勝手命令している。仕事のパートナーとしても扱き使っている。そんなことはないと、誰がはっきりと言い切れるのでしょうか」

否定する言葉、もしかしたらと肯定する言葉、色んな言葉が人々の口から漏れる。
あのおっさん、人の心を動かすのがうまいらしい。だが、不思議なことにオレの心は冷めていく一方だ。

「いいですか、みなさん。ポケモンは人間とは異なり、未知の可能性を秘めた生き物なのです。我々が学ぶべきところを数多く持つ存在なのです。そんなポケモンたちに対し、ワタクシたち人間がすべきことはなんでしょうか?」

人々が戸惑うなか、誰かが「解放?」と口にした。
あまりのタイミングのよさにサクラじゃないかと疑う。どっちでもいいけど。

「そうです! ポケモンを解放することです!! そうしてこそ人間とポケモンは、はじめて対等になれるのです。みなさん、ポケモンと正しく付き合うためにどうすべきかよく考えてください」

なんだろう、この違和感は。格好のせいか、それとも、リクが怯えているからか。
言ってることは納得できなくもないが、ひどく胡散臭い。本心からの言葉に聞こえない。まるで実のない花だ。

「というところでワタクシ、ゲーチスの話を終わらせていただきます。ご清聴感謝いたします」

拍手の代わりに困惑の言葉を受けながら、おっさんはうやうやしく頭を下げた。


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