運命的偶然
コスプレ集団が撤収した後も、広場は騒ついていた。
「私はポケモンを苦しめていたのか」と自分を責めるおっさん。「ポケモンはかいほうしなきゃいけないの?」と無邪気に問うてくる娘に「そんなことないわよ」と諭す母親。「ありえない話だ」と笑い飛ばすにいちゃん。
でかいおっさんの話は、大なり小なり、ここの人達に衝撃を与えたようだ。
まさに青天の霹靂。実際、あの格好は今日みたいな青空の下には不似合いだ。
「さっきの連中、なんだったんだろな?」
タージャは興味なさげに鼻を鳴らした。リクはあのおっさんがいなくなったことに安心しているらしく、ゆらゆらと尻尾を振っている。
こいつらにとって、さっきの演説は対岸の火事だったらしい。
当のポケモンには全く相手にされていないとは、少々可哀想な連中だ。
しだいに斑になっていく人波を眺めていると、その中からベル達が出てきた。
「ミスミ、さっきの話の意味わかった?」
「話の意味はわかったけど、ファッションセンスは謎だったな」
そうだねえ、とベルはへらへら笑った。
「君達、ずいぶんと軽く考えるね」
「チェレンはおっさんの話を気にしてるのか?」
チェレンは心外そうに眉をひそめた。
「まさか。トレーナーとポケモンはお互いに助け合ってる。あんな連中の言うこと、気にする必要ないよ」
「そうだよねえ。一緒にいた方が楽しいもん」
ねえ、とベルはミーちゃんとチーちゃんに笑いかけた。意味をわかっているのかいないのか、ミーちゃんとチーちゃんも笑い返す。
「じゃあ、僕は先に行くよ。はやくジムリ ーダーと戦いたいからね」
チェレンの足下で、ポカブが気合いを入れるように鼻から火の粉を出した。
「へえ、ジムに挑戦するのか」
「チェレンの夢はチャンピオンだもんねえ」
「えっ!?」
ちょっとまて。そんなこと初めて聞いたぞ。なのに、
「なんでベルが知ってるんだ!?」
オレだけのけ者か!?
チェレン私をポケモンリーグにつれてって、てやつか!?
「ミスミがツタージャを追いかけてる間に、チェレンがポカブに言ってたのを聞いたんだ」
「なんだ、そういうことか」
よかった、二人だけの秘密とかじゃなくて。
それにしても、チェレンがチャンピオンを目指していたなんて意外だ。やたらポケモンの勉強をしていたから、ポケモン博士になるんだろうと勝手に想像していた。そうか、あの勉強はチャンピオンになるためだったのか。
「今まで黙ってたのはいけ好かねえけど、友人として応援してやるよ」
「あたしも応援してるからね!」
「ありがとう。それじゃ、またね」
先へ向かうチェレンとポカブを見送る。
その背中はまっすぐで、夢に向かっていく力強さを感じた。
「ベルは何か夢とかあるのか?」
「あたしはまだなにも。でも、この旅でやりたいことを見つけられたらいいなあって思うの」
なにも考えてないようなぽやぽやとした顔して、ベルもベルなりに考えてたのか。
チェレンのことも、ベルのことも、なんでも知ってる気でいたけど、意外と知らないことばっかりなんだな。
「そっか。がんばれよ」
「うん。じゃあ、あたしは買い物してくるね。カノコにはショップがないから、どんなものが売ってるのか楽しみだよ」
駆け出した背中に転ぶなよ、と注意する。
大丈夫と答えたけど、多分転ぶんだろうな。頑張れ、ミーちゃん&チーちゃん。
「さて、オレ達はカラクサ見物としゃれこむか」
タージャがジャンプしてフードの中に入った。それを合図に歩き出す。
まだ軽いバックの中で、空のモンスターボールやきず薬がカンカンと行進曲を奏で始めた。
特に行くあてもなく、適当に目についた路地裏に入ってみた。カノコタウンは家と家の間が広いから、建物に囲まれた通りは新鮮で、どこに出るのかとわくわくする。
両側の壁には蔓草が絡み付いていた。手入れが行き届いているであろうそれは、レンガ造りの壁によく映える。
そういえば、町の入り口近くの看板に『生い茂る蔓は繁栄の証』と書いてあった。
なるほど、繁栄の蔓か。
「タージャみたいだな」
べしっと後ろから頭を叩かれた。
一緒にするなということか。悪い意味じゃねえのに。
「はいはい、悪かったよ」
「ジャ」
わかればよろしい、とでも言うようにタージャは鳴いた。
平坦な道を進んでいくと、やがて緩やかな勾配の石段に変わった。タウンマップに書かれている通り、起伏に富んだ町並みのようだ。
2段飛ばしで石段を登っていく。
石段を登りきると、そこには広大な景色が広がっていた。
青々と生い茂る木々と、それを切り開いて作られた道 。
その先に続く街はサンヨウシティだろうか。カノコタウンやカラクラタウンより大きく、背の高い建物が多く立ち並ぶ。
さらに奥には雲を被った山が雄壮に聳え立っていた。
その山に向かって、鳥ポケモンの群れが羽ばていく。
「すごい眺めだな」
「タジャ」
同意するようにタージャが鳴いた。腕の中のリクも、ここからの景色に魅入っているようだった。
イッシュの一部だけで、こんなにすごいんだ。なら、あの山の向こうには、どんな景色が広がっているんだろうか。
「これから、それを見にいくんだな」
セッションでもしているのか、すぐ後ろの民家から楽しげな曲が聞こえてきた。それも相まって、自然と気分が高揚していく。
「ん?」
ふと、2番道路に挙動不審な人影が見えた。顔はよく見えないが、服装からして中年男性だろう。
おっさんはボールからマメパトを出すと、そのままマメパトに背を向けて走りだした。
オレは自分の目を疑った。
ポケモンを逃がしたんだ。
さっきの演説の影響か?
そりゃ、格好はともかく、言ってることはもっともらしかったけど。それにしたって「はい、そうですね」なんて唯々諾々と従うもんじゃねえだろ。
マメパトは走り去ったおっさんの方をずっと見ていた。
遠すぎてよく見えないが、突然逃がされて戸惑ってるんじゃないか?哀しんでるんじゃないか?
あれじゃ、思い込みでポケモンを好き勝手してることには変わらない。
知らず知らずのうちに、リクを抱く腕に力が籠もった。
と、
「タジャ!」
「だっ!?」
後頭部に衝撃がきた。リクがきゃんきゃん甲高い声で吠える。
振り返っても、当然のことながらそこにはタージャしかいない。意志の強い緋色の瞳に射抜かれる。
怒ってる?いや、それとは少し違う。
「どうしだっ!?」
また叩かれた。リクもまた吠える。
何を訴えてるんだ。こんな時、ポケモンの言葉がわかったらいいのに。
なんて滑稽なことを考えていたら、
「キミのポケモン、今話していたよね」
滑稽な言葉が頭上から聞こえた。