実のない花
「タージャ、“たいあたり”!」

タージャが駆け出し、野生のタブンネにぶつかっていった。タブンネがよろめく。つかさずモンスターボールを投げた。モンスターボールはタブンネを捕らえ、3回揺れて動きを止めた。

「おつかれさん」

タージャの頭に軽く手を置いて労い、タブンネが入ったボールをバッグしまう。
さっき捕まえたミネズミと合わせて、これで2匹。時間もちょうどいいし、そろそろカラクサタウンに行くか。
オレは茂みに隠れていたリクを呼んだ。

「リク、そろそろ行くぞ」

リクはそろそろと茂みから出てきて、オレの隣に並んだ。タージャのことはまだ怖いらしく、出来るだけ距離を置いているようだった。

カラクサタウンのポケセン前に着いたのは、ちょうど待ち合わせ時間ぴったりだった。
先に着いていたチェレンがオレに気付いて声を掛けた。それに適当に返事をする。
チェレンはリクを見るなり、意を得たような顔をした。

「結局、リクも連れてきたんだ」

「ああ。こいつも旅する気はあるみたいだから」

「大丈夫なの?」

チェレンは眉を寄せた。
リクはチェレンのポカブが物珍しそうに寄ってきた途端、オレの後ろに隠れた。
しゅんとしたポカブの肩をタージャがどんまいというふうに叩いた。
当のリクといえば、近くに人やポケモンが通るたびにびくびくしている。
安心させるために、オレはリクを抱き上げた。

「はやいとこ、臆病を直さないとな」

背中を撫でてやれば、落ち着いたのか震えは止まった。
オレについてきたということは一応リク自身も臆病を直す気はあるんだろうけど、難しいな。

「おうい、ミスミ! チェレン!」

ベルの声がした。
そっちを向くと、ベルが手を振りながら走ってきていた。
その体がふいに傾いた。支えようとスカートを引っ張ったミジュマルもろとも、ベルが地面に突っ伏す。

はずさねえな、こいつ。

チェレンとベルのもとまで駆け寄り、起こしてやる。

「大丈夫か?」

「怪我は?」

「あたしは大丈夫! それより、ミーちゃんは?」

ミジュマルはよろよろと立ち上がり、大丈夫だというように胸を叩いた。

「よかった。ごめんね」

ベルは屈んでミジュマルを抱き寄せた。
気にするなとでもいうように、ミジュマルはベルの腕をぽんぽんと叩いた。

「ベル、君がこれからの旅で怪我しないか心配だよ」

チェレンは何度目かわからないため息を吐いた。
ベルは頬を膨らませてチェレンを見上げた。

「もう、チェレンまでパパみたいなこと言って」

「チェレンの心配ももっともだろ。ミーちゃんだっけ? ベルが怪我しないように頼むぜ」

ミーちゃんは力強く頷いた。
ベルよりよっぽどしっかりしてそうだ。

「二人とも、そんなことより勝負しようよ。捕まえたポケモンの数で勝負する約束でしょ?」

忘れちゃったの、とベルは唇を尖らせた。

「心配しなくても覚えていたよ。僕は3匹捕まえた」

「オレも3匹。て言っても、リクを数に入れていいかは疑問だけどな」

「2人ともそんなに捕まえたんだ。すごいねえ。あたしは1匹だけしか捕まえられなかったよ」

負けたというのに、なんてことないようにベルは言った。むしろ、嬉しそうだ。
いいポケモンを捕まえたのかもしれない。とはいっても、1番道路にはヨーテリーやミネズミとその進化系、それからタブンネくらいしか棲息していないから、珍しいポケモンではなくベル好みの可愛いポケモンだろう。

「何を捕まえたんだ?」

「すごく可愛い子だよ。チーちゃん、出てきて!」

ベルが投げたモンスターボールから出てきたのは、オレの予想を裏切るものだった。
白い体毛に覆われた小さな体。大きな耳にふさふさな尻尾。つぶらな瞳で見上げてくるのは、この辺りには棲息してないはずのチラーミィだった。
アララギ博士の研究所やカノコタウンに立ち寄った旅のトレーナーが持っていたのは見たことあるが、野生では見たことがない。

「可愛いでしょ? お昼ご飯のサンドイッチをわけてあげたら、そのままついてきてくれたの」

ベルが手を差し出すと、チラーミィは腕をつたってベルの肩に移った。
試しに撫でてみると、尻尾でオレの手を撫で返してきた。くすぐったい。
ずいぶんと人に慣れている。
野生のポケモンは、捕まえた後も慣れるまでは多少人間を警戒するらしいのに。特に、自分の“おや”ではない相手には。

「もしかして、こいつ、元は人のポケモンだったんじゃないか?」

「そうかもしれない。チラーミィの棲息地はここから遠いから、迷い込んだってわけではないだろうし」

「じゃあ、チーちゃんは誰かに捨てられたってこと?」

「可能性はある」

チェレンの言葉にオレも頷いた。

「チーちゃん、哀しかったろうな」

ベルはチラーミィの頭を撫でて俯いた。
チラーミィはベルを慰めるように、尻尾でベルの頬を撫でた。ベルはありがとうと笑って、チラーミィを抱き締めた。
こんなに人が好きなんだから、元のトレーナーも悪い奴ではなかったはずだ。だったら、どうして逃がしたりしたんだろうか。
病気かなにかで逃がさざるをえない事態になったのか、それとも……。

「広場でなにか始まるらしいぞ!」

思考を遮るかのように、誰かが大声で言った。
顔を上げると、近くにいた男二人がポケモンセンターの先にある広場に走っていくのが見えた。

「何かのイベントか?」

「おもしろそうだねえ。行ってみようよ!」

さっきのシリアスはどこへやら。期待に瞳を輝かせたベルが、広場に向かって走りだした。慌ててミジュマルがその後を追いかける。

「相変わらず立ち直りは早いな」

「そこがベルのいいところだけどね」

「まあな。チェレン、オレ達も行ってみるか?」

「興味はあるよ」

「じゃ、行くか」

タージャ達を呼ぼうと足元を見下ろすと、いまだ落ち込んでいるポカブをタージャが(恐らく)慰めていた。
そんなにショックだったのか。うちのリクがすまん。
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