万能感にも似た頼もしさを感じながら、カミツレさんを見据える。カミツレさんはエモンガを戻して、なにか囁いてからボールを入れ替えた。
ボールを構えると同時に視線が交差する。挑発的な眼差しに射ぬかれた瞬間、どうしてか、うなじの辺りがビリッと痺れた気がした。
「あなたとポケモン、華やかに輝いている!」
すらりと伸びた腕が流れるようにボールを投げる。
「でも、このコに勝てるかしら?」
地面にあたって開いたボールから現れたのは、鮮烈な稲妻だった。
シーマと同じゼブライカ。
だが、白い稲妻のような模様が走る黒い毛皮には艶があり、思わず目が奪われる。均整のとれた身体つきやカミツレさんに似たアイスブルーの瞳も美しく、同じポケモンでもここまで違うのかと驚いた。
「ヒィイン」
蹄を鳴らし、シーマがいななく。その声にはっとして、オレは頭を振った。
落ち着け。呑まれるな、オレ。美しさと強さは関係ない。見た目の話をするなら、シーマの方が力が強そうだしな。
「いくぞ、“ニトロチャージ”!」
「“かげぶんしん”でかわして」
炎を身に纏い、シーマは飛び出した。
カミツレさんのゼブライカの姿が一瞬ぶれて、分身が何体も現れる。フィールド一杯に散らばったゼブライカたちを追いかけて突進するが、何度も影を掴まされ、
「“とっしん”」
横から勢いよく本体に突撃されて吹き飛ばされてしまった。すぐに体勢を立て直してゼブライカに“ニトロチャージ”を食らわせるが、それもただの分身だったらしく、ふわりと消えてしまう。
「シーマ、落ち着け。本体には影があるはずだ」
気合いを入れ直すように鬣を光らせ、シーマは何体ものゼブライカを睨み付けた。オレもじっとゼブライカを観察する。
縦横無尽にフィールドを駆け回るゼブライカたちの影の有無を確認するのは至難の業だった。それでも、目を凝らせば少しずつゼブライカの動きも読めてくる。
「右から3番目!」
指をさした先のゼブライカに向かって、シーマは稲妻のように“とっしん”する。すぐに集まった分身の中に紛れられるが、どれが本体かさえわかっていればシーマは見逃さない。他の分身に惑わされることなく影を持つゼブライカ目がけて走った。
「“とっしん”で迎い撃って」
カミツレさんの指示により、ゼブライカは逃げるのをやめて分身とともにシーマに真っ向から挑んできた。大砲のような勢いでシーマとゼブライカがぶつかり合う。2体の力は互角に見えた。
だが、次の瞬間、崩れ落ちるように倒れたのはシーマだけだった。
「シーマ!」
呼ぶが、反応はなかった。投げ出された四肢はぴくりとも動かない。完全に戦闘不能だ。
「やっぱり、進化したばかりの慣れない身体じゃ、自分の力をうまくだせなかったみたいね」
カミツレさんの視線がじっとシーマに注がれる。
嘲るでもなく、ただ冷静に分析した結果を告げただけといった口振りだった。だからこそ、素直に身に染みた。
シーマをボールに戻し、よくやってくれたな、と労わる。
これで、こっちはもう後がない。けど、勝算はまだなくなってない。
「頼んだぞ、グリ!」
投げたボールからモグリューのグリが現れる。グリは好戦的に爪を鳴らして、ゼブライカを睨み上げた。
でんきタイプにとっては天敵にも等しいじめんタイプのポケモンを見ても、カミツレさんの表情には余裕が浮かんでいた。まあ、このくらいなら今までも普通にあったことだろうし、こんなんで焦ってたらジムリーダーなんて務まらないか。
「グリ、モグリュー叩き作戦だ!」
「ぐりゅー!」
グリはその場で穴を掘って地下に潜った。警戒するようにゼブライカの目が地面に向く。だが、あえてグリはまったく関係のない場所で顔を出し、すぐにまた引っ込んだ。モグリュー叩きのように、そんなことを何度も繰り返す。ゼブライカのすぐ近くに出ては攻撃をせずに潜ったり、フィールドの端っこの方で地面を突き破って飛び出したり。たまにゼブライカの“ふみつけ”で潰されそうになるが、さっさと地中に逃げてやり過ごす。
攻撃もせずにただ至るところに穴を掘るグリに、流石のカミツレさんとゼブライカも訝しげに眉を寄せた。
「次、顔を出したら“シグナルビーム”」
カミツレさんの指示に頷き、ゼブライカは鬣の先にエネルギーを溜める。
その足元からグリが飛び出し、ゼブラカイの腹に爪を突き出した。苦しげな悲鳴が上がる。だが、ゼブライカは怯まずすぐに“シグナルビーム”をグリに放った。また穴に潜ろうとするグリに光線がかする。
グリのやつ、また欲張ったな。
まあ、今回は痛み分けどころかあっちの方が確実にダメージがでかいからいいか。
「よし、準備はできたな」
「りゅ!」
オレの発言にグリが穴の中から応えた。
「“ドリルライナー”!」
穴から飛び出したグリはドリルのように回転しながらゼブライカに突撃していった。
「“かげぶんしん”でかわして」
またゼブライカの姿が揺らぎ、何体もの分身が現れる。多くのゼブライカのうちの1体にグリが向かっていく。
それが本体か分身かはわからないが、ゼブライカはグリの攻撃をかわそうとして――穴に脚をとられた。
ゼブライカとカミツレさんの目が見開かれる。咄嗟に身動きがとれなくなったゼブライカにグリが突っ込んだ。
それは分身だったようで、靄のように霧散して消えていく。グリはすぐに他のゼブライカに標準を合わせて地面を蹴った。
攻撃を避けようとすれば至るところに開いた穴にはまって動けなくなり、穴に気を付けても動きが制限される。いくら分身がいても、そんな相手に攻撃するのは容易い。“シグナルビーム”で反撃されるが、ゼブライカと違ってグリは穴など関係なく好きに避けられるし、“ドリルライナー”による回転のおかげであたっても威力が削がれてたいしたダメージになっていなかった。
そして、何体目かのゼブライカを貫いた時、確かな実体がフィールドに倒れ伏し、残っていた分身も消え去った。
「りゅー!」
どうだー、とばかりにグリが右腕を上げる。その前に倒れたゼブライカが、赤い光に包まれてモンスターボールの中に戻っていった。
アーティさんとのジム戦では逆に利用されたモグリュー叩き作戦だが、今回はあの時の反省をいかしてうまく嵌められたな。
「ここまで追い詰められるなんてね。面白い演出じゃない」
モンスターボールを構え、カミツレさんは口の端を上げた。後がないのはあっちも同じはずなのに、どこまでも涼しく余裕のある笑みだった。
「演出?」
「ドラマチックに勝つにはピンチが必要なのよ」
投げられたモンスターボールから、最初にでてきたエモンガが現れる。
ひこうタイプでもあるからじめんタイプの攻撃はあたらないが、グリにもでんきタイプの攻撃は効かないし、こっちにはひこうタイプに効果抜群の“いわなだれ”がある。状況はオレたちに有利なはずだ。
けど、なんだろうな。カミツレさんの態度に焦りが一切ないせいだろうか。まるで全部仕組まれているような、こっちの方が追い詰められているような、そんな気持ちになる。
「一気に決めるぞ、“いわなだれ”!」
弱気な気持ちを吹き飛ばすために、声を張り上げる。グリはそれ以上の雄叫びを上げ、エモンガめがけて上空から岩を降り注いだ。
「“アクロバット”」
マントのような膜で飛び、エモンガは雪崩のように落ちてくる無数の岩の間を駆け抜けた。かなりの数の岩を不規則に落としているのに、エモンガは危うげなくかわしていく。気付けば、グリの目の前までやってきていた。負けず嫌いのグリは避けずにエモンガの攻撃を受け止めたが、続けざまに蹴りを入れられてすぐに手を離してしまった。
その隙にエモンガは距離をとる。“ボルトチェンジ”が使えなくなっただけで、戦法は変わってないらしい。鮮やかなヒットアンドアウェイ。それでじわじわと削っていくつもりなんだろう。
「だったら、こっちから近付いて捕まえてやれ!」
「りゅ!」
グリは開いていた穴から地中に潜った。グリが最も速く進める場所だ。どこからでてくるのかもわかりづらいし、相手にとっては厄介なはずだ。
だが、すぐに甘い考えだったことを思い知らされた。
エモンガの真下の地面が盛り上がり、グリが飛び出す。グリはそのまま跳躍してエモンガを捕らえようとした。が、するりとかわされ、なにも掴めないまま落ちていく。おまけとばかりにエモンガはグリの腹に踵を落として地面に叩きつけた。
苦しげな呻きがグリの口から零れる。それでも意地でエモンガの脇を爪で斬りつけた。流石にこれは予想していなかったらしく、エモンガは甲高い悲鳴を一瞬上げて後ろに飛び退った。
「すごい気迫」
ひゅう、とカミツレさんは口笛を吹いた。
ここまでしても、余裕な態度を崩すことさえできないのかよ。
「じゃあ、“いわなだれ”しながら突撃!」
無数の岩を降らせながら、グリはエモンガに向かっていった。少しでもグリに気をとられてくれれば、岩があたるかもしれない。
だが、エモンガはトレーナーに似て冷静だった。グリの攻撃が届かない高さまで飛び、あとは“いわなだれ”を避けるのに専念する。本来なら9割の確立であたるはずなのに、踊るような軽やかさで飛び回るエモンガにはかすりすらしない。
くそ、どうやったら“いわなだれ”をあてることができるんだ。普通の攻撃じゃ簡単にかわされる。
なにか、なにかないか。
その時、視界の端を光が駆け抜けていった。
ここまでくるのに乗ったジェットコースターだ。ジム戦中でも、止まらずに走り続けてたのか。
さっきまでは気にしてなかったけど、一度気付くとなんか妙に気になるな。
それは半ば現実逃避に近かったかもしれない。
だが、ふいに、色んなものが繋がった。いや、無理矢理繋げたといった方が正確かもしれない。希望的観測による無茶苦茶な作戦だ。
けど、一か八か、試してみるか。どうせ他に策もないんだ。
「グリ、ちょっと耳貸せ」
グリは首を傾げたが、素直にオレのすぐそばまできてくれた。ひそひそ声で手短に作戦を伝える。ありがたいというべきか、情けないというべきか、カミツレさんとエモンガはその間待っていてくれた。
「いけるか?」
「ぐりゅ!」
任せろ、とばかりにグリは胸を叩いた。
バトルの時は本当に頼もしいやつだ。
「よし、跳び乗れ!」
グリはぴょんっと跳躍して、再びフィールドのすぐ横まで近付いたジェットコースターに跳び乗った。
カミツレさんの目がかすかに見開かれる。が、すぐに警戒するように細められた。エモンガの方もじっとグリの出方を窺っている。
グリを乗せたジェットコースターは凄まじいスピードでジム内を走る。グリは振り落とされないよう、身を低くしてジェットコースターに爪を立ててしがみついていた。
フィールドから離れたジェットコースターがまた近付いてくる。ぐるんと一回転して、ちょうど進行方向とエモンガの立ち位置が重なる。
「今だ!」
走り続けるジェットコースターからグリが飛び出た。ジェットコースターの勢いも利用して、弾丸のようにエモンガに向かっていく。
「面白いけど、無駄よ」
けど、グリはエモンガのように自由に空を舞えない。グリのポケモン大砲はあっさりとエモンガにかわされた。
エモンガの顔に余裕の笑みが浮かぶ。
その瞬間、エモンガの背に岩が落ちた。
無数の岩がエモンガに降り注ぎ、地に落とす。地面に叩きつけられても止まぬ岩の雨に潰され、エモンガは気絶した。
「エモンガ」
カミツレさんの呼びかけにも応えない。完全に戦闘不能だ。
「ジェットコースターを利用したのは、こちらの気を引くためのパフォーマンス……。本当の狙いは、その隙に“いわなだれ”をあてること……」
カミツレさんの顔にはじめて唖然とした表情が浮かぶ。
勝ったことも嬉しいが、余裕以外の表情を引き出せたことも気分がよかった。
もっとも、それも一瞬だったが。
「クラクラさせるつもりが、あなたに痺れさせられたのね」
ふっと苦笑して、カミツレさんはエモンガをモンスターボールに戻した。
ボールに戻っていくエモンガを眺めて、グリがどうだー、とばかりに片腕を上げる。すごかったぜ、と褒めてやると、ますます嬉しそうに胸を張った。
「ステキ。ホレボレしちゃうファイトスタイル」
コツ、と反響したヒールの音と涼やかな声に顔を上げると、カミツレさんがすぐ近くまできていた。
「あなた、いいトレーナーね。なんだか感激」
これを、と稲妻のようなバッジを差し出される。受け取ると、いつものように勝ったという実感が湧いてきた。
これで4つ目。まだ半分。でも、もう半分だ。誇っても文句は言われないだろう。
グリにも見せてやると、ぐりゅーとはしゃいだ声を上げた。バトルにしか興味がないようなやつだが、これの価値はわかっているらしい。
「あなた、次はホドモエシティに行くの?」
ふいにカミツレさんに尋ねられ、オレは驚きながらも頷いた。
「そのつもりですけど、なんで……」
ライモンシティは3つの街と繋がっている。南はオレが通ってきたヒウンシティ、西はさっきカミツレさんが挙げたホドモエシティ、そして東は近代都市ブラックシティ。
なのに、なんでホドモエシティに行くと思ったんだ。ヒウンシティはともかく、ブラックシティに行く可能性もあるのに。
首を傾げると、カミツレさんはくすりと笑った。
「だって、あそこにもポケモンジムがあるもの」
「ああ」
言われてみれば、そうだ。普通はそう考える。
オレもジムがあるから先にホドモエに行くつもりだったし。
「あっ……でも行けないわね。きっと」
思い出したようにカミツレさんは言った。
なんで、と尋ねようとしたが、その前にカミツレさんが言葉を続けた。
「そうね、わたしが渡れるようにするわ。5番道路で待っていて」
なにがなんだかさっぱりだったが、カミツレさんの声には妙な説得力があって、オレはなにも訊かずに「わかりました」と了解した。
ついでに後でもう1回ジェットコースターに乗る許可を得た。