エレクトリカルステージ
「レストラン、博物館、アートときて、今度は遊園地か」
明るい喧噪と音楽の中で、オレは紫を基調とした建物を見上げた。
遊園地の一角、そこそこ目立つ場所で光輝くネオンを纏ったこの建物こそが、ライモンジムらしい。看板にもそう書いてある。
ジムらしい外観のジムなんかこれまでもなかったから今更驚きはしないが、なんでもありにもほどがあるだろ、イッシュのポケモンジム。昔、父さんに見せてもらったカントーの写真に映っていたジムはもっとちゃんとそれらしかったぞ。
半ば呆れながらジムの入り口をくぐる。
と、そこにはSFのような世界が広がっていた。
黒い壁に囲まれた部屋の中で星のような光が瞬き、その間を色とりどりの線路が走っている。銀河に虹がかかっているかのように、某カーレースゲームのコースのように。
その上をロケットのような乗り物がびゅんびゅんと駆け回っていた。猛スピードで発進して、坂を上がったり、一気に下ったり、ぐるんと一回転したり。至るところで線路を走るあれは、まさしく遊園地の目玉。
「ジェットコースター……?」
「どうっすか? 驚いたでしょう!? このジムは見てのとおりジェットコースターなんすよね!!」
唖然としていると、毎度お馴染みサングラスのガイドーさんに話しかけられた。4つ目のジムともなると、流石に驚かない。むしろ、この見た目以外のガイドーさんがでてきた時の方が驚けそうだ。
「まあ、とりあえずはこれを差し上げるっす!」とガイドーさんはおいしいみずをくれた。これもお馴染みの対応だ。
「このジェットコースタージムは、まずコースターに乗る! 次にプラットフォーム――足場ですね! そこでポイントを切り替える。時として倒した相手のコースターにも乗り進む! そうやってジムリーダーのいる場所を目指してくださいっす! ちなみにでんきタイプのポケモンはじめんタイプの技が苦手なんすよ……」
ガイドーさんはポケモンバトルの実況のような高いテンションで――最後の一言だけは囁くようにこっそりと――教えてくれた。流石にそのくらいのタイプ相性の知識くらいは頭に入ってるけど。
それは置いといて、このジムはそういう仕組みなのか。
ジェットコースターに乗るのははじめてだからワクワクするな。昔から乗ってみたかったんだよ。
ちょうど目の前の線路でコースターが止まる。その前に立つと半楕円状にコースターを覆っていた窓が開いて座席が現れた。コースターに乗りこんで座席に腰を下ろす。と、再び窓が閉まり、衝撃を感じるほどのスピードで発進した。
******
コースターを乗り継ぎ、ポイントを切り替え、時にはジムトレーナーとバトルをして、オレはなんとかジムリーダーであるカミツレさんが待つジムの最奥に辿り着いた。
あまりのスピードにプラットフォームに降り立った瞬間足がふらつく。けど、結構癖になる感覚だ。
あのスピード感とスリリングさはいい。楽しい。とくにぐるんと宙返りをした時の浮遊感が堪らなかった。ジム戦中じゃなけりゃ、もう1周したいくらいだ。
ジム戦が終わったら、また乗ってもいいかな。あとでガイドーさんに訊いてみよう。
ある種心地のいい眩暈が収まってから、カミツレさんの元に向かう。
近付いて視線がかち合うと、カミツレさんは不敵な笑みを浮かべた。
「この前の親子と一緒にいたトレーナーね」
「その節はお世話になりました」
軽く頭を下げてから、カミツレさんを見上げる。
この前会った時も思ったけど、モデルをしているだけあって、ただ立っているだけなのに目が奪われる。ジムトレーナーも男女問わず整った容姿のやつが多かったが、そいつらとも明らかにオーラが違った。スレンダーな身体やクールな顔立ちは作り物めいた美しさで、実はアンドロイドと言われても納得してしまいそうだ。
「あまりのスピードにクラクラしてない?」
「結構癖になりそうです」
「そう。なら、次は愛しのポケモンたちで、あなたをクラクラさせちゃうけど」
すっとアイスブルーの瞳が蠱惑的に細められる。人によっては、それだけでクラクラさせられそうだ。
「ルールは?」
「3対3のシングルバトル。交代は挑戦者、ジムリーダーともに認められているわ」
「わかりました」
基本は今までのジムと同じか。
最初にだすポケモンを考えながら、バトルフィールドに入る。向き合うと、すぐにカミツレさんがモンスターボールを構えた。
「出番よ、エモンガ」
綺麗なアンダースローで投げられたボールから、可憐な鳴き声を上げて小さく愛らしいポケモンが現れる。他のジムトレーナーもよくだしてきたエモンガだ。マントのような膜をふわりと広げて、宙に浮かんでいる。
ああやって飛ばれると、でんきタイプに効果抜群のはずのじめんタイプの技が当たらないから厄介なんだよな。
「頼んだ、リク」
オレもモンスターボールを投げて、ハーデリアのリクを出す。リクはエモンガを見据えて、気合いを入れるようにばうと低くなった声で吠えた。
調子はよさそうだな。
「リク、“こおりのキバ”だ!」
「かわして“ボルトチェンジ”」
牙に冷気を纏わせて、リクはエモンガに突撃する。だが、くるりと宙返りをして避けられ、背後から電気を帯びた体当たりを食らわせられた。
すぐに反撃しようとするが、振り返った時にはすでにもうエモンガはフィールドにいなかった。オレもリクも慌てて辺りを見回す。そして、カミツレさんがボールを構えていることに気付いた。
「次はあなたの番よ」
さっきと同じように投げられたボールから、またエモンガが飛び出す。だが、さっきのエモンガよりも色が薄かった。色違いか。
あの超速での交代。“とんぼがえり”のでんき版ってところか。
一撃で決めないと、面倒なことになりそうだな。
「“ふるいたてる”」
「“でんげきは”」
リクは身体を震わせて攻撃と特殊攻撃を上げた。そこに、エモンガが放った電撃が浴びせられる。ダメージはないが、リクに纏わりついた電気が身体を痺れさせた。
やべ、道中のジムトレーナー戦で持たせてたクラボの実を消費してたんだった。
これじゃ麻痺を治せない。
「今度こそ決めるぞ! “こおりのキバ”!」
「“ボルトチェンジ”」
麻痺で思うように動かない身体でもリクは冷気を纏わせた牙を剥き出して、エモンガに向かっていった。その牙が届くギリギリのところで、エモンガがひらりと旋回して回避する。瞬間、リクは意地でエモンガの脚に食らいついた。
エモンガが小さく呻く。だが、喜ぶ暇はなかった。すぐに電撃を浴びせられて、口を開けさせられる。冷気の牙から逃れたエモンガは素早くモンスターボールに戻っていった。
またカミツレさんがボールを投げ、通常の色のエモンガが飛び出てくる。多分、最初に出したエモンガだろう。
それからは同じことの繰り返しだった。2体のエモンガの“ボルトチェンジ”によるヒットアンドアウェイに翻弄され続ける。こっちの攻撃はほとんどかわされ、運よくあたってもかするくらいで決定打にはほど遠い。せめて硬い背中の毛で受けて少しでもダメージを軽減しようとするが、何度も攻撃されればダメージは蓄積されるし、麻痺で動きが鈍くなっているせいでうまく背中で受け止められないことも多く、5回目の“ボルトチェンジ”でリクは力尽きて倒れた。
「わたしのポケモンの輝きに眩んじゃったみたいね」
モンスターボールを構えて、カミツレさんは口の端を上げた。
言い返したいが、言い返せねえ。なんの対処もできずにやられたのは事実だ。
「お疲れ、リク」
リクをモンスターボールに戻して囁きかける。せっかく進化したのに、こいつの力を引き出してやれなかったな。
一瞬だけ反省し、すぐに頬を叩いてカミツレさんを見据える。
カミツレさんは構えていたモンスターボールをそっと投げた。予想通り、そこから色違いのエモンガが現れる。また“ボルトチェンジ”を繰り返すつもりなんだろう。
だったら、
「いけ、シーマ!」
オレはシママのシーマのボールを投げた。フィールドに降り立ったシーマは宙に飛ぶエモンガを見上げて、いななきを上げた。
シーマの特性はでんきエンジン。でんきタイプの攻撃技を受けた時に相手の電気を充電して素早さを上げる特性だ。
これで、厄介な“ボルトチェンジ”を封じることができる。
でんきタイプのエキスパートだけあって、カミツレさんもそのくらいはわかるらしく、ふうん、と面白がるような笑みを浮かべた。
「それなら、エモンガ、“でんこうせっか”」
「シーマ、“ニトロチャージ”」
シーマは身体に炎を纏わせて地面を蹴った。が、それよりも速くエモンガが空を駆け下りて横っ腹に突撃してきた。軽く弾き飛ばされるが、エモンガの方もシーマを包む炎に焼かれてわずかに身を捩る。その隙に体勢を立て直し、シーマは前脚を高く持ち上げてエモンガの背を踏みつけた。じたばたと暴れられるが、さらに体重をかけてエモンガを床に押さえつける。
「そのまま“ほうでん”!」
前脚でしっかりとエモンガを捕らえたまま、シーマは炎を収めて代わりにそれ以上に激しい電撃を辺り一面に放った。
色違いの方は一応リクの“こおりのキバ”を食らっていたからか、これがとどめの一撃になったらしい。甲高い悲鳴を上げて戦闘不能になった。
よし!
前脚を上げていななくシーマの背を見て、オレも小さくガッツポーズをした。
その時、シーマが光り輝いた。
いつもの電気による青い光じゃない。真っ白な光だ。
眩い光が全身を包み、輪郭が曖昧になっていく。
そして、一際強く光って弾けたかと思うと、シーマの身体がでかくなっていた。
もともと普通のシママよりも悪かった目つきはより鋭さを増し、すらりと伸びた四肢にはしなやかな筋肉がついている。稲妻のような鬣をはじめシママの特徴を残してはいるが、全体的により洗練された身体つきになっているようだった。
進化して、ゼブライカになったんだ。
「これは、負ける気がしねえな」
シーマは当たり前だ、とでも言いたげな顔でブルンと鼻を鳴らした。
厳つくなっても、そういう表情は変わらねえな。