強さの意味
ライモンシティから西に伸びる5番道路を進む。
東に伸びる16番道路と同じように道の両端には森が広がっているが、あちこちにミュージシャンやパフォーマーがいて、あっちよりも娯楽の街の気配が残っていた。脇に停まっているトレーラーからは焼き立てのパンの香ばしい匂いが漂ってきているし、なんだかフェスティバルみたいだ。
ライモンシティでも思ったけど、これが特別なイベントじゃなくて日常なんだからびっくりだ。普段からこれなら、イベントがある時はどうなるんだろうな。

ジム戦のあとで腹が空いていたから、カミツレさんを待つ間、トレーラーできのみサンドを買って手持ちのポケモンたちと食べる。昼飯はジム戦前にすませたし、夕飯には少しはやいから、ちょっとしたおやつだな。
各種木の実とそれに合わせたソースやクリームのコンビネーションが抜群で、ポケモンたちもそれぞれ自分の好きな味のきのみサンドを食べてご満悦だった。
モグリューのグリとゼブライカのシーマはいつものように騒いでいるし、ジャノビーのタージャは澄ました顔で、ハーデリアのリクは生クリームを口回りにつけて尻尾を振っている。最近になってようやく感情を出すようになったヒトモシのユラも気に入ったらしく、おいしいねー、とばかりに短い尻尾を振るコアルヒーのアルに小さな笑みを浮かべていた。

食べ終わったらゴミを捨て、適当にストリートパフォーマンスを見て回る。
スタイリッシュにブレイクダンスを決めるダンサーとズルズキンがいるかと思えば、おとぼけ顔でふざけたパントマイムを披露するピエロとバルチャイもいる。ギタリストやサックス奏者がそれに即興で曲をつけていて、ちょっとカオスだったがそれも楽しかった。
グリとシーマなんて一緒に奇妙な踊りをはじめるし、アルもずれた合いの手を入れながら翼の先から水芸のように水を飛ばしている。この水芸が思いの外見事で、狙ってやったのか偶然なのか、キラキラと陽光が反射して、ダンサーたちの上に虹がかかった。

「おおっ、すげー!」

オレ以外の客も歓声を上げ、ダンサーがアルにウインクを寄越す。
褒められて気分をよくしたアルはクアーと間延びした鳴き声を上げて翼をパタパタと振った。その隣で何故かグリとシーマも得意げに胸を張った。いや、お前らの手柄じゃないだろ。

パフォーマンスが一段落したところで、また寄り道しながら先に進んでいく。
と、

「ミスミ、ストップ!」

ふいに馴染みのある声に呼び止められ、オレは足を止めて振り返った。
後ろにいたのはやっぱり眼鏡の幼馴染、チェレンだった。なんとなく来る気はしてた。

「ボルトバッジを持つ者同士、どちらが強いか確かめる! というか、勝たせてもらうよ」

やっぱり用件はポケモンバトルか。
バトルも楽しいからいいけど、旅にでてからチェレンとはバトルしかしてない気がする。

「お前、ほんと好戦的になったよな」

「ポケモンリーグまで、もうあまり時間はないからね。もっと戦って、強くならないと」

確か、ポケモンリーグは8月開催だったな。カノコを発ったのが4月で、もうすぐ6月。
チャンピオンを目指すには、確かに残された期間が短すぎるか。だめなら来年って、気楽に考えるやつじゃねえし。

「今のままじゃ、チャンピオンはおろか去年の優勝者にすら及ばないし」

どこか悲痛にも感じられる顔をするチェレンに、流石のオレも慰めモードに入った。このチェレンは茶化せない。

「そんなことはないんじゃないか……多分」

「いや、実際に去年の優勝者にバトルを挑んで、僕はなにもできずに敗北した。自分の実力を思い知らされたよ。チャンピオンにあと一歩届かなかったトレーナーですら、あのレベルなんだ。もっと強くならなければ、チャンピオンになんて絶対になれない」

いつの間に去年のポケモンリーグ優勝者とバトルなんてしたんだ。こいつもなかなか波乱な旅をしてるんだな。
チェレンと再会したらアマネのことを話そうと思ってたけど、今はやめておいた方がよさそうだ。アマネもチェレンとバトルして打ち負かしたらしいからな。怪しい藪はつつかないに限る。

「仕方ねえ、付き合ってやるか。ルールは?」

「2対2のシングルバトルでどう? ちなみに、僕は今手持ちにチャオブー、レパルダス、ハトーボー、ヤナッキーがいる」

なんでわざわざ教えてくれるんだ、と思ったが、チェレンの視線がタージャたちにも向いているのに気付いて合点がいった。公平を期すためか。
好戦的になっても、こういうところは相変わらず真面目だな。

「了解」

ポケモンたちをボールに戻して道の脇に行き、チェレンと充分な距離をとる。

チェレンが最初に選ぶポケモンはどいつだろうな。とりあえず、シーマなら弱点をつかれにくいはずだが、前みたいに対策されてる可能性はあるし。
……少し賭けになるけど、あいつをだしてみるか。

最初にだすポケモンを決めて、モンスターボールを構える。チェレンもボールを手に取ったのを認めて、同時にボールを投げた。

「いけ、アル!」

「ヤナッキー、頼んだよ!」

オレが投げたボールからでてきたのはコアルヒーのアル、チェレンが投げたボールからでてきたのはヤナッキーだった。
まだヤナップだった頃はぽやぽやした顔をしていたのに、進化して随分と目つきが鋭くなったな。

「“フェザーダンス”!」

「なるほど、その技を選ぶとはね」

踊るようにアルが翼を振ると、辺り一面に羽毛が舞ってヤナッキーの身体に纏わりついた。ヤナッキーは振り払おうともがくが、羽毛は全然離れず手足に貼りつく。これで動きにくくさせて相手の攻撃力をぐーんと下げる技だ。初っ端に撃つにはもってこいだろ。

「なら、ヤナッキー“エナジーボール”」

ヤナッキーの掌に上に緑色のエネルギー弾が生まれ、ピッチャーのようにアルめがけて投げつけられる。アルはわたわたと避けようとしたが、飛べないせいで本来の素早さを発揮できずもろに食らってしまった。

「アル、大丈夫か?」

「ク、クアー……」

倒れたアルはすぐに起き上がり、ぶるぶると頭を振った。とりあえずは大丈夫そうだ。
あのヤナッキー、前に戦った時は物理技ばかり使ってたが、特殊技も普通に強いんだな。

「もう一度“エナジーボール”!」

「“みずのはどう”で相殺しろ!」

ヤナッキーの手から再び放たれた“エナジーボール”に全身から放出した水の波動をぶつける。これで相殺されて、かつヤナッキーが混乱してくれたらよかったが、ヤナッキーの“エナジーボール”の方が威力が高かった。“みずのはどう”を突き破って、アルの元まで届く。咄嗟に避けることもできなかったアルは真正面から食らって後ろに吹き飛ばされた。

「アル!?」

「クー……」

かすかな返事はあったが、ぐったりと翼を投げ出していて、とてもじゃないが戦える状態じゃない。完全に戦闘不能だ。

「アル、お疲れ。戻って休んでくれ」

労わりの言葉をかけ、アルをボールに戻す。
飛べなくてもポケモンバトルはできるんじゃないかと思ったけど、なかなか難しいな。もっと今のアルにできることを知らねえと。

軽い反省と次にだすポケモンを考えながら、ふと、チェレンの方を見る。
オレたちを追い詰めたはずなのに全然嬉しそうじゃない。相変わらず難しそうな顔でこっちの出方の窺うように見据えている。
その視線になんとも言えない居心地の悪さを感じた。
まだ勝ったわけじゃないから油断しないようにしてるだけかもしれねえけど、最近のチェレンは焦りすぎているのか、どうにもやりにくい。生まれた時から一緒にいるけど、こんなことははじめてだ。

なにか言ってやった方がいい気もするが、問題が一気に解決するような魔法の言葉なんて思いつくはずがない。今、オレができるのは真剣にバトルをすることだけだ。

脳を切り替えて、次にだすモンスターボールに手を伸ばす。掴んだそれを思い切り投げた。

「頼んだ、シーマ!」

「ヒイィィン!」

地面にあたって開いたボールから、嘶きを上げてゼブライカのシーマが飛び出す。シーマはやる気満々といった様子で、ヤナッキーを睨みつけた。ヤナッキーも負けじと睨み返す。気迫はどちらも充分だ。

「シーマ、“ニトロチャージ”」

「そうくると思ったよ。ヤナッキー、“アクロバット”でかわして“エナジーボール”」

全身を燃え上らせて、シーマが駆け出す。一直線に進むシーマを嘲笑うようにヤナッキーは軽やかに飛び跳ねて避けてみせた。
空中で“エナジーボール”が放たれる。瞬間目の前にまで迫ったそれを、シーマはさらに炎の勢いを強めスピードを上げることで回避した。そのまま落下するヤナッキーに突撃していく。これは流石に避けられなかったらしく、炎の突進を食らったヤナッキーは短い悲鳴を上げて草むらを転がっていった。が、すぐに起き上がり、再び“エナジーボール”を放つ。

「もう一回“ニトロチャージ”で避けろ!」

「“いちゃもん”」

また炎を纏おうとするが、その前にヤナッキーに“いちゃもん”をつけられた。そのせいで同じ技を繰り返しだせなくなる。なんとか“エナジーボール”は避けられたが、“ニトロチャージ”は不発に終わってしまった。

「くそ、面倒なことするな。だったら、“でんじは”」

「君もメンドーな手を使うね。ヤナッキー、“ギガドレイン”」

シーマの放った微弱な電気がヤナッキーを麻痺状態にさせるが、“ギガドレイン”でシーマの体力を吸いとってさっきのダメージを回復されてしまった。互いに顔を顰めて睨み合う。

「“ニトロチャージ”!」

「“エナジーボール”で畳みかけるんだ!」

ヤナッキーは何発も“エナジーボール”を放った。炎を纏ったシーマはエネルギー弾の雨の中をするすると駆け抜けていく。そして、一際強く地面を蹴ってヤナッキーに突撃していった。ヤナッキーは避けようと横に跳んだが、“ニトロチャージ”で素早さが増したシーマの方がずっと速い。凄まじい勢いで弾き飛ばされ、地面に倒れて動かなくなった。

「ヤナッキー、よくやってくれた」

チェレンがヤナッキーをボールに戻す。
それを見て、シーマは得意げに嘶いた。

「すっかり進化した身体に慣れたみたいだな」

「ブルルゥ」

当たり前だろ、とばかりにシーマは鼻を鳴らす。
カミツレさんのゼブライカに負けたのが相当悔しかったようだが、これで少しは気が晴れただろう。

「言っておくけど、まだ終わっていないよ!」

ちょっと気が緩んだところでチェレンに叱られて、思わず姿勢を正す。
別に油断したわけでも、ましてチェレンを舐めてるわけでもないが。

「いくよ、レパルダス!」

チェレンが投げたボールからレパルダスが飛び出てしなやかに着地した。獲物を狙うように鋭い眼差しでシーマを見据え、ゆらりと細く長い尻尾を妖しく揺らす。

「シーマ、“でんじは”!」

「“ねこだまし”」

その場で微弱な電気を放とうとしたシーマの目前に一瞬でレパルダスが迫る。鼻先でぱんっと前足を叩き合わせられ、怯んで技をだせなくなった。

ああ、くそ。これがあることを忘れてた。
しかも、“いちゃもん”のせいで同じ技を繰り返し撃てねえし。

「“きりさく”」

「“にどげり”」

続けざまに鋭い爪でレパルダスがシーマの顔を切り裂く。シーマはわずかに呻いたが、すぐに蹴りで反撃した。一発目はもろに急所に当たる。だが、二発目はさっと身体を捻って避けられてしまった。
やっぱり、あのレパルダス速いな。

「今度こそ“でんじは”」

「“かげぶんしん”!」

ようやく“でんじは”を放て、レパルダスを麻痺状態にすることができた。だが、ほぼ同時にレパルダスの分身が何体も現れる。
スピードが制限されるなら、今度はテクニックで翻弄してくるつもりか。

「お前なら本体を見極められるだろ! “ワイルドボルト”!」

「その前に決めるよ! “つじぎり”!」

身体中に電気を流して鬣を青く輝かせ、シーマは稲妻のように駆けた。分身に惑わされそうになるが、本体以外には影がないことはわかっている。シーマはすぐに影のあるレパルダスを見つけて突撃していった。
だが、レパルダスもそのままじっとしていてはくれない。分身と一緒に麻痺してるとは思えないスピードでシーマに跳びかかってくる。
レパルダスの腕が鞭のように撓る。シーマは数多いるレパルダスの中から本体を捉えて思い切り地面を蹴った。2匹の攻撃がぶつかり合った瞬間、

「“にどげり”」

シーマは続けざまに二回レパルダスを蹴った。未だ放電を続ける身体から繰り出された蹴り。それはいつもより威力スピード共に上がっているように見えた。
麻痺した身では避け切れなかったらしく、レパルダスは地面に叩きつけられた。甲高い悲鳴が短く響いて止む。しばらく待ってみても、レパルダスはぐったりと四肢を投げ出したまま動かなかった。

「ヒイィィン!」

シーマが前脚を上げて勝鬨を上げた。
よくやった、と背中を軽く叩いて褒めてやると、より大きく嘶く。その声は高らかに青空に響き渡った。

「……相変わらず強い!」

シーマの声にかき消されそうなくらい小さな呻くような声が、何故かはっきりと耳に届いた。
チェレンの方を見ると、悔しげに顔を顰めていた。レパルダスをボールに戻し、なにか――多分労わりの言葉を――囁く。そうして上げられた顔は、取り繕う余裕もないくらい酷いものだった。

「……どうして? どうして君に勝てない?」

「チェレン……」

なんて言えばいいのか、わからなかった。最近チェレンを前にすると、いつもこうだ。
旅にでてからもチェレンに何度も助けられたし、そうじゃなくたって幼馴染で友達だ。なんとかしてやりたい気持ちはある。けど、どうすればいいか全然わからなかった。

「あなたたち、友達同士なんだ」

その時、凛とした声が割って入ってきた。漂いはじめた重苦しい空気さえ払ってくれそうな涼やかなこの声は、

「カミツレさん」

振り返ると、予想通りカミツレさんがハイヒールを鳴らしてやってきた。周囲の視線を一身に集めても、クールな顔を崩したりなんかしない。負けた悔しさからかシーマが睨んでいるが、それにも笑みを返す余裕っぷりだ。
一瞬で雰囲気が変わったのを感じて、オレはちょっと安堵した。

「はい、幼馴染なんです」

「いいわね、そうやってお互い競い合い高め合うのって」

子供を見守る大人の微笑ましげな視線に、オレたちはなんとも曖昧な表情を浮かべることしかできなかった。
昔ならいざ知らず、今のオレとチェレンはお互いを高め合っていると本当に言えるのだろうか。

オレたちの反応にカミツレさんは怪訝そうに片眉を上げたが、それ以上は踏み込んでこなかった。

「さ、いきましょう」

ランウェイを歩くように、カミツレさんが颯爽と進んでいく。
オレとチェレンは微妙な顔を見合わせて、カミツレさんについていった。
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