それで新条は、音に誘われるみたいにして木々の陰からそっと覗き込む。頭を出しながら、息を潜めつつその声に耳を傾ける。今は誰か、もう少し信用できそうな奴とつるむのが賢いだろう。勿論、こちらが信用したところであちらも同じように自分を受け入れてくれるとは限らないが。

「……!」

 この事態のせいなのか、いささかボサっとはしていたが時間をかけてセットしていそうな明るい髪色の後頭部がまずは視界に飛び込んでくる。髪型だけではいかんともしがたかったのだけど、その片耳の軟骨辺りに刺さったボディピアスの数々で判断出来た。オシャレを通りこしてもはや痛々しく、グロテスクだ。こんな人体改造に近い事をやりそうな奴といったら、あいつくらいなものだというくらいに身近にいる人物だ。
 
「た、谷山……か? お前」
「――あれれっ、しんじょーくん!?」

 少しだけ驚いたようにしていたものの、こちらの姿を確認するなり谷山は肩を竦めておどけたような調子を出して見せた。そいつは――クラスは別々であったものの、行動するグループが何かと同じだった谷山だ。

「良かったなァ、無事だったんかあ! あの場から逃げ出したんだな」
「いや、それはこっちの台詞……」

 親密そうに近づいてくる谷山だったが、新条の視線は彼よりもむしろその背後に広がる光景に吸い寄せられていた。全部で二十人程いるだろう、皆顔は知っていたがあだ名で呼び合うような仲の人物は限られているのだけれど――。
 それぞれ煙草や酒瓶を手にしていたり、中には彼女であろう人物を横に置いて余裕をかましている奴もいた。この状況にしてこれは異様な光景ではあるけれど、百歩譲ってまあ想定内とする。――それよりも、だ。

「な、なあ……谷山――」
「ん? 何ィ?」

 新条が疑問に思ったのは彼らがそれぞれ煙草、ビール瓶を持つその手とは反対に握り締められた黒っぽい物体である。いや、何かは分かる。銃火器類だ。疑問は入手経路の方へと向いている。

「お前ら一体何持ってんだよ、それ……」
「あ、これ!? そこで拾ったんだよ、ゆーたろーが自衛隊の死体からパクってきたんだけど本物だぜ、ホンモン〜」

 嬉々としながら彼がチラつかせたのは正真正銘本物なのであろう、9mm拳銃であった。そう言えばさっきのあの水兵野郎も持っていたな、とぼんやりと考え込んでいた。
 それで、彼が銃口を向けた先を反射的に見つめた。まじまじとは見つめなかったが、木々の陰に追いやられた迷彩服の足が視界に入り込んだ。

「もう少し行った先にヘリが落ちてたんよ、この島で墜落したみたいな感じ。あはっ、俺らと一緒で不運な奴らなー」
「……」

 いや、きっと偶然なんかじゃないのだろう。この島かこの場所がきっと、限りなく『あの世』に近い場所なのかもしれない。迂闊に近づいた者が、そして何らかの波長が一致してしまった者が、不幸にもこの場所に誘い込まれるんだろう。このおかしな惨劇の場所へと。

「あるとムッチャいいわぁ〜、コレ。使い方もバイオやってっから楽勝だしな、マジ。俺、FPSも得意やからね。知ってる? FPSって」

 さも何でもない事のようなチープさで彼は言ってのけたものの、きっとそれはすぐ順応できたものではないと即座に新条は見抜いた。彼はきっと強がっているというか――かっこつけて、というか、嬉しさを隠し切れない童貞捨てたての男が大声で自慢しまくる姿と酷く似ていると思った。

 たちまち、周囲にわっと歓声が上がった。その歓声に合わせるよう奇声のような声を上げるのは上半身裸でスキンヘッドと顎鬚がトレードマークの蛇みたいな目つきの野郎。名前は確か、園山だからソノさんとか呼ばれていた。実は詳しくは知らない、たまに顔を合わせるそんな程度の間柄でそれ以上それ以下でもない。
 園山はガリガリではあるが引き締まったその筋肉なのか、はたまたタトゥーなのか、それを誇示するようにしながらリズムを取るようにして踊り出した。周りにいた連中も、勝どきをあげるかのように叫び出した。

「ゆーたろー、いつものやっちゃって。かっこいいとこ見てみたいなー」
「りょーかーい」

 何が始まるのかと思いきや、出てきたのは銃器の類を探し当てた張本人である侑太郎だ。彼の事はそれなりに知っているので、新条も何をするものだと成り行きを見守っていた。侑太郎が手にしているのは何か大型のライフル銃かと思ったが、よく見るとボウガンだと分かった。彼はガムを噛みながら両手でそれを構えた。

「……あれは?」
「ザビエルじゃん、あのハゲ頭どう見ても」
「いや、それは――まぁ分かるんだけどさ」

 気になったのはそこじゃなく……、一番の問題はどうしてそいつがここにいるんだって事だよ。
 勿論、ザビエルというのは面白半分で学生がつけそうな、単なる見た目から来ただけのあだ名に過ぎないのだけど――と、新条はザビエルこと生活指導を担当している教師の沼田を見た。沼田はもう五十過ぎのオッサンで、図体が上にも横にもでかくあだ名の通りにてっぺんがハゲていて、息がとても臭い。とにかくしつこい奴で女子には平気でセクハラまがいの指導を働くのでとても嫌われていた。それで、まぁ身も蓋もないが日頃から恨みを買いそうな奴ではあったのだけど――と、新条が再び視線を動かし、縛られて拘束された沼田を見た。

 彼の顔は血まみれでそして異様なまでに肌が青ざめていて、両目の焦点が合っていなかった。何もかもが普通の状態ではないのは一目見て分かった。口元をタオルで塞がれた沼田は、ウーウーと呻き声を漏らしちゃいるので意識はあるようだったが……しかし至って常人のそれとは言い難い顔つきと見てくれをしている。ヨダレを垂らし、餌を無理やり待たされている獣のようだった。

 しかしそれより気になったのが、顔面に浮かぶ無数の暴行痕だった。実を言うと、彼が沼田だと確信できたのはその頭部のお陰でもあった。そのくらいに、顔は腫れ上がり、唇は内出血のせいなのかパンパンに膨れ上がっている。血液で出来た瘡蓋があちこちに溶岩のような塊を作って腫瘍みたいにして張り付いている。

 沼田のジャージの襟首を持ちながら、男子生徒が嬉しそうににやにやとした顔で侑太郎を見やった。

「間違って俺を撃たないでくれよ」
「わぁってるよー」
「一発で殺すなよ。目玉狙え、目ん玉ぁ」
「ちげぇって。チンコ狙っとけや、セクハラチンコ」

 そこでひときわ大きな馬鹿笑いと共に手を叩く音がぶわっと上がったが、新条だけは真顔のままだった。ひくりとも笑えなかった。

「ちーんーこ。ちーんーこ」
「おまッ、くーるーまっくーるーまっみたいに言うなや。フレンドパーク思い出したわ、なっつかしぃな」
「セクハラ魔人の下半身潰したれ〜、女子の恨みじゃぁ」

 皆、その光景に魅せられたように一斉に叫んでいた。

――何こいつら、正気? 馬鹿じゃねーの??

 それで随分と前……いや、そう思えるだけで実際はそこまで時間は経っていないというが、船の中で時枝を殴り殺した自分の姿が脳裏を突き刺した。あの時俺は笑っていなかったか? 優位に立てて、仕返しが出来て、嬉しかったんじゃなかったっけ?――違う。俺は違う。こいつらとは違う。だって俺にはちゃんと『動機』があったろ? 自分を正当化するようにしてその幻想を首を振って打ち払い、新条は再びその光景を見た。

「死んでもさーゾンビだから罪にはならないよな? 念の為に聞くけど」
「へーきっしょ、もしゾンビじゃなくてもゾンビだったからって言い張れば無実じゃね? 急にゾンビが来たので、って言い張れば?」
「柳沢かっ!」

 誰もが興奮したようにはしゃぎまわり、そのやかましい男女様々な声色に囲まれる。ゾンビに感情などないだろうけど、沼田が救いを求めるようにこちらを見たような気がした。激しく内臓が痛み出す――いつしか沼田の姿が、自分が噛まれたらあんな風になるのではないかという幻覚に取って代わる。奴の痛み乗り移られたように、自分自身の肺や心臓が軋み出して嫌な汗をだらだらと掻かせた。

 バシュ、と何かを弾いたような音に遠ざかっていた意識を引っ張り戻された。

「っ……」

 侑太郎がボウガンを撃ったのだと分かった。飛び出した矢は、侑太郎自身がどこを狙ったかは知らないが沼田の左胸辺りを直撃した。スポーツジャージに血だまりが拡がっていくのがここからでも確認できた。

「うわ、ビビった! 俺に刺さるかと思ったやん、そういうのやめて〜!」

 沼田の襟首を持っていた男子生徒がビビり腰で叫び、身をよじらせた。

――……何だよこのクズども……、

 俺もここまで落ちぶれてない。俺には俺の美学があるんだよ。こんなサイコパスどもみたいに、嫌いだからって理由で突然刃物振りかざすようなクソキチガイとは違うんだよ。子どもは嫌いだけど、ナイフを持って小学校に侵入していきなりガキどもを滅多刺しにするような真似はしないから。嫌いな奴はいっぱいいるけど、コロンバイン高校みたいに、いきなりライフル乱射して無差別に人殺しするような事もしないから。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない!

「わざとちゃうよ、意外と反動あんねんコレ。まだ慣れてないんやわ」
「次目ん玉いっとけやグサっと!」
「待って、スマホの動画立ち上げるわ〜」

 何なの? お前ら何なの? クズなの? 人間じゃないの?――新条が吐き気を堪えながら、手前にいた谷山に向かって呼びかけた。

「やめろよ、馬鹿。おい」
「え? 何が」
「やめさせろって。キモイだろ」

 半笑いで新条が言うと、それを冗談だと受け取ったのか谷山は愉快そうに吹き出した。酔っぱらっているのもあるのか、顔を赤くさせながら谷山は明るい調子を崩さなかった。

「無理だろ! 空気読めよォ」
「そんな問題じゃねえだろ……空気とかの……」
「次どこ撃ちます〜!? リクエストあったら頑張ってみまーす」

 下卑た笑い声があちこちで上がる中、谷山が新条の肩を景気づけるように叩いた。さも軽い調子でまとめられたようであった。

「ビビんなくて大丈夫よぉ、ゾンビに襲われたと思ったって言えば余裕だから」

 思わず柄にもなく力の入った声が出そうになった矢先に、野太い悲鳴が上がったので何かあったのかと、新条も谷山もハッと顔を持ち上げていた。

「い、いてぇえ……」
「きゃっ……!!」
「げっ……ゴメン、ミスったわ」

 ボウガンの矢が、大きく狙いを外れたようで沼田の背後にいた彼に刺さってしまったようだった。男子生徒はその場に倒れ込みもんどりうっている。押さえた片手の指の隙間から、銀色に鈍く光るアンテナ状の棒。……どうやら矢は男子生徒の片目に突き刺さってしまったらしい。

「いてえ! やべえ、いてえ! 何してくれてんねんお前、お前〜〜っ!!」
「だからごめんって……、ごめ……」
「ごめんで済むなら警察いらんって話だろうがアホんだらぁっ、ちくしょ、ちきしょぉ」

 もはや、痛みを通り越してこれはショックの方がでかいのかもしれない。喚き散らしながら男子生徒はその場にごろごろと転がりながら行ったり来たりを繰り返していたがそれも次第に弱まってきた。――意識が途切れる寸前といったところか。

「!」

 そしてその声を聞きつけてきたのかもしれない、忙しなく騒ぎ始めた周囲に複数のゾンビが姿を見せ始めた。制服姿の者もいればそうでない者もいて、老若男女様々といた。二十人程群れを成したそいつらは、同じ人数程で武器を持ったこちらからすればまだ見込みはある――かもしれない。何か、イレギュラーな事が起きなければの話だが……。

「……おっ、ゾンビキターッ! 俺もやるよ、サバイバルゲーム参加!」

 谷山が目を輝かせ、拳銃片手に勢いよく飛び出した。

「うわ、ちょ待って、こいつらめっちゃすばしっこいやん!?」
「だから走るのもおるんやって言ったやろうがーっ、ちゃんと話聞いて〜」

 どこかまだ『何とかなる』とでも思っているのか、彼らのうちの半数は事態を楽観視しているように見えた。目にボウガンが突き刺さり、苦しんでいた奴が逃げ遅れて早速犠牲になるのを目にしながらも楽しんでいるかのような雰囲気だ。

「タニ、これいるか!? ライフル!」
「いらんいらん、これで十分――あ、やっぱちょうだ……」

 先程のハンドガン一つで立ち回ろうと勇んでいた谷山だったが、背後からやってきたゾンビに頭部を抱え込むように掴まれた。そのまま、谷山の首が消失したように見えたのだが実際は違った。ゾンビのその腕力によって首の骨をへし折られたのだ。えうっ、と断末魔のような声と骨の折れる音を残して谷山の身体が派手に転倒しながら吹っ飛んでいく。

――ほらな。ほらな、やっぱりな……クズにはお似合いの末路だよ……お似合いの……

 そう思いながらも新条はとても『ざまあみろ』なんて思える気分でもない。倒れた谷山の姿を見つめながら数分後の自分の姿を思い描き、背筋を震わせた。

「やばっ、使い方分からないんだけど!? 教えてくれよ、ヤベエってば」
「自分でやってくれよ、こっちはそんな場合じゃないから今っ!」

 新条はその場にへたり込みながら、只愕然としていた。さっきまではまるでクスリでも決めていたように何もかも平気だったのに、怖くなかったのに、無敵に近い状態だったのに! 
 けど、今は何だか酷い吐き気がしていた。頭痛がしていた。なすすべもなく倒れていく生徒達を前にしても、何も出来ないでいた。――手を突いた先に、血の付いたハンドガンが落ちていたが、拾う気になれなかった。話の通じない化け物共と対峙するには無謀な程の勇気がいるのだと、思い知らされた。

 魔法が解けたように、新条は恐怖に凍てつかされていく自身の鼓動を聞いた。





SJK(って読者の人が読んでたのすごい気にいった)は
俺はお前らとは違うって意識強いマンだから
こういうところでも無駄に発揮されちゃって
結果思いつめて身動きできなくなっちゃとるんかな。
プライド高そうだからな、精神攻撃に弱い感じ。
でも新条みたいな承認欲求って誰でも持ってると思うんだけどなあ。
例のつまようじ少年みたいなのは極端だけど……。
どうでもいいけどつまようじ少年って言葉だと
思い浮かぶのがヘルレイザーのピンヘッドさんみたいな
顔中につまようじ刺したトゲだらけの姿の人を想像しちゃうわ。

17、傷つくのが嫌ならそのまま死ね

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