俺はずっとずっと自分以外の人間が……すなわち『他人』というものが大嫌いだった――そしてそれは、自分の家族でさえも同じだった。

「螢、アンタってほんとブッサイクだねぇ〜。男はさ、顔が良くないと世の中でやっていけないんだよ。それかめちゃくちゃお金があるか、めちゃくちゃ頭がいいか。世間ってブスとデブにはスゲー冷たいから。不細工だと人生負け組だよー、マジで?」

 容姿が全てだ、というのが整形モンスターだった母親の口癖であった。彼女自身、生まれ持った顔の造りがどうだったのか知らないが今の美しい容姿は美容手術によるもので得たという話は本人が隠しもせずに語っている。母曰く、小学生の間中ずっと彼女は見た目の事でいじめられ続けていたらしく相当なコンプレックスだったようだ。

「螢ちゃんにそんな事言わんとこお、螢ちゃんはそんな事せんでも十分や」
「そりゃあ自分の血が入ってたら可愛く見えるのは当然でしょ?」

 そんな時に唯一自分を庇ってくれたのが祖母だった。祖父はというと、新条が生まれる前に脳の病気で亡くなったそうで実は古ぼけた写真でしか顔を知らない。

「やっぱ髪が黒いと野暮ったくてモッサリした感じあるね」

 保育園に上がる頃には、その母親の手により髪の毛を明るく染められた自分がいた。当然、周囲はそんな新条を奇異の目で見ていただろうし当然関わりあいたくない、と思っていたはずだ。
 父親の方はと言えば母親にべたぼれで、止めるどころかむしろ一緒になって新条をいじくりまわしていたように思う……小学校の時には両耳にピアスを開けられていて、頭髪にはパーマが充てられ、香水を振りかけられ、私服通学だったのもありほとんど毎日違ったハイブランドの洋服を着せられていた。

 当然、教師のお叱りを何度も貰ったがその度に母はしれっとした顔つきで、悪びれもせずに切り返していた。

「ピアスくらい海外では普通でしょ? あっちは赤ちゃんの時からつけてますよ」
「パーマは生まれつきなんでしょうがないです。真っ直ぐにして頂きたいなら、美容院代負担お願いします」
「あなた、子育てした事ないんですか? 男の子ってね、臭いんですよ。思春期にもなってくるとね、靴とか本当に洗っても匂いが落ちないんですから。臭い子と一緒の空間で勉強なんかしたくないでしょ、先生も他の子も」
「私が子どもの時は貧乏だったから、この子には贅沢させてあげたくて――」

 云々かんぬん、諸々と……いやいや。よくそんな言い訳がその都度思いつくな、と感心するほどだったけれども。初めは口酸っぱく厳重に注意していた教師達も段々と匙を投げてしまったかのように、口出しするのをやめてしまった。
 そんな母は勿論、周囲からは浮きっぱなしであったし、近くにいるのは彼女の財力にへつらっているだけの下心みえみえの人物ばかりだったようだ。駄目な事を駄目ときちんと指摘してくれる、そんな人物は誰一人として存在していなかったのだろうなと、今にして思う。
 親が親ならば自分にもその芳しくない状態は等しく伝染していた。同年代の友人は愚か、気さくに話しかけてくれるような間柄の人物もいない。そんなものは、誰一人として。中学に上がる頃には、いつか来るんじゃないかと構えていた母親の一言が良くも悪くも、今の自分という存在を形成する事となる。

「中学行ったらさ、その腫れぼったい目も何とかしなきゃね。そだ、二重に手術しよ。そのくらいなら成長してからそうなったって言えばバレないし」

 後から聞いた話によれば、成長期の整形は大変危険だという。後々の顔面の崩壊を引き起こしかねないんだとか。まあ、そんなのちょっと考えれば分かるものだが当時の自分にそれに逆らうという選択肢もなく、事実周囲から孤立しまくっていた事に寂寥感を覚えていたのもある。
 少しでも見目が変われば、何か変化も訪れるのではないか……少しのきっかけになるのではないか――と、そんな風に考えていたのだった。

「もう少し鼻筋が通ってたらイイんだけどなぁ……ママみたいに鼻と顎にプロテーゼ入れよっか? だーいじょーぶ、螢は若いんだから今のうちからいじっておく方が成長と一緒に骨格が綺麗に変化してくれるって」

 理屈はよく分からないけど、親の言う事には間違いがないから。と、自分はそれを鵜呑みにし、中二の夏休みに鼻と顎に手を入れた。同年の冬休みには涙袋にヒアルロン酸とやらを注入させられた。元々友人の存在しなかった自分は、まじまじと顔を見られる事もなかったらしく、周囲は顔の変化について違和感を持つような事もなかったらしい。成長期でかっこよくなったんだな、で通るくらいの自然さで溶け込んだのだった。

「新条くん、何か段々とかっこよくなっていって……その、良ければ付き合って貰えませんか? 受験で忙しい中でこんな話するのもアレなんですけど……お互い邪魔にならないような付き合いを出来れば――」

 中三を迎える頃には学年で一番可愛くて、まるで天使だ妖精だ千年に一度の美少女だとか何とかと称されていた古川未姫から告白された。この時初めて、自分は母に感謝していた。まさしく、彼女の言った通りだった。見た目がこんなにも違うだけで、周囲の扱いがこんなにも違うんだと。

 古川と言えば、男子生徒からはダントツで人気があり、にも関わらずに常に大学生や社会人を恋人に選ぶような女子生徒だった。それもイケメンか金持ちかはたまたスポーツマンか、とにかく周囲の生徒らには見向きもしないどちらかと言えば鼻持ちならないと称されるようなタイプだ。新条にとっては彼女が可愛いから、初めて彼女が出来るから、といった恋愛的な理由よりも『誰かを屈服させた』という気持ちが強く、まるでゲームの勝利条件をSランクで達成した時のような勝利感を覚えていた。だから、彼女から告白された時も正直言って彼女の内面や人間性なんぞはどうでもよく……。

――この、学校でも人気者だという女が俺に虜だ。こうなってしまったらもう誰も俺に逆らえないぞ!?

 という、酷くひねくれた考えの元でその告白をオーケーしたわけである。あの、学校一の天使だとまで言わしめどんなに恐ろしい荒れた男子生徒をも魅了しているという古川を彼女にした新条は、その日からほとんど無敵に生まれ変わった。怖いものなどまるでなく、時折向けられる嫉妬の視線さえも気持ちいくらいだった。
 教師の態度もがらっと変わり、特に彼女を贔屓していた男性教師なんかは手のひら返しも甚だしいくらいだ。
 それどころか、教師でさえも手を焼くというヤンチャな男子生徒が自分を一目置くようになったのも心地よかった。彼らに立ち向かうのは、まるで獰猛な肉食獣どもを手なずけるのと同じくらい不可能で、実現できないものだと思っていた。

 高校に上がる頃には完全に自分は『変わっていた』。事務所からモデルの話を貰い、ちょっとした有名人になり名の知れた人物からは一目置かれていた。

「新条、お前新条だよな?」

 あれは――高校に入って一番目に付き合い出した彼女とデートしていた時だから、確か五月くらい……だっただろうか? 中学の時、同級生だった奴ら。記憶が正しければ、確か全部バスケ部の連中だ。三人、それぞれ違う制服姿でこちらの姿を目に留めるなりに近づいてきた事。中央にいたその男子生徒、Aがまずは話しかけてきた。
 Aは、日焼けした肌が目立つ典型的な遊び人タイプだ。人見知りをしない、誰とでもすぐ打ち解けるような奴……だったような気がする。正直、そんなに深い付き合いではないのでそんな事くらいしか言えない。

「ん? ああ……」
「久しぶりじゃん、デート中? 邪魔してごめんな〜」

 謝るくらいなら初めから言うなや、うっぜぇなコイツ。

「柴田だけどさ、覚えてる? もしかして忘れられてんじゃねえのかな〜ッて」

 全くもってその通りだ。忘れてたよ。
 この時はじめて、Aの名前が柴田だった事を思い出した。下の名前は何だっけ? 柴田……柴田……龍がついていたような気がするし、ついてなかったかもしれない。

「今度さ、ちょっとした同窓会的な事? をさぁ、するんだけど……新条も良かったら来ねえ? 中学ン時のさあ、女子も誘って……あ、そっちのキレーな彼女さんとか新条のモデル仲間とかも連れてきてオッケーな? そういう、オープン的な? 集まりみたいな……」

 それってもはや同窓会じゃなくて、単なるコンパに俺のコネ使いたいだけだろ。

「んー……まあ考えとくわァ」
「おっ、いいねー。連絡先交換しとこうぜ」

 ちなみに、こんな風にまともに話したのはこれが初めての事だった。目の前で作り物の笑顔を浮かべる奴らが酷く滑稽で哀れで、思わず自然と自分も笑いが出ていた。

「――恥ずかしい奴ら」

 嘲笑と共に呟いた新条の台詞は、後ろの二人はどうだか知らないが少なくとも柴田の耳には入っていた筈だ。一瞬ばかり、柴田がスマホを持つ手が停止しその笑顔が凍り付いたように見えたのだけど、結局彼は引きつり笑いを繰り返すだけで何も言わなかった。

――何? 何その笑顔? 後ろめたい事あるんだね。うっわ最高に気持ちイイわ、これは

 中学時代、自分を下に見ていた奴は完全に手の平を返したように薄ら寒い笑顔を張り付かせて、さも仲が良かったかのようにすり寄ってきた。目に見えたゴマすりとご機嫌取りまみれで、反吐が出るかと思った。あの時の奴らの視線を一生忘れる事はないだろう、そして……同時に酷く納得している自分もいた。

 小学校、中学校と自分を陰で笑い、蔑んできた大勢の奴らはみんな自分と同様に恐ろしく脆弱な生き物であったのだ。自分はあいつらという存在を、とてつもなく禍々しく強大で、絶対的な力を持った決して勝てる事の出来ない、逆らう事などできないものだと認識していたのに。

――俺がうまい事いき出した瞬間にソレか。まあいいけどな。そういうもんなんだな。何かスゲー腹立つわ。ま、限界まで泳がせてやるけどな? ボロボロと本音抉り出してから地獄に叩き落す感じにするから

 両親の事は正直言って嫌いではあるし尊敬しようとは思うけれど、別に恨んじゃいないし、むしろこういう助言を与えてくれた事だけはありがたいとさえ思っている……。

 と、まあ今はそんな昔話はどうだっていいか。と思い直す事にして。
 
(ったく何なんだよあいつら、やってられっか。つうか歩く死亡フラグか、ぜってーに単独行動した方がマシだろこんなの。命いくつあっても足らんってば)

 一同から離れ、新条は一人その島の中を歩き続けていた。そしてそれは、武器もなく土地勘もない、あまりにも無防備すぎる道のりだった。いつまたあの動く死者共が襲ってくるか、はたまたそれを上回る未知の化け物達がやってくるかもしれないが、ともかく……。

(ていうかさ、ここって元々住んでる人間とかいないのか? 小屋っぽいのあったし、誰かしらいる筈だよな……)

 自分達以外に本当に生存者はいないんだろうか、あんなに乗船客がいたっていうのに本当に生きてるのは自分達だけか?――他にいてもおかしくないよな、同じ高校の奴らとか……思い出せる限りの友人は皆自分を置いて逃げ出し生死不明、もしくは目の前で死んだ。……あ、そういやぁ咲菜ってどうなったんだろうな? まっ、別にあんな女もうどうでもいーけど。

 ひどく投げやりな気分のまま、新条はその荒くれた整備などとは無縁の道のりを歩き続けていた。勿論、丸裸で戦場にいる状態に近いわけで、堂々と歩いているわけではない。一応隠れながらこそこそと進んじゃあいるつもりだ。

「……?」

 少し拓けた場所にさしかかり、同時に人の気配を察知した。生きた人間ならいいがそうでない場合はマズイ、いや生きた人間にも色々とあるからとにかく慎重だ。慎重に行かなくてはいけない。





うう、毒親だなあ……。
新条、これ別にいじめられてたとかじゃないのにね。
親のせいで周囲の子たちが距離置いちゃって孤独になって、
結果として卑屈精神が磨かれちゃったんだろうなあ。
普通の子にしてればきっと普通の友達も出来て
いたんだろうに。

16、こんなになってもまだ考えている

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