どこかの島に辿り着いたのには違いないのだろうが、先に言われた通り名前も知らないそこは土地だ。空はもう既に暗く、七瀬はそれにはっとなったように腕時計に目をやった。――まだ時刻は午後三時。昼過ぎとは思えないくらいの、禍々しい空の暗さに驚いた。暗いというよりはもはや血をぶちまけたように赤く、不気味でしかたなかった。……何よりあれほど衝撃的な時間を過ごしたというのに、時が進んでいる事に衝撃を隠せないでいる。

「あの――か、神代さん」
「那岐でいいわ、苗字だと呼ばれ慣れていないからすぐに反応できなくて」

 すかさずそう返されて、七瀬は思わず言葉に詰まる。元より女の子と話し慣れていないのもそうだが、それもかなりの美少女と来ている。七瀬が思い出せうる限りの、神代那岐という少女についての人間分析データだが――好きなもの、知らない。趣味、知らない。親交のある友人や交流関係……これもあまり、知らない。もうほとんど知らない事尽くしだった。そもそも那岐が自分の事を話すようなタイプでもなかったし、七瀬も七瀬で自ら絡みに行く事もしなかったのもある。
 同じクラスにいながら彼女の情報は、ほとんどといっていい程知らなかった。

「じゃあ、那岐さん。その……こ、この事態は一体何?」
「……、ハッキリとは答えにくいのだけれど――。そうね。……貴方は世界が同時にいくつも進行している、と言ったところで信じる?」
「それってパラレルワールド!? 並行世界ってやつだ、よくアニメやら漫画に出てくるやつだね!」

 答えたのは七瀬ではなくて前田だった。オマケにずいぶんと呑気な奴だな、そんなに嬉しそうに。と、七瀬は心の中で大きなため息を吐いたが、却ってその変わらなさが心強くもあった。
 まあ、今はそんな友人の偉大さというか愚鈍さに感謝するよりも、まず話を戻して。

「SFはあまり読まないせいで詳しくないんだけど……その、世界がたくさんあったら……何が起きるの? そもそも、ええと何を定義にしての世界なのかな。その概念がよく分からない、っていうか……うーん、宇宙に地球がいくつもあるとかそういう事?」

 昔、子どもの時分に見た某有名アニメ(四次元ポケットから道具を取り出してくれる青いロボットのあれだ)を思い浮かべながら確かそんな場面なかったっけ、と疑問半分冗談半分で口から吐き出してみたところ、だ。意外にも那岐は真剣そうにその言葉を受け止めたようだった。

「そうね。そう考えるとイメージしやすいかもしれないわ。……この星はそんな『可能性』のうちの一つ。いわば物理的現実だと、今の貴方達が思っている世界。でも、それは実はかりそめの世界だとしたら――どう思う?」
「……? ええ、っと……もっと具体的に説明してもらえると文系の俺には助かる、かな……」
「これがもし、本当の『自分』が作った夢の中の世界、だとしたら。もしそうだとするなら、実際には貴方はとても優れた頭脳をもっているのかもしれないわ。科学の進歩というのは、単純に夢の中で作った世界の辻褄合わせかもしれない」

 もっと具体例を求めてみたところで彼女の言っている事は抽象的で、きっと傍から聞いていれば少しも要領を得ない内容なのだろうけれど……七瀬は何か、無視できないものがあった。ひどくデジャヴを感じるのだ。その言葉に――ああ、と思い当たったように口を開いた。

「……昔……、俺の父さんがよく言っていたよ。それに近い事。俺達は本当は、『神様』に全ての人生を監視されていて、自分以外の人やら物やらはすべて幻想、ゆめ、物語だっていう。何かさ、俺もちっちゃい時よく寝る前考えたんだよね、そういう事。俺って本当に俺なのかな? っていう感覚……ほんとは俺じゃないんじゃ、っていうか、目が覚めたら違う自分がいて今までのが全部夢だったとか、そういう感覚。だから今俺がいるこの次元ってのが何なのかな、って……たまに思う」
「あー、分かる分かる。七瀬、その感覚、何か俺もすげー分かる」
「前やんは黙っててくれ」

 何故か彼に水を差されたくなくてつい真顔で彼を突き放してしまった。申し訳ないと思いつつ、邪魔されたくなかった。それから、那岐はやや肩を竦め、その発言を馬鹿にするでもなく静かな調子で言った。

「面白い話ね。――『次元』というのは、人間が物事を理解するために導入した概念よ。それは決して実在するものではないわ」
「え。え、ええと……ええと……」
「話がずれたけれども。私達は、この世界の“整合性”を正す為に今ここにいるの。そしてその調律をかき乱すものがここにも存在しているようだから」
「……それが、今回の事件を起こした犯人?」
「多分、な」

 那岐の代わりに答えたのは、彼女の傍を歩くにはそぐわない(と言ったら失礼かもしれないけど)金髪男のキルビリーだった。話を聞いていないものだとばかり思っていたので少し意外だったが、七瀬は彼を見つめた。
 
「実際、何企んでるのか皆目分からねえけどな、俺は。今更こんな事言うのもアレなんだけど別の狙いがある気がすンだよなあ、ネクロノちゃんのやりそうな事だから」
「ね、ネクロノちゃん?」
「今回の親玉」

 キルビリーがにべもなく答えをよこすと、前田が考え込むみたいにして「ううーん」と唸った。

「ラスボスって事かぁ。うわー、益々ゲームみたいになってきたなあ……どうするぅ? 七瀬ぇ」
「ど、どうするって……」

 どうしようもないじゃないか、だって……とは言えずに七瀬は薄暗い雑木林の中で足を進めた。事実そうだった、ここで『じゃあ別行動にします』といったところで先程の砂浜へ引き返してもゾンビ達がまた溢れかえってるかもしれない。
 何となく強そうな人達がいるこちらについていく方が、まだ効率がいいような気がする。いざって時は彼らに守ってもらうしかない、卑怯臭いかもしれないけど。

「見方を変えればお前らがここにいたから、こういう事が起きたってわけなんだよな?」

 新条の口調は責めたり詰め寄るような気配はなく、飽くまでも相槌のような調子だった。那岐は少しだけ視線を背後へと移し、返事の代わりに彼を見つめた。

「でも、まあ俺はちょっと感謝してるよ。最近、色々と退屈すぎてな。刺激に飢えてたんだよ、ちょっとばかり」
「ちょ、ちょい、不謹慎だぞオマエ」

 慌てた前田の言葉を無視して、新条は構いもなしに続ける。決して居丈高な口調ではなく、本当に友達同士との会話のような親密ささえも感じられた。

「嫌いな奴が死ぬ瞬間も見れたし、面白いネタもいっぱい出来たからな。俺としちゃあむしろありがたいくらいだわ」
「クソみたいな奴だな、お前」

 それまで俯いて足を進めていた柏木のもろに苛立った言葉がぶつかった。新条が「は?」と不機嫌を露わにして背後の柏木を振り返る。

「今なんつった。もっぺん言ってくれない?」
「何度だって言ってやるよ、このクソ野郎」

 高校生相手に大人げないと思いつつ、その言葉をせき止める事はならずに柏木は吐き捨てるようにして言った。新条はそれまでの笑顔を顔面からかき消して、自分よりも背の高い柏木の胸倉を掴んだ。やはり前田が止めに入ったのが見えて、七瀬も一緒になって止めようとするが体格差は歴然としていた。

「テメーはよぉ、俺の事誰か知ってんのか? 偉そうに口利いてんじゃねえぞ。殺すぞ」
「殺せるもんなら殺してみろ。こっちはお前みたいなガキ一人くらい道連れにして死ぬ覚悟くらいあるんだよ」
「ちょ、もぉお! やめろってそういうの〜! 誰も幸せにならねえからァ!」

 那岐がこれ見よがしなため息を吐くと、キルビリーがその間へと呆れたようにしながらやってきた。

「あー……、と。見苦しいからやめてくれねーかなぁ? そういうのはよそでやってくれるか、悪いんだけど」
「っ……」

 大人な柏木の方が先に我に返ったようで、まずはその手を解放させた。新条は悪びれる様子もなくその胸元を直した。その態度も何もかもが気に障ったようで、新条は心底不満そうな顔つきになりそれから柏木と、キルビリー達を見つめながら忌々し気に言った。

「つまんねえ奴らだな、テメェら。ジョークも通じねえかよ」

 低く唸るようにして言った彼は、何だか威嚇する犬を思わせた。キルビリーは咥え煙草のままで、柏木と違い動じた様子もない。遠い目をさせてから、煙を吐き出し、そしてそれから新条を見つめた。

「そうだな。俺達も相当くだらないが、お前も死ぬほどくだらない。ハッキリ言ってクソ以下だよ、俺もお前も」

 そしてその目つきが何とも、まるでうんこかゲロでも見ているかのような何とも言えないものだった。――七瀬は多分、その目つきを一生忘れる事はないだろう。例えそれが自分に向けられたものじゃないとしても、だ。
 その視線なのか、或いは言葉そのものだったのか、新条は言い返せなくなったように何か言う代わりに舌打ちを一つさせた。

「し、新条。やめろよ」

 止めに入った七瀬の手をはたき、新条がそっぽを向いた。ここから今にも離脱しそうな勢いであったが、それを阻止するようにロッキンロビンの声が挟まってくる。雑木林が少し拓けた先、どこか無人の納屋の前だ。

「ねえ」
「ん?」
「……あれ」

 ロッキンロビンが見つめる先には、何かが蠢いていた。七瀬の目にはそれが、何か灰色っぽい物体に見えた。よーく目を凝らしてみると、それは石の塊のような質感で、更に言うときちんと子どもくらいの背丈で、きちんと手足があり――、彫刻のように見えた。
 しかもそれが、数体いて、どういうわけなのか……動いていた。

「何だあれ――ゾンビじゃ、ない……?」

 七瀬が恐る恐る覗き込んで確認しようとすると、その塊の中から人間の足が伸びているのが見えた。もう既に生きていないのは何となく分かった。灰色の物体が次々とこちらを振り返るのと同時に、七瀬が思わず腰を抜かしかけた。そしてそれを柏木が慌てて止めてくれたようだった。
 子どもの天使の姿をしたそれらは皆、どう見ても彫刻でしかなかった。彫刻家なんてミケランジェロだとか、ダビデ像だとか、小便小僧だとかしか知らないけど、ともかくそれは――どう見ても天使の姿をした石像でしかなかった。ラッパを持ったきっと本来ならば可愛らしいのであろう天使像が、返り血を浴びて、こちらを見ている。それは随分と怖気を奮う代物だった。
 生気のない複数の視線に捉えられ、金縛りにあってしまったかのように動けなくなった。

「まずいわ」

 那岐が刀を構えると、キルビリーとロッキンロビンもそれぞれ構えを取った。
 
「と、っとと、飛んでくるぅ!」
「ぼさっとしてないでちょっと離れててくれないか。触れるとその部分持っていかれるぞ、あいつら全身カミソリで出来ているようなもんだから」
「う、う゛ぞぉ゛んっ!?」

 前田の素っ頓狂な悲鳴を聞きながら、七瀬は先程話したような『これがもし、誰かの見ている夢だったら』の仮説を信じずにはいられなくなった。夢。夢。夢であってくれ、むしろ。いつものようにあのシケたベッドの上で目覚めさせてくれ!



アポカリプス [apocalypse]
・その1、
天啓。黙示。

・その2、
新約聖書のヨハネ黙示録。
新約聖書中の最後の書とされる。迫害されるキリスト教徒を激励し、キリストの再来、神の国の到来と地上王国の滅亡を記す――。

また、その中に現れる『ラッパ吹き』は神の御遣いであり、天使の姿をしている。 小羊が解く七つの封印の内、最後の七つ目の封印が解かれた時に現れるという。七人の天使がラッパを吹くと災害が起こり、その災害と異変は、地、海、川、天体、そして最後は人間の番になる。
 

 



ゾンビではない化け物出た〜〜〜
アポカリプスとはそういう意味もあるのだよ。
これインテグラル初日メンバーで勝てるかな?
サージさん抜きだときついのでは……。
こっちもこっちで邪神ファミリーいなかったら
もっとポテンシャル低いだろうけどw
これは怖いな!
無表情で襲い掛かってくる天使の銅像!

13、世界の終わりにラッパを吹く者

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