意識が浮かび上がっては埋没する。何も考えられない――酷く全身がだるい。無限に歪む視界で、反射的に手を伸ばした。何か情報が欲しかったのだけど、叶いそうにもない。――あーあ。もういっか。もういいや。めんどくさいな、何か。と、今の自分はひどく億劫だった。

 恐怖も憤りも何も感じない、投げやりな気持ちだけが只そこに居座っていた。

「――、」

 そうか……、結局のところ、彼に捨てられた事が影響してるんだろうか。ん、捨てられた? と、いうような感じでもない。いなくなった。そう。これだ。本当に突然消えるようにして彼は自分の目の前からいなくなってしまった。何事もなかったように、初めから存在しなかった事のようにあっさりと。そう簡単になかった事にできるもんかね。不思議だった。

 火薬が炸裂したような鋭い音が耳を突き刺したが、それに反応する気力さえも沸かなかった。……意識は、更に深い闇の中へ。するとそこには背を向けた『彼』が待っていてくれた。ああ、何だ。そんなところにいたのか。

「友樹」

 今度こそは帰ってきてくれた、今度こそは。その手には先程自分が船長から受け取ったオートマチック式の拳銃があった。彼はそれを手渡すと、こちらを見つめながら言った。

「撃て」
「……、何を?」

 尋ねる間もなく、その手には拳銃が初めからあったかのように握らされていた。どうしたらいいのか迷い悩んでいると、再び彼がその口を開いた。

「殺せ」
「――何を……」
「死にたくないなら躊躇なんかするな」

 は、っと叫んだのと同時に意識が浮かび上がった。思考回路は相変わらずスローなままではあったけどとにかく目覚めて、身を引き、手の中にあったそれをすかさず撃った。目の前にいた上半身だけのゾンビの顔半分が吹き飛び、返り血やら肉片やらが自分の顔に跳ね返ってきた。

「っ……は……、ちくしょう!」
「お、撃った。良かった良かった」

 思わず身を引くと、背中が何かにぶつかった。その何かとは、どうやら今しがた声を発したその人物であるようなのだが聞き覚えのない声で戸惑った。

「だ、誰――ッ……」
「自分でやれる分は自分でやってもらわないとな」

 まばゆい金髪が真っ先に視界に入り、柏木は慌てて反射的にその拳銃を彼に向けた。

「誰、なんだ……ここは……ここは一体……」
「さあ。どこかの島だろうけど、名前までは俺達にも分からない」

 それで思い出したように、柏木が痛む全身を起こして周囲を見渡した。どこかの砂浜のようだが、当然どこなのかは把握していない。
 破損した船の破片が辺りに散らばり、それだけではなく人間の残骸と思しきものも――それはもはや形を留めていないものもあってか、却ってグロテスクさを感じないくらいであったが、しかしこの世の終わりを見たような気分にさせられた。愕然とし、凄まじい吐き気がこみ上げていた。

「船長……、船長は」
「会話できる生存者は少なくとも俺達しかいないみたいだぞ。なあ、ロッキンロビン」

 すぐ傍では、那岐が砂浜で気絶した七瀬と前田を揺り起こしているようだった。七瀬の半身は海に浸かっており、眼鏡がすぐ傍に転がっているのが分かった。新条は退屈そうにその辺りをうろうろとしており、スマホを片手にやる気のなさそうな表情を浮かべている。

「嘘だ――そんな……馬鹿な……」
「警告してやるけど引き返すのはお勧めしないぜ、化け物どもの巣窟だからな」

 どういうわけなのか周囲は世界が終わったかのように静かで、ドブに浸っているかのような悪臭が突き抜けてきて、胃液が何度もこみ上げた。柏木は手にしたままの拳銃を握りながらもう一度辺りを見つめた。

「……船が……」
「とりあえずここを離れましょう、一旦身を隠した方がいいわ」

 やはり覚えのない声が傍にまでやってくると、那岐と七瀬達がそこにはいた。七瀬は前田に支えられながら何とかして歩き、痛むのであろう腹部を摩りながらよろよろと移動していた。

「で、どうする? 何か作戦でもあるのか」
「機を狙って……ネクロノミコンを叩く。そうするしかない」
「へぇー。……いいね、単純で。ややこしくなくていいや」
「――こうなってしまった以上、彼女は楽しみたいのよ。私達との交戦を。ならば徹底的にこちらも彼女を潰さないと益々エネルギーが増幅するわ」
「あんたらの、せいなのか」

 自分のものとは思えない程しゃがれた声が出て、柏木はその場にふらつきそうになるのを堪えた。そして、振り返りざまに拳銃を突きつけた。銃口を見た瞬間に七瀬が「わっ」と間抜けな悲鳴を漏らして後ずさった。
 何かとんでもない禁忌を犯しているような気にさせられたが、知った事ではなかった。

「こうなったのは、あんたらのせいだって――そういう話か?」
「……、否定は出来ないわ。言い訳するつもりはない」
「ッ……、そんな――、そんなの」

 納得できるわけもなく、引き下がれるわけもなく、柏木は握り締めた銃に自然と力が籠ったのを自覚した。

「そんな卑怯な言い方されて、ハイそうですかって引き下がれるかよ」
「おっと」

 こちらが銃口を更に向けるより早く反応したのはキルビリーだった。瞬時に抜かれたその刀身が柏木の喉元へと向いた。こちらのやらんとする事なんかはお見通しだと言わんばかりの機敏さに、若干の敗北感さえ覚えるほどだった。

「それ以上はやめとくんだな。……先にお前の首を吹っ飛ばす。そうだな、まずは指からいっとくか?」
「……っ」
「あと刺し違えてでも倒す……とかもやめといた方がいいぞ。弾丸一発ぐらいのダメージならすぐに再生出来るから」

 割って入るように言い、キルビリーは見下ろすような視線を向けてくる。その雰囲気が何故かいなくなった『元恋人』を思い出させた。これと似たような視線を、いなくなったその『彼』から向けられた事があった。どういう状況だったかは忘れてしまったけど。

 そしてそれ、今キルビリーが言った弾丸一発のダメージ云々とは――混乱を招く為のハッタリなのか何なのか掴みかねた。柏木が引き金を指にかけたままで停止していると、そこに加わるように長身の女――ロッキンロビンが立ち塞がった。

 那岐はその中央で表情を変えず、こちらを見つめていた。逃げたり怯えたりする気配さえも見当たらなかった。従順な若い側近と、男装の麗人に守られるお姫様のような構図だ。……三対一では、まあ、たぶん、いや流石に無理だ。

 耐え難い拷問で受けたように柏木の顔が歪み、それから負けを認めたように銃口を下げた。

「……くそっ」
「なー、さっさと話進めてくれない? 俺はとりあえず生存できそうなとこについてっからさー」

 成り行きを見つめていた新条のやる気のなさそうな声がし、それに那岐が反応を示した。

「そんなもの、存在しないわ。どこへ来ても同じだし、私達といる事はむしろ死ぬ確率の方が大きいと思って下さる?」

 極めて無感情に言ってのけた那岐に、新条がどこか難色を示したように口元を歪めた。

「は〜、何だよそれー? つーか愛想悪くねぇか、おい」

 不機嫌そうな新条の声にも那岐は取り立てて相手をする気配もない。時間の無駄だとさえ思っているようだった。

「……何か言われてるぞ、お前」
「放っておきなさい」

 キルビリーの声にあっさりと切り返す那岐だったが、その後を七瀬と前田が慌てて追いかけてゆく。前田がその途中で振り返りながら、新条の方を気にしている風であった。

「おいおい、新条〜。立ち回り方間違えるとモブみたいにグサっと死んじゃうぜ」
「……はあ?」
「あ! あのォ、すいません、あいつ新条なんですけど。何か不器用な奴なんでたまに失礼な態度取りますけど……」
「おい、なんだっつの。何勝手に吹き込んじゃってんの」

 新条の抗議を無視して足を進める一同であったが、俯いたままでいる柏木に向かってキルビリーが振り返った。

「で、逸れたけど本題。あんたはどうすんの?」
「……俺……は……」

 考え込んでいるのをどう受け止めたのか分からないが、キルビリーが煙草に火をつけながら問いかけてきた。煙草を吸いながら、彼は柏木の答えを待った。

「俺は……ついて、いく……」
「だってさ、那岐。背後から撃たれないよう、俺がこいつの監視してやろうか」
「――そんな真似はしない、だってお前らどうせ人間じゃないんだろ? 俺は所詮、非力な人間だ。オマケに慎重なんでな、初めから勝算のない事はしない主義だ」

 どこか途方に暮れたように言いながら、柏木はその拳銃を腰のベルトに差し込んだ。熱を持った銃身が、布越しに触れる。

「……、その方がいいと思うよ、俺も。俺はキルビリー、これからあんたの監視役な。で、そっちの名前は?」
「――柏木。柏木友樹」
「ふーん。地味」
「……俺の親に謝れよ」

 そっちこそ何人だよ、と突っ込みたくもなったが、面倒くさくなってやめておいた。……そしてその親とももう十年近く会っていない、絶縁状態に近いわけだが。




お? ホモフラグ?
黒井の好きなカップリングってわかりやすいよね〜
真面目orまとも×達観した感じ っての多い
キルビリー君ってでもチャラそうに見えて
意外と身元固いんだぜこいつ。
ちなみに前出てきたアリス風の衣装の子どもは
インテグラルにもちょいちょい出てくる
ネクロノミコンの配下・ネクロリリィである。
アリス風の奴らまとめてネクロリリィと呼んでる。

12、やるか逃げるか

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