ピープ音がやかましく鳴り響く中、全身が冷え切っていくのと同時に汗がじんわりを浮かぶのを感じた。拳銃を真っ直ぐ突きつけた。――狙えるか? 猶予は許されないぞ? 震える指先が銃口を反らしたりしないか不安だったが、しかし余計な事は考えずにとにかく一発撃った。
 一発目はその乗客と思しき、アロハシャツ姿をした、服装だけ見れば呑気なそいつの胸を抉った。

「おい、何してる。頭だぞ、頭」

 振り向いてそれを目視したわけではないだろうに、背を向けたままの船長からどやされた。何で分かるんだよ。後頭部に目でもついてるのか? アンタって人は。と、そぐわないジョークは置いておき、柏木はもう一度コルトを構えた。……ゲームなんかじゃ簡単に撃てるのに、空想と遊びは全然違う、当たり前だ。自慢じゃないけどこれまでの人生、平凡以下の目立たない生活を送ってきている自分が、こんな真似出来るわけもないだろう。

(って、文句垂れてる場合じゃねえよ。さっさと撃て、俺!)

 コルトの凄まじい轟音が続けざまに響き渡った。腕に強い反動、のちに軽い痺れ。近くにまで迫ってきていたアロハシャツのゾンビの頭が無残にも飛び散ったわけだが、勿論爽快感などはゼロに近い。むしろ不快感の方が勝っていた、いやいや当たり前だが。

――クソ、クソ、クソ。二度とやらねえぞ。二度とやらねえからな、こんな真似! 頼まれたってやらねえ!

 心に誓って再び銃口をすいと泳がせる。先にこの状況を終わらせなくてはいけない、この馬鹿げた状況を。同僚だろうが容赦なく引き金を引くしか、この地獄を終わらせる選択肢は存在しない。だから……!

 ぐ、っと唇を引き結ぶと、柏木は一寸の時間さえ与えてくれる気配もない現実に向かい再度対峙する。トリガーにかけた指に意識を総動員させる。至近距離からの発砲は狙い通りであったが、それを間近で見る勇気など備わっていなかった。思わず反射的に目を反らし、その光景をかき消そうと目を閉じた。

「ッ……、く、そ……」

 終われ、終わってくれ。頼むから。……好奇心なんてそんなもん、もうとっくに霞んで消えている。

「柏木、頑張ってるところ悪いが」
「……な、んですか……」

 吐きそうになりつつも何とかして返事を喉の奥から絞り出した。子どもが聞いても分かるくらいに情けない、消え入りそうな声だった。

「この船、きっともう沈む。……舵がもう利かねえんだ、もうここ放棄してお前は逃げな」
「! そ、そんな――そんなの……ッ!」

 がむしゃらになったように喚きつつ柏木がその手を伸ばし、代わって舵を取ろうとした。勿論、船長がそう簡単に諦めるような人間ではない事は百も承知だ、色々試した上での言葉だろう事は分かっているつもりだ。

「無駄だよ。船自体が奴らに囲まれてやがるんだ。……船が傾いてるのが分かるか?」
「そんな――」

 まるで地の底から響き渡ってくるかのような亡者達の声に、自分の中の絶望感がもう一段階引き上げられた。

「無事逃げ出したとしても奴らに囲まれる可能性はでかいって事だ」
「くそ……一体――一体何だっていうんだよ……」

 呻いたところで何の解決にもなりはしないし、とにかく、柏木は振り返る。まだ残っていたゾンビを見、銃口を向けた。ふざけてる。ふざけすぎてるだろ。悪ふざけとかいう次元じゃないぞ。
 これは果たして本当に現実なんだろうか。それとも夢なんだろうか。目覚めたら自分は、あの部屋にいるだろうか。恋人のいなくなったあの部屋でやり直せるだろうか。



「た……すけ――」

 ゾンビに腹をかっ裂かれた中年教師が見え、振り返ったゾンビに那岐はその刀を惜しみなく振るう。どんな名刀でも切り続けていれば刃こぼれを起こすものだが、流石は地球以外の資材で出来た刀といったところだろうか……切れ味は一向に衰える事を知らないようであった。

 那岐の背後でキルビリーとロッキンロビンも援護に回り、疲れを知らないゾンビが大勢でも彼らにとっては大した相手ではなかった。ロッキンロビンが後ろ回し蹴りを放つと、ゾンビの首が吹き飛んで転がり落ちた。

 二人の支援を背後に、那岐が部屋へと飛び込むと同時に部屋から出てきた人物とかち合った。

「っ……!」
「ばばば、ば、化け物じゃないよ、俺達ぃ!!」

 那岐の刃が寸止めにした先にいたのは、黒縁眼鏡と那岐よりも若干高い背丈。小柄な那岐よりちょっと高い、というのはつまり決して高いとは言えない身長。

「……あなたは」
「!?……あ、えっ、と……、ぇ、ええ!? 君は確か神代さん!?」
「――七瀬、くん?」

 お互いまともに会話するのはこれが初めてなんではないか、というくらいではあったけれどともかく、名前と顔はちゃんと憶えていた。七瀬と前田の奥で、内心では二人以上に驚いていたのが新条だった。何せ、さっき『興味がある』だなんていうふうに称したばかりの存在がいたのだから。

「その刀は……えと、本物? あ、や、本物だよね、血がついてるし……って何馬鹿な事聞いてるんだ俺……」
「さっき――ここから悲鳴が聞こえたんだけど」
「あ……それなら俺達かも……もう、終わったけど」

 言って七瀬が一瞥した先では、見事に頭の潰れた肢体が転がされているのが見えた。

「那岐、どうかしたか」
「生存者がいて……同じクラスの……」
「あ! ささ、さっきの謎二人組!」

 前田が失礼ながらに指差した先を見て、けれど七瀬も納得した。キルビリーとロッキンロビンの姿を視界に留め、つられたようにアッと声が漏れた。謎の多そうなオーラを放っていた二人なだけに、自分も気になっていたのが事実だったから。

「本当だ。えと……神代さんの、お、お友達……?」
「友達っていうか……何だろうな? 俺達って」
「……」

 キルビリーがうなじに手をやりながらどこか怠惰そうに、曖昧な返答をよこした。真面目そうな彼女にこんな派手な見た目の知り合いがいるというのも何だか意外だったけれど、今はそんな場合じゃない。……驚くのは後にしておかないと。

「聞き忘れたけど噛まれたり引っかかれたりはしていないの?」
「え?」

 クールな感じのする那岐の声が、幾分か真剣味を帯びたように聞こえた。

「その倒れている化け物と格闘した時に、外傷は受けていない?」
「あ、それは大丈夫だった……よ……」

 どこか威圧されているような気持ちになりつつも七瀬が答えると、前田が露骨に胡散臭そうな顔をさせた。

「やっぱ噛まれたら感染する奴かぁ。頭を潰して終わりなのも完璧にロメロバージョンのゾンビだ……。いや、何か武器とかちゃっかり都合よく出てくる辺りどっちかっていうとバイオハザード……」
「あっちは特殊部隊に警察官やらで、こっちは高校生にホストにサブカルねーちゃん?……笑えるな、何ならこのメンツで洋館向かってみるかよ、オイ」

 きっと一分持たずに全員死ぬぜ、と付け加えて笑う新条だったが七瀬も那岐もまともに取り合おうとはしない。前田だけがそれに対して反応したようだった。

「お前さ〜、さっきからさ〜、一体何でそんな文句多いんだよ。背も高い、イケメン、モデル、非童貞でさぁ、何が不満でそんなぶつくさ言うの? 彼女も美人さんだし……」

 前田の非難めいた視線を受けて新条はそこでようやくのように、咲菜の事を思い出し脚を止めた。

「……」
「どうかした? 早く行こうよ」

 考え込むようにしてフリーズする新条に七瀬が呼びかけると、新条がはっと揺り起こされたかのように意識を戻した。それで、あれから当の咲菜はというと、何とかその場から逃げ出しちゃいたがギリギリのジリ貧状態なのには変わりはない。悲鳴と怒号の飛び交う血飛沫まみれの修羅場を走って走って、咲菜は転びそうになるのを何とかして踏ん張った。

「たすけっ……助けッ、てぇ!」
「う、うおお、乳丸出し! って上野咲菜じゃねえか、アレ! ちきしょう、もっと平和な状態で見たかった!」

 血まみれで走り抜けるその姿は名作ホラー映画『キャリー』を存分に思わせる姿であったが、しかし、オッパイ丸出しでこんなところを走るなどとは……もはや一生分の恥を晒した気分だ。これ以上の屈辱を受ける事この先もうないだろう、今の自分は何にでも耐えられる。

「……テメー、写真撮ってんじゃねえよファッキンインポ野郎ッ!!」
「ひっ」

 ゾンビに襲われる人をパシャパシャ撮っていた男子生徒だったが、やがてスマホがこちらに向いたので咲菜はすかさずハイキックを食らわせておいた。あっ、あぁ! 俺の! 俺のスマホが! という情けない叫びを聞きながら、咲菜ははだけた制服のまま再び駆け抜けた。

(畜生あの男ッ! くそくそ売れねえモデル野郎! よく見たら大してかっこよくもねえ癖に何がモデルだよ芸能人気取ってんじゃねえっつの、助けに来ねえで一人でさっさと逃げやがったな!? あん畜生がよぉ!!)

 辺りから湧き上がる絶叫や怒号にまみれながら、咲菜は落ちていたスコップを拾い上げていた。既に犠牲者のものと思われる何かが付着していたが、気にしている場合ではなかった。一直線に咲菜目掛けて走ってきた三つ編みの女ゾンビの頭を殴り飛ばす。怒りに身を任せた一撃は自分で思っている以上に強い力が出た。

「てめぇは! そーゆー! ヤローだよッ!! はじめっから知ってた、っつー、のッ!!」

 一瞬にしてそこは壮絶な惨劇の場と化したが、それを知ってか知らずかフラフラとした足取りで近づいてきたのは先程腕を切り落とされたボッキンであった。
 彼は一応まだ生きた人間ではあったものの、出血多量からか一刻も早く処置しなくては死ぬ寸前である。片腕を失くし、ふらふらとさまようその姿はゾンビと何ら変わりがなく見えて間違えて頭を撃たれそうな勢いではある。

「お、おんな……っ、おんな……」
「!?」
「や……やらせろ……やらせてくれ……死ぬ前に一発ヤラせてく……」
「こ、こっち来るんじゃねえよぉおおお!」

 もうゾンビかそうでないかなど、関係のない話であった。向かってくる奴は皆殺すしかない。殺す、絶対に殺す。指一本でも触れたらブチ殺す。あの男に復讐するまでは死ぬものか。




ボッキンおもしれーなこいつw
どんだけ性欲強いんや

11、スモーキン・ビリー

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