おんなじなまえ

「一緒に実家に来てくれないか?」

もうとっくに就職先も決まって、あとは卒論を頑張るだけの大学4年生のクリスマス、うちはくんは私にそう言った。
大学を卒業したら職場の近くに引っ越すつもり、そう言った私に、さも当然かのように「一緒に住むだろう?」と言われたのが事の発端。だったら卒業を機に同棲しよう、それなら、親に挨拶だけでも。とんとんと一気にそこまで進んだ話に少し圧されながら、私はこくんと頷いた。
別に断る理由がなかったし、それをいやだとも思わなかったから。
だから私は笑顔で彼に頷いたし、彼もその返事を受けて嬉しそうに笑った。

「これ、俺から」

こたつの中、2人でケンタッキーフライドチキンを食べているときにそっと差し出された長細い箱の中にはピンクゴールドのネックレス。私は、彼にお財布をプレゼントした。それに加えて、今日は手作りのクリスマスケーキ。食べきれないと笑う彼はやっぱりどこか嬉しそうで。ああ、幸せってこういうことなのかな、なんて思って私もあったかくなる。
もはや私たちの恒例行事だ。





「準備できたか?」

うちはくんが車の前に立って私を呼ぶ。クリスマスから早1週間と少しが経ち、うっすらと雪が積もる新年、今日はめでたいお正月。

「うん、待たせてごめんね。」

私が荷物を持って家から出てきたのを確認して、先に車を暖めておいてくれていた彼は助手席のドアを開ける。付き合ってもう3年以上も経つのに、私がアパートから出たときに車のドアを開けて待っていてくれるところは今も昔も変わっていない。そう言うところにふと気付いたとき、我ながら愛されてるなぁ、とは思う。
私が車に乗り込むと同時にやんわりと閉められた助手席のドア。私たちを乗せた車はうちはくんの実家へと向けてゆっくりと発進した。

「あ、そう言えば」
「え?」
「苗字で呼ぶのやめないか?」
「…あ、そっか」

これから行く先では、みんな「うちは」さんなのか。そう思ったら急に恥ずかしくなった。呼び方を変えるって、なかなかに難しい。

「え、えと」
「まさか、知らないなんてことは」
「知ってる、知ってるよ!」
「なら、呼んで」

目の前の交差点の信号は丁度赤になったばかり、ブレーキをゆっくり踏みながら、うちはくんがゆっくりとこっちを向いた。恥ずかしいけど、なぜだか目がそらせない。

「…い、いい、っい、イタチ、くん」
「…ふはっ、」

少しの沈黙のあと、勢いよく吹き出したうちは、あ、いや、イタチくんの左手が、私の頭を撫でる。そしてそのまま顔を寄せられて、信号待ちでキス。彼の左手が今度は私の左手を握って、停まっていた車はまた走り出した。

「そのうち慣れるだろ」
「…ん、頑張る」
「どうせゆくゆくは同じ名前になるんだし、」
「…へ」

ん?今のって、どう言うこと?同じ名前って、まさか、私の予想だと、つまり、それは。
私がやっとの思いで口を開こうとしたとき、彼の車は吸い込まれるようにガソリンスタンドに入っていった。シートベルトを外すために彼の手がするりと離れていく。

「レギュラー満タンで。」
「い、イタチ、くん、」
「ん?」
「ありがとう。」
「…っ、」

静かな車内、私が選びに選んで発した言葉を受けて、彼は驚いたように目を見開いて固まった。
あれ、なにかいけないことでも言ってしまったんだろうか。悪いつもりは全くなかったけれど、彼の様子を見る限り、あまり良い反応ではなかったみたい。私は慌てて小さくごめんなさいと呟いた。

「や、悪い、そうじゃなくて、火芽が迷わずそう言ってくれると思ってなかったから、…嬉しくて」
「…」
「すいません、お会計2,450円でーす、こちらにご署名をお願いしまーす」
「ああ、はい」
「ありがとうございましたー!」

給油を終えて、また走り出す車。
イタチくんの手が、また私の手を握る。私はそれをきゅっと握り返した。
ラジオから流れてくるのは丁度ラブソング、うわあ、と思いつつ右上をちらりと見るけれど彼は気にしていないようで。ウインカーを出して左折した先には閑静な住宅街、今度は右上から「もうすぐ着くぞ」と声が飛んだ。



「…ねぇ、少し…大きくない?」
「こんなもんだろう」

どっしり構える門の前には私と同じ背丈くらいの大きな門松が二つ。さっき入った大きな車庫に目を丸くしていた矢先のこれだから参る。一体彼のおうちはどれだけのお金持ちなんだろう、と言うかここの地域のおうちは比較的大きい気がしてならない。
その門の先に見える手入れの行き届いたお庭を方針状態で眺めていると、引かれた手。ちょっと待って、心の準備が、と慌てる私の後ろから女性の声がした。

「あら、イタチ、思ってたより早く着いたのね」
「母さん、ただいま」
「おかえりなさい。」

え?お母さん?この方が!?わ、若い!綺麗!!似てる!!

「こちらが、火芽さん?」
「は、初めまして、香宮 火芽です!」
「いらっしゃい、ほら、冷えるから2人とも早く上がりなさい、」
「ああ。ほら火芽、行こう」
「お、おおおお邪魔します」

私のあまりの緊張具合にイタチくんが笑う。
や、これはもう仕方ないでしょ!仕返しとばかりに繋いだ右手を思いっきり握りしめてみたけれど、だめだ、余計に笑いを煽っただけだった。



(20131119)

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