せかいでひとつ

あっという間に冬が来て、春が来て、夏が来て、秋が来て、そしてまた、2度目の冬がやってきた。
今大学2年生の私たちは4月から大学3年生になり、カカシ先輩やアスマ先輩、紅先輩は今日この大学を卒業して社会へと出て行ってしまう。
先輩たちへ贈る花束を抱えながら、私はうちはくんの車に乗って卒業式会場へと急いだ。うちの大学の卒業式は、卒業生と保護者だけをリリックホールに集めて行われている。卒業式が終わるまで、あと10分程度だ。

「先輩、喜んでくれるかなぁ」
「そりゃ喜んでくれるだろう、後輩からのプレゼントだぞ」
「そうだよね」

車が駐車場に停車した瞬間、飛び出すようにそこから降りてうちはくんが車に鍵をかけるのをそわそわしながら待つ。彼はそんなに急がなくても先輩たちは逃げやしないと笑いながら私の手からひとつ花束を取って、空いた私の左手と自分の右手を繋いで歩き出した。吐く息は白いし、髪を揺らす風も突き刺さるほどに痛く冷たいけど、私の手のひらは驚くほど暖かい。それだけで身体の中心からぽかぽかと暖かくなってくる気さえするのだから、うちはくんってすごい。
私たちが丁度建物の中に入ったとき、会場へと続くドアの向こうからクラッカーの音がパァンと響いた。
あ、卒業式、もう終わったんだ。
うちはくんと顔を見合わせたところで、目の前のドアがゆっくり開いた。と同時に一斉に出てくる卒業生。この中から彼らを見つけ出すのは少々至難の業だ。

「ほら火芽、あそこに居たぞ」
「あっ、ほんとだ」

彼が指差すほうを見てみれば、ゆらゆらと揺れる銀髪。
あれは確かにカカシ先輩の髪だ。
私は人ごみを掻き分けてなんとか1歩ずつ近づいていく、あともう少しと言うところで手を思いっきり伸ばしてカカシ先輩の服の裾を引っ張った。
銀髪がふわ、と揺れる。

「う、わ」
「カカシ先輩!」
「…火芽、」
「卒業おめでとうございます!アスマ先輩も、紅先輩も!」
「おお、悪ぃな」
「あら、嬉しいことしてくれるじゃない」
「あ、ありがとう」

私が笑顔で手渡した花束を、先輩たちは笑顔で受け取ってくれた。でも、なぜかカカシ先輩だけはあまり嬉しそうじゃない、と言うのは私の考えすぎなのかもしれないけれど、私にはどうしてもそう見えた。
そう言えば、今年1年はなにかと「卒論で忙しいから」と避けられていたのを思い出す。そのくせアスマ先輩たちとの飲み会には必ず顔を出すし、バイトも普通に出ていた。それで卒業式の今日でさえこの態度。私は思わず顔を顰めた。

「迷惑、でしたか」
「え」
「カカシ先輩は、私のこと嫌いになったんですか?」

思わず手が出そうになるのを、ぐっと堪えた。
嫌いになった?

そんなわけ、ないだろう。

これ以上近づいたらもっと好きになってしまいそうだったから、これ以上好きになってしまったら、もう、自分の中の歯車が止まらなくなってしまうと分かっていたから、俺は必要以上に火芽に近づくのをやめた。一体それはいつからだっただろうか。紅主催の飲み会以外ではほとんど火芽と会わなかったし、校内で見かけても自分から話しかけに行くのは避けていた。
そもそも、火芽にはイタチと言う彼氏がいるから。
なのに、何で今更、そんな台詞を。彼女がそういう意味で言っているんじゃないと解ってる、解ってるけど、その台詞は反則だろう。
しかも、卒業式に。

「今日くらい好きにすれば?」

許されるのはきっと今日くらいよ、と、紅が囁く。
俺の前には俯いたままの火芽が居て、イタチはさっき暖かい飲み物を買いに行くといって近くのコンビニに消えた。
背中をアスマがどんと叩いた瞬間、俺は咄嗟に右手を出して火芽の頭をわしわしと撫でた。

「…カカシ、せんぱ、」

そしてそのまま、後頭部に腕を回して思いっきり抱き締める。最初こそばたついたものの、彼女は暫くして動きを止め、大人しくなった。喉の奥から涙がじわりと這い上がって来そうになるのを堪えるので精一杯になりながら、俺はそれを呑みこむ。

「好きだったんだ、ずっと、火芽のことが」
「…」
「高校生のときから…大切に、想ってた」
「先輩、」
「でも、イタチには敵わないってのも、わかってた」
「…」
「ごめんな。」

また火芽の頭をくしゃくしゃに撫で回して、俺は身体を離した。きっとすごく困った顔をしているんだろうな、そう思って見た彼女の顔は、あろうことか涙で濡れていた。
綺麗だと、思った。

「…カカシ先輩、…ありがとうございます」
「…うん」
「…でも、」
「わかってる。わかってるから、わざわざ言わなくて良い」
「私は、カカシ先輩と仲良くしていたいです」

へ?、と、思わず間抜けな声が漏れた。
だからって、カカシ先輩は私の大事な先輩であることに変わりはありません、避けるのはやめてください。凛とそう言い切った火芽に、紅が吹き出す。確かにガキなのはカカシだな、アスマの台詞に、顔が熱くなる。
確かに、俺は火芽に一方的に思いを告げて、それから彼女とどう付き合っていくつもりだったんだろう。もう一切関わらないとでも思っていたのだろうか。高校が同じで地元が同じ以上、どこかで関わるであろうことはほぼ必須なのに。

「で、カカシ、お前はどうすんだ?まだ避けんのか?」
「…火芽は俺の大事な後輩だよ、」

「もう終わったか?」

火芽に歩み寄るイタチの声に、ハッと我に返る。もう終わったか?って、なんだよ、イタチにはとっくのとうにお見通しだったってのか。俺は最後の最後のわがままとでも言わんばかりに彼女の頭をもう一度撫でた。気付けば、火芽はもう笑顔だ。
カカシ先輩と仲直りできたよ、そう言った火芽の背中を優しく撫でながら、温かいコーンポタージュの缶を差し出すイタチの姿は男の俺から見ても理想の彼氏像だ。もう未練もなにもない。

「はい、先輩たちにはコーヒーです」

なんつーか、出来すぎでしょ、お前。



(20131118)

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