05.Maybe,doesn't stop.


「子猫、拾いました。」


つい、先刻のことである。
私が指輪を外した日から5日後の金曜日の夜、今夜うちに泊まってくださいとの連絡を受けて仕事帰りにそのままうちはさんちのマンションに向かったものの、毎週のようにお世話になっているのに手ぶらじゃ悪いよなぁとコンビニに行くため少し手前の曲がり角で曲がったら、出会ってしまった。
ボロボロの段ボールに入れられていた、この小さくてふわふわな命に。
とりあえず、小雨が降っていたのでどこか屋根のある場所に、と思ったけれどそんなところはなかなかなくて、もしあったとしてもこのまま置き去りにしたら凍えて死んでしまうかも。そう思ったら抱き抱えたままコンビニに足を踏み入れていた。

からの、うちはさんのマンションに許可なく突撃持ち込み。

「いやぁ、今のコンビニって結構ペット用品置いてるもんなんですねー!びっくりしちゃいました!」
「…」
「…あ、あはは…」
「…」
「すいません…」

無言で玄関に立ち尽くす私たちを他所に、子猫はみゃあみゃあと鳴いた。や、やめなさい、今は火に油を注ぐようなことするんじゃないの、そう思いながら恐る恐る彼を見上げると、彼は私の手からコンビニの袋を受け取ってすたすたと廊下を行く。慌ててパンプスを脱ぎ捨ててその背を追うと、袋からペット用のシャンプーを取り出していた。キッチンのシンクに暖かい水を流しながら、私を見る。

「とりあえず、洗礼をします。」
「へっ」
「万が一ノミとかついていたら大変ですから。そうじゃなくても、雨に濡れて寒かったでしょうし。」
「私も手伝います!」

2人してキッチンで子猫相手に悪戦苦闘して、よく乾かしたあと子猫用のキャットフードをやればうにゃうにゃと鳴きながら迷いなくそれにがっつく。その姿を見て顔を見合わせホッと一息をついた。どうやら不幸中の幸い、乳離れは済んでいたようだ。
そんな中、空気を読めない私のお腹もきゅるるると鳴った。もはや毎度のことながら、これは大分お恥ずかしい。

「子猫の次は火芽さんですね」
「…すみません…お酒とおつまみは買って参りました。」
「ありがとうございます。」

うちはさんが用意してくださったご飯を食べながら一緒に映画を見て、お酒を飲んで。目の前で流れる甘いラブストーリーを見ながら、今の私たちのこの関係って一体なんなんだろうって思った。毎週末お邪魔して泊まったりするけど恋人ではないし、勿論キスや身体の関係もないし、お互いにそれを口にしたこともない。でも、そうさせているのは私のせいだ、って気付いて、深く考えるのはそこで終わりにした。だけど彼はそれを全部知っていて、それでも尚私をこうして毎週誘う。その理由に、鈍感な私でも流石に気付いていないわけではなかった。でも、解ったからってどうすれば良いの、そう言うことに関してはいくら考えたところでてんで分かりゃしない。

しかし悶々と渦巻く思考は、大画面の液晶に映る大胆なキスシーンに全部吹っ飛んだ。思わず手にしていたビーフジャーキーをぽとりと落とす。彼をちらりと見れば、顔色ひとつ変えずに画面を見ていた。まだ、キスシーンは続いている。こっそりビーフジャーキーを拾って平然を装いながら口にくわえた。

「火芽さん」
「は、はい」

けど、本当は心臓が今にも飛び出しそうなほどばくばくだ。

「…ずっと言おうと思ってたんですけど、」
「…」
「指輪、外したんですね。」

ごくり。喉が鳴る。

俺と会ってないときはもしかしたら着けているのかもしれないですけど、って呟く彼の声は自分の心臓の音がうるさすぎるせいで最早あんまりよく聞こえてない。て言うか気付いてたんだ、当たり前か、細かいことによく気がつく彼のことだ、多分日曜日会ったときにはもう気付いていたに違いない。
ゆっくり、彼が私の顔を見た。

「期待しても、良いですか。」
「…な、」
「今更、なにを?なんて聞かないでくださいね。」
「っ…、」

彼の目が、私を射抜く。

「出会ってから何ヵ月経ったと思ってるんですか」
「1ヶ月くらい…?」
「その間に何回泊まったと思ってるんですか」
「7回…?くらい?」
「俺がどれだけ待ったと思ってるんですか」
「待っ…?」
「俺だって男です。」

腕を引かれ、あっという間に抱き締められる。胸元に押し当たる顔で感じた彼の心臓の音は想像していたよりもずっと早い。

「もう無理」
「う、うちはさ、」
「火芽」
「はい」
「好きだ」

遠慮なく深く重ねられた唇に思わず目を瞑る。酸素を吸い込もうと口を開ければ舌を捩じ込まれて余計に深くなる口付け。抵抗しようにも、後頭部を押さえ付けられ腰を抱き寄せられて私が抵抗できるような状態ではない。それでも必死に両手で彼の胸を押してなんとか中断させると、お互いの唇から糸がつぅ、と零れた。

「うちはさん、」
「…」
「私、…私も…うちはさんが好きです。」
「その言葉をずっと待ってた…」

そしてまた噛み付かれる唇。

「うちはさっ、」
「…名前で呼べ」
「…い、イタチ、っん」

柔らかなソファーの背凭れに押さえ付けられて、もう言の葉さえ紡げない。ブラウスのボタンがひとつずつ外されていたのに気付いたときはもう既に遅し、彼の腕を掴む私の手には全く力が入っていない。否、力が込められない。

「すまないが、もう我慢はできない」

耳許でそう囁かれて、ああそう言えば彼はドSだったと思い起こす。ふわりと抱き上げられた身体、彼の足が向かう方向にこれからを予想しながら、これでもかとばかりに唇へ噛み付き返した。



(20130726)


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