04.Day by day


「あの時、何て言えば良かったんだろ。」

空港からの帰り道を走る車内で、私の左手の薬指に着けたままの婚約指輪を庇ってくれたうちはさんにお礼と謝罪を述べたとき、彼は今までに見たことのないような切ない顔をして押し黙ってしまった。その時の彼の顔が目に焼き付いてなかなか忘れられない。
彼は一体どんな気持ちで私を庇ったんだろう。いい気分でなかったことは表情からして明白だ。只でさえ知らない男との婚約指輪を、自分があげたものだと嘘つかせるなんて最低にもほどがある。どうして私はこんな風に誰かを傷つけることしかできないんだろう。いつからこんなに人と付き合うのが下手くそになったんだろう。
私は、やっぱりもうダメなんだろうか。

「もう…なにも考えたくない…」

土砂降りの日曜日、布団にくるまって目を閉じる。
あの日から1週間以上経ったけど、海外出張に出た綱手さんはまだ帰ってこれそうにないと言うことで、致し方ないので綱手さんが日本に帰ってきたら診てもらうことになった。でも私の足はすっかり善くなったし、診てもらう必要もなさそう。そうなったら、必然的にうちはさんに会うこともなくなるのかな。まぁ、どちらにしろ怪我を負わせた罪悪感でずるずる優しくされるのなんてごめんだし、それならもう会わなくていい。
もう、二度と会わなくても…

「…あー!もう!」

ダメだダメだ、こんな雨の日に独りで家に居たところでネガティブ思考しか生まれない。そんな時はあれだ、もう飲んで忘れよう!明日の月曜日は祝日だし、もうどうなっても良いや!
大好きな麒麟山梅酒の酒瓶を手に取り、氷を沢山入れたグラスにそれを注ぐ。潔く一気に煽れば、元々そこまでお酒に強くない私はロックを飲んだせいもあって酔いが早く回ってきた。顔がかなり火照り頭がくらくらしてきた頃、ベッドに放り投げたまま放置していた携帯電話が光っていることに気付く。上部でチカチカと点滅する赤いライトはうちはさんからの連絡だと言うことを表していた。

「うちはです、」
「うー、あい、もしもし?」
「…酔ってるんですか?まだ昼間なのに」
「なんですかあ?」
「…酔ってますね…」
「もー、やめてください!」
「え?」
「うちはさんが居るとわけわかりません!私はもう頭ぐしゃぐしゃです!」
「ちょっと…、落ち着いてください」
「私には…あの人が居るのに……う…うぐっ」
「…今からそちらに向かいます。」

できることなら泊まる準備しておいてください、そんな台詞のあとにすぐ切れた通話。それから一頻り泣いたお陰か、少しずつクリアになる思考。赤い目を擦って、冷たい水を喉に流し込んだ。うちはさんに八つ当たりの如く投げた言葉は、酔っているとは言えある意味本心だ、嘘偽りはない。

でも。

「随分…変なこと言ったな、私…」

今思い返してみれば、なんて幼稚な。
ある意味、まるで…。

「好き、って、言ってるみたいじゃない。」

いや、正確にはそんなこと言っていないけれど。だけどそれに類する感情を抱き始めているのは否めないだろう。知らぬ間にそれくらい膨れ上がったこの気持ちを、私はどうすれば良いんだろう。もう恋愛なんてしないって、心に決めていたのに。

棚の上の写真立てを手に取り、私の隣で笑っている人物に指を這わす。2年前、不慮の事故で突然この世を去った婚約者。あなたのことは一生忘れないし、どうしたって忘れられない、それは私が今後どんな環境に立ったって変わらないこと。
だけど。

「ねぇ、…私…もう一度だけ…恋してみても良いかなぁ?」

写真の中の彼は、当然ながら笑顔だ。
物腰が柔らかで、私が悪くたって笑顔で包んで許してくれるような、そんな人だった。自分に都合のいい解釈をしているのは百も承知だけれど、今もどこかで笑って許してくれてる、そんな気がした。

うちはさんと恋仲になれるとか、なりたいとか、そう言うことではなくて。今はまだ流石にそこまで大それたことは考えていないけれど、兎に角これ以上彼にあんな切ない顔はさせたくなかったし、私も見たくない。それはつまり、後々「そう言うこと」にも繋がるんだろうし。
彼となら、もう一度恋愛してみても良いかな、なんてそんなことをふと思ったのも事実だった。

また流した涙が止まった頃、インターホンが部屋に響く。確認するまでもなく、モニターに写っているのは彼だ。エントランスに続くオートロックの扉を開けたあと、私は貰った日から一度たりとも外したことのなかった其れを、指から外し箱に仕舞った。


「…意外と普通ですね」

ドアを開け、普通に応対した私への彼の第一声がこれである。
流石にもう酔いは覚めましたよ、と笑うと、そうですかと返して部屋に上がる。用意していたコーヒーを淹れる私を見ながら、ぽつりと呟いた。

「まだ、準備はしていなかったようですね」
「ん?」
「部屋着じゃないですか。」
「ああ!す、すいません、すぐ着替えてきます!」
「急がなくても良いですけど」
「や、私が恥ずかしいので」
「泣いていたんでしょう?」

服の袖で顔を拭われてハッとする。顔にまだ涙が、と言うか私は顔も洗わずに…!恥ずかしさのあまり洗面所に駆け込む私を見てくつくつと笑う彼の声が響く。ああ、私ってば本当に可愛いげがない。
そしてバシャバシャと顔を洗いながら今更ながらひとつの疑問が浮かんだ。
タオルで顔を拭きながら、彼の前でその疑問を口にする。

「うちはさん、そう言えば、なんで今日うちに来たんですか?」
「…嫌、でしたか?」
「いやっ、嫌とかそうではなくて、ただ単純になんでかなぁ?と思いまして…」
「会いたかったんです。」
「…」
「火芽さんに会いたかったんです。と言う理由では、駄目ですか」

このときはじめて苗字じゃなくて名前を呼ばれただとか、そう言うことを諸々全て含めた上で、この人は、やっぱり、女を知り尽くしていると言うか、なんと言うか。

意図せずなのか意図してなのかは分からないけど、見事、日に日に私を追い込んでいくなぁ、なんて思って。
哀しきかな、それに反してやっぱり可愛くない私は照れたようにぎこちない笑いを返すしかできなかった。

南無。



(20130725)


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