06.You make me glow.


みゃあ、みゃあ、

脳の奥で高い音が響く。
これは子猫の鳴き声だろうか。

…ん?子猫?

「はっ!猫!」
「どうした、急に。」

寝ぼけた頭で飛び起きて辺りを見渡せば、隣には子猫を自分の胸の上に置いてこちらを見ているうちはさ…もとい、イタチさんの姿。彼の手指にじゃれている子猫を見る限り、体力諸々大分回復したようだ。見ているだけで自然と頬の筋肉が緩む。
それは子猫だけではなくて、私の目の前にさらけ出されたままのイタチさんの胸板のせいもあるのだけど。

「ふふ、可愛い」
「…確かに」
「あ、でも、ちゃんと責任持って里親見つけますね。ほんとすいません。」
「いや…別にうちで飼ったって良い、ペット禁止な訳でもないし。ただ、火芽が世話しに来てくれるなら…って条件付きにはなるが」
「ほんとですか!?それなら私、煙たがられるくらい通い詰めちゃいますよ!」

嬉しさのあまり笑顔で彼の方へ勢いよく身体を向ければ、即座に顔を背けられてしまった。え、なんで?私、今なんか変なこと言った?と自問したとき、彼が子猫の顔を手のひらで覆う。

「…その…まぁ、俺からしたらとても良い眺めなんだがな。」

指差す方に目線を向ければ、一糸纏わぬ自分の姿に慌てて布団を手繰り寄せ、胸元まで引き上げた。
他人の身体見てにやけてる場合じゃなかった!なんてことなの!!

「もっと早く教えてくださいよ!」
「良いじゃないか、もう散々見たんだし」
「っ…それとこれとは別ですっ!!」

ぼぼぼっ!と即座に血が昇り赤く火照る顔を両手で押さえながら、ベッドの下に散らばった下着をひっ掴んで身につける。惜しいじゃないか、なんて呟いているイタチさんのことは完全に無視だ。

昨日はあのままベッドに運ばれて抱き合って、一緒にお風呂に入って、また抱き合って…、うわー!と昨夜のことを思い出し布団の中でひとり悶絶する私の髪を手櫛でとく彼の手は優しい。その優しい手つきに余計に鮮明に思い浮かぶ、あの甘い時間。彼はまるで割れ物を扱うかのように物凄く優しかった。
肩を抱かれ振り向けば柔らかく触れる唇。こ、これは、おはようのキスってやつ?なんて思いながら、私はまた頬を染める。

「そろそろ朝飯を食べよう、今日はこいつに必要なものを揃えてやらないと」
「あ、じゃぁ私朝ごはん作ります!」
「火芽はこいつの餌やりを頼む」
「わっ!」

私に子猫を手渡し、Tシャツを着ながらキッチンに向かう背中は思っていたよりずっと大きくて、暖かくて。イタチさんってあんな風に笑ったりするんだ、とか、意外と猫好きなのかな、とか、今まで知らなかったことをどんどん知っていくのが今はとても嬉しい。
キッチンに立って美味しそうな音を奏でている彼から目を離せずにいると、手の中の子猫が鳴いた。あ、そうだ、朝ごはんだったね。少し奮発した餌のパッケージを開けて、小さなお皿によそう。相変わらずお前さんは美味しそうに一生懸命食べるねぇ。

「あ…そう言えば、この子の名前どうしましょうか?」
「…トラ。」
「とら?」
「虎猫だから、トラ。」
「お前は今日からトラだって。ねぇ、ご飯美味しい?」

トラは昨日みたいに餌を食べながらうにゃうにゃ鳴いた。名前がついたら余計に湧く愛着。あれ?そういやこの子って男の子なんですか?そう聞いたら、「ついてたぞ」って。あ、ああ、そっか。ちゃんとそこまで確認してくれてたんだ。

イタチさんはなんでもかんでも私の一歩先を行く。それはとても凄いことだと思うし、密かに人として尊敬していたりする。ここまで気を使える人ってそうそう居ないと思うし、こんな風に進んで料理をしてくれるあたり私なんかよりよっぽど女子力あるんじゃないかと思う。

そして穏やかなやり取りの合間に鼻先を掠めたのは朝ごはんの香り。テーブルに並べて、2人でいただきますをして、隣同士でそれをつつく。こんなに幸せな朝ごはんは一体いつぶりだろう。
美味しい美味しいと焼き魚を頬張っていたとき、テーブルに置かれていた携帯電話が突然震えた。

「…あ、電話」
「遠慮せず出てください、」

携帯電話を手にすることさえ少し躊躇っていたようだったイタチさんに「鳴ってますよ」と催促をすると、渋々それを耳にあてる。もしかしたら急用かもしれないし、なんにせよ電話してくるってことはそれなりの用があるんだろうし、と別に私自身は彼が電話に出ることに対してなにも嫌悪感等々持ち合わせていなかったのだけど、やけに顔をしかめていたのが少し気になった。そんなに気を使ってくれなくても良いのに。

「…はい、…起きてましたけど。え?や、今日は予定があるので、…彼女と買い物に行くんです。…はい…あなたに話す義務はありませんので。…話すだけ話してみますけど、多分行きませんよ。はい、はい、失礼します。」

小さく溜め息をつきながら携帯電話をテーブルに置くイタチさんの顔は心なしか少し疲れている。
私はと言えば、焼き魚の小骨を取るふりして彼の会話を聞くことに全神経を集中させていたわけなんだけれども、その中でさりげなく発せられた「彼女」と言う単語に思わずぎこちなく手の動きが止まった。

付き合ってください、とかハッキリとした言葉をもらったりはなかったけど、キスもえっちもしたし、好きと言い合ったから多分私たちは世間一般的に言うところの「恋人」ってやつに分類されるはず。…はず。
だってさっき電話で「彼女」って言ってたし!それにイタチさんが敬語で話していたところから推察するに、きっと電話の相手は先輩か上司だ。で、多分なにかに誘われたんだ。少しキツい物言いをしていたのが若干気になりはするけれど、それくらい冗談が言える仲ってことなんだろう。そんな人に「彼女」って、「彼女と買い物に行く」って…

「火芽、」
「は、はい!」
「カカシさんの飲み会、行くか?」
「…カカシさん?」
「あの時、火芽を押し潰した奴だ」
「あ、…あー、」

彼の説明を聞いて、カカシさんの顔がぼんやりと頭に浮かぶ。あの銀髪長身の人かぁ…確か、私の記憶が正しければあの人はイタチさんの上司ではなかっただろうか。いくら私のことを押し潰したと言えど、彼を突き飛ばしたのはイタチさんだし、流石に彼の先輩と飲み会だなんて恐れ多すぎて行ける気がしない。

「いやー、どうぞどうぞ!たまには男同士でゆっくり羽を伸ばしてきてください!私はトラとお留守番してますから、」
「…俺は火芽が来てくれたら凄く嬉しいんだが、…それでもダメか?」

突然垣間見える彼の甘い顔にたじろぐ。そんなの狡い。普段はSっ気たっぷりな顔して私を問い詰めたりするくせに、今度は眉尻を下げておねだり?どういうことなの。ここまで逸れたイレギュラーに対応できるほど慣れてないし。
私の左手をさわさわと撫でる右手がもどかしい。

そんな彼を見ているだけで、私の世界はこんなにも輝くのだからそれはそれで不思議と言うか、惚れた弱味と言うべきなのか、それともフィルターがかかっているせいなのか。

今の気持ちを例えるなら、トラを拾ったときに至極似ている。
だなんて、絶対に言わないけどね。



(20130727)


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