03.I will never forget you.


「先週はほんっとにごめん!!今日は私の奢りだから、遠慮せず食べて飲んでね!」
「う、うん…」

あの合コンから丁度1週間、私はまた友人に呼び出され今夜は2人きりで居酒屋に来ていた。
私に嘘をついたことは勿論、あの日私が怪我をしたことにも責任を感じている彼女の必死な謝罪を無下に扱うこともできず、今日もこうして乾杯をしている。なんだかんだ私も甘い。

「で、あのイケメンにタクシーに押し込まれてたけど、あれからどうなったのよ」
「別になにも…お医者さんのところに連れてかれただけ。」
「え!?それだけ?仮にも怪我させた張本人なのに?」
「勿論、ちゃんと送り迎えはしてもらったし、とりあえず治療費は払うって言ってくれたし…」
「で?連絡先とかは?」
「電話番号は交換したけど…特に連絡は取ってない。」
「勿体無い!」

これだからあんたはいつまで経ってもそっから動けないのよ、と少し赤い顔して説教垂れる友人を見ながら考える。大分はしょった本当のことを彼女に言ったら、どんな反応をするだろうか。私が置かれている状況は端から見たら非日常的な事なのだろうか、それとも、ありふれたことなのだろうか。

「…ねぇ、」
「ん?なに?」
「普通さぁ、男って、初めて出会った女を家に泊めたりするもん?」
「んー、好きだったら有り得る」
「じゃぁ、男が女に物凄い迷惑をかけて困らせたあと、終電逃した!って場合は?」
「…あー…まぁ、仕方ないよね」
「そんで、その次の日も泊まらせたりする?」
「いやいやいや、普通はその日の夜だけでしょ。朝になったらサヨナラだよ」
「だよねぇ…」
「…なーに、あんたまさか、イケメンの家に泊まったわけ?2日間も?」
「……3日」
「えっ」

そりゃぁだって、相手が物凄く責任感じてたみたいだったし、帰りたくても帰れなかったし、と言うか1回帰ったはずなのにまた連れ戻されるし…
でも、その間別に身体の関係があったわけでも色恋沙汰が始まったわけでもなく、私は月曜の朝、彼のマンションから普通に出社したわけで。別れ際に言われたことと言えば、来週末、また綱手さんに足を診てもらわなきゃいけないから連絡します、って、それだけ。
敢えて言うならば彼は私を車で送り迎えする勢いだったけど、もうびっこ引いて歩けるくらいには回復してたから丁重にお断りした。

ただ、それだけだ。

「いや、それだけ、って、それだけ尽くしてもらってたらそりゃぁそれだけで充分でしょうよ」
「え?」
「え?って、彼、明らかにあんたのこと好きでしょ」
「ないないないない!あの人に限ってそれはない!」
「なかったら初対面の女を怪我させたってだけで3日も泊めないよ、普通は!」
「…うー…」

一気に捲し立てられて下を向く私。
確かに、3日も泊めるのはおかしいと思う。しかも、向こうの方から、あんな半強制的に。でも、だからって彼が私のことを好きか、恋愛感情がそこにあるのかって言われたら、ないと思う。別に良い雰囲気になったりとか、してないし。
もじもじと言い訳を連ねる私を半目で見ながら、彼女は「ははーん」、とこっちを指差した。

「さては、申し訳ないなーとか思ってんでしょ」
「だ、誰に」
「誰にって?その指輪くれた人に決まってんでしょ?私に何回言わせる気!?いつになったら外すのよ!」
「…」
「…私は、もういい加減あんたに幸せになってほしいって言ってんの。別にその人を忘れろとか、そう言うんじゃなくてさ。…もう…良いと思うよ。」

充分独りで我慢してきたじゃない。

そう言って切なそうに笑った彼女は、私の高校の時からの友人だ。故に私だけじゃなくて婚約者のことも昔からよく知っている。だからこそ、もう気にするなと言っているんだろうけれど。でも、なかなか首を縦には振れなかった。
極端に言えば、その人とじゃないと絶対にダメなんだ、とか、そう言う執着心のようなものはない。あるとすれば、少しの罪悪感と、情とプライド。そればかりが私の首を絞めている。
もう二度と会うことすら叶わない人間にこれだけ振り回されてるだなんて、我ながら馬鹿みたいだ。
写真を見ているだけで、こんなにも胸が切ない。

「…貴方のことは一生忘れないよ。」

忘れない、けど。

けど、なんだろう?
自問自答して首を傾げたとき、携帯電話が突然震え出した。名前も確認せずに通話ボタンを押して耳に押し宛てれば、懐かしい声が聞こえる。

「うちはです。」
「こんばんは、」
「夜遅くにすみません。明日のことなんですけど、」
「あぁ、はい、足を綱手さんに診てもらうんですよね?」
「それが、綱手さん、明日から出張が入ってしまったらしくて、今夜空港に発つみたいなんです」
「仕方ないですね、じゃぁ明日は別の病院にでも行ってきます」
「あ、いや、なので、もし良ければ今から診てやる、とのことで」
「え…?今23時ですよ、」
「出発するのが夜中の2時らしいので、逆にその方が有り難いみたいです。」

迎えに行っても良いですか?
遠慮がちにそう聞かれて、少し躊躇う。こんな夜中に人様の家に押し掛けるなんて、いや、今回は先方からのお申し出だから、と言ってそれを差し引いたとしても。いやいや、何を期待しているんだ私は。ただ綱手さんに私の足を診てもらうだけ、それ以上もそれ以下もない。だったらわざわざ断る理由も、ない。

「そ、それなら、お願いします。」
「良かった。じゃぁ、降りてきてくれませんか」
「へ?」
「もう、下で待ってますから。」

うそ!と小さく叫んで窓から外を見下ろせば、マンションの脇に車が1台ハザードランプを焚いて停まっているのがちらっと見えた。慌てて返事をして、電話を切る。いつからそこに居たんだろう、もし私が断っていたら、どうしていたんだろう?そんなことをぐるぐる考えながら、大急ぎで荷物を持ってバタバタと家を出た。

「すみません!お待たせしました!」
「いえ、こちらこそ勝手にすみません。」

私がシートベルトを締めるのを待って動き出したこの車に乗るのも、約1週間ぶり。やっぱり彼はすごいなぁ、なんて思いながら振られた話題に答えていく。仕事は最近どうだとか、怪我はどんな具合だとか、大した会話じゃないのに何故か弾んで、気付けば綱手さんの部屋の前だったほどで。そんな綱手さんは相変わらず素敵な笑顔で私を迎え入れてくれた。この人も大概凄い。

「うん、歩けてるし、大分善くなったな!来週で最後だ。腰はどうだ?」
「腰の痛みはもうありません。」
「よし、じゃぁ湿布だけ忘れないように!」
「ありがとうございます、こんな夜中にすみません。」
「いやぁ、同じマンションに住んでるんだ、これくらいなんてことない。…それより、イタチとはどこまでいってるんだ?ん?」
「え?」
「とぼけなくたっていい、その指輪、もらったんだろ?」
「あ、いや、これは」
「ったく、こんなダイヤの指輪プレゼントするなんてどんだけ先走ってんだ、お前は!」

違う、違うのに、あまりの勢いに圧され違うと言えない。でも、言わなくちゃ。
拳をぎゅっと作って声を出そうとしたのと、彼が私の左手を優しく握ったのは同時だった。

「綱手さ、」
「はは、柄にもなくプレゼントしてしまいました。…でも、似合ってるでしょう?」
「ふん、そう言うのはせいぜい婚約指輪ぐらいにしておけ、」
「それより、そろそろ支度しないと空港に間に合いませんよ」
「あ、あぁ、そうだな!」

腑に落ちない顔をしている私の肩をばしばしと叩いて、綱手さんはにっこりと笑う。さっきの台詞からするに、この人は本当にうちはさんと私がこのマンションの下の階で一緒に暮らしていると勘違いしているのだろうか。どこでそうなったのかは分からないけど、綱手さんたらなかなか困らせてくれる。

かなり大きなキャリーバッグをガラガラ引きながら、綱手さんがうちはさんの名前を呼ぶ。
そうして、空港までの長いドライブが始まった。



(20130724)


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