02.Rebellious element
ゆらゆらと射し込む光に目蓋を押し上げる。淡いブルーのレースのカーテン、柔らかな布団、枕からほんのり香る匂いになんだか心が安らいだ。こんなに気持ち良い朝は初めて…
「んっ!?」
バサッと勢いよく飛び起きたら、頭がガンガン痛む。ついでに言えば頭だけじゃなくて腰も痛いし、左足に至ってはうまく動かせない。しかも、なにこのベッド、よく見たらダブルサイズ。あ、そうだ、確か昨日は
「起きましたか?」 「あ、えぇと、すみません、私、いつの間にか寝てしまっていたようで」 「いえ、俺が飲ませ過ぎたんです、久々に家で誰かとゆっくり酒が飲めたから、嬉しくて」
朝ご飯できてますから食べましょう、そう言って彼は私の腕を自分の肩にかけて背を支えて抱き起こす。 思い出した、昨日私は彼が突き飛ばした先輩の下敷きになって腰を強打して足を怪我して、それから一晩彼の家にお世話になっていたんだった。
リビングのテーブルの上には、美味しそうな朝食が並べられていて、ソファーに座った途端お腹を鳴らした私を見た彼はくすくすと笑った。あ、笑顔はけっこう可愛い。 さぁ、これから朝ご飯をいただこうかと言う時、ふとソファーの端に寄せられていた布団が目に入った。
「もしかしてソファーで寝たんですか…?」 「?あ、ああ、はい。」 「ごめんなさい!私、1人であんな大きなベッドに…!」 「寝心地はどうでした?」 「ぐっすり、眠れました…」 「なら良かったです。ほら、冷めちゃいますから、食べましょう。」
なんか、調子狂う。 なんで彼はこんなにも紳士なんだ、今まで付き合ってきたのがあまりパッとしない不器用な異性ばかりだったからなのか、彼のことが物凄く輝いて見えてしまう。女性に優しくて、気が利くし料理も上手いし、お金持ち。こりゃぁさぞかし世の中の女性に引っ張りだこなんだろうなぁ。 彼を横目でチラチラと見ながら、温かいコーンスープの入ったマグカップに口をつける。また、腹の虫がきゅううと鳴った。
「そう言えば、お幾つなんですか」 「俺?」 「はい。」 「29です」 「お兄さん、ですね」 「香宮さんは?」 「27デス」 「…お嬢さん、ですね」 「…ありがとうございます」
大きな手のひらがわしわしと頭を包む。全く、自覚があるんだかないんだか、本当に女の子のしてほしいことはなんでも知ってるなぁ。 食後のコーヒーを飲み終えて暫く経ったとき、彼の姿が消えた寝室からチャリ、と金属音がして後ろを振り向く。指に引っ掻けているのは車の鍵だ。
「香宮さんの家に行きましょう、車出します。」 「あ、ありがとうございます。」
慌ててジャケットを羽織り、髪の毛を整える。そうだよね、彼には彼の予定があるだろうし、いつまでも迷惑かけてるわけにはいかない。テーブルの上に散らばした私物を鞄に詰め込んで負傷した足をかばいながら立ち上がる。ふらついた私を彼が咄嗟に支えた、顔が近い。
「大丈夫ですか?」 「は、はい、すみません」 「やっぱり歩くのは良くないですね…」 「歩けます!」 「その様子だと、腰も痛いんじゃないんですか」
そう言いながらぽん、と腰を叩かれて思わず表情が強張る。 な、なんてドS…!
「…致し方ないですね。」 「へ?う、うわっ、ちょっとやだ、下ろしてください!」
膝裏に回された腕が軽々と私の体を持ち上げる。浮遊感に慌てて彼の首に腕を回したけど、相変わらず距離が近い顔に目をそらした。大人しくなった私を見て満足そうに微笑み、玄関に向かって歩いていく彼。これって、俗に言うお姫様だっこってやつだよ、ね?少し見上げると、端正な彼の横顔がすぐそこにある。いや、あの、これはどんな女の子だって恥ずかしいでしょうが!別にそんなんじゃない!と自分の心をなだめる私。 しかしそんな私の気持ちをよそに、彼は器用に玄関の鍵を閉めている。あ、そうか、これからこのまま外に出るのか…
や、やっぱり恥ずかしいってこれぇえ!
「やっぱ下ろしてくださいっ!無理無理無理無理、恥ずかしすぎます!」 「怪我人は大人しくしててください。」 「うっ」
一言ぴしゃりと言い返されて押し黙る。 やっぱりこの人ドSだ!そんな確信を抱きながら必死に首に抱きついているとあっという間についた駐車場。彼がキーのボタンを押すとピピッと音を鳴らして解錠する車。そんなに車に詳しくない私にも解る、これは絶対にお高い車だ。目を丸くして驚いている私を助手席に押し込んで、彼は運転席に乗り込む。
「家は?」 「あっ、桜町のほう、です」 「隣町か…」
前に突然車が割り込んできたときに踏まれた急ブレーキ、咄嗟に私の肩を押さえる彼の左腕とか、信号待ちで頬杖をつく横顔とか、ギアを変える左手とか、ハンドルを握る綺麗な指とか、いちいち様になるなぁ。 私のマンションの前に車を停めて、またお姫様だっこ。流石に近所の人に見られたらとんでもないからと拒否をしたけれど、全く聞き入れられることはなくて結局そのままの格好で帰宅した。幸い誰とも鉢合わせることはなくて、ふぅと溜め息。 ドアの前で下ろしてもらい、鍵を開けて、ありがとう、じゃあまた!と笑顔でドアを閉めようとしたらあろうことかお邪魔しますと上がり込むうちはさん。いや、あの、仮にもここは独り暮らしの女の子の家ですよ!
「準備。」 「へ、」 「早く準備してください。」 「なんの、」 「土日は泊まってください、とりあえず2日間ゆっくりしていれば足も善くなると思いますから」 「え…?」 「そんな状態で1人は危険ですし、なにしろ俺の気が気じゃない。」 「…でも」 「香宮さん」 「はい」 「下着はあそこに干してあるので良いですか」 「ぎゃー!わっ、分かりました!準備くらい自分でしますから!だからうちはさんは座っててください!!」
身体を支えてくれている彼の背をばんばんと叩きながらソファーを指差す。とりあえず紅茶でも入れようとしたけれど、それよりも早く準備してくださいと一渇されて渋々鞄片手にクローゼットの前に向かった。 まぁ二晩だけだしこれくらいで良いだろうと適当に詰め込んで彼の元に戻ると、棚の上に置いてあった写真立てを手にして神妙な顔でそれを見詰めている。それは今は亡き婚約者と私のツーショット写真。なんの心の準備もなしに彼をここに入れるべきではなかったか、と、別に彼となんの関係があるわけでもないのに少し罪悪感。キィ、と鳴ったドアの音に彼がこちらを振り返った。
「…これ、」 「例の婚約者との写真です。私、若いでしょ?」 「良い男ですね」 「はは、うちはさんのがよっぽど良い男ですよ」 「…そんな、」 「私は、結構好きだったんですけど、ね」
あれ、なんでだろ、別にこんな会話今まで色んな人と何回もしたし大したことない、彼の死は本当にもう割り切っているのに。
なのに、私の頬にはなんで涙が流れているんだろう。
(20130723)
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