01.How do you do?


「いつまでもそんなこと言ってたらアイツが浮かばれないよ、さっさと他の男見つけな!」

強く肩を叩かれて足が縺れる。
もう二度と恋愛なんてしないと宣った私を、友人は大声で否定した。そんなんじゃ死んでも死にきれないと解ったような言葉を並べて、私はもうそんな彼女の台詞にもううんざりしてきていた。滅入る心に自然と仕事以外での外出がめっきりなくなってしまった私を何かと連れ出してくれたことに感謝した時期もあったけど、それだって1、2年続けば段々億劫になってしまって、最近は適当な理由をつけて断っている。

彼女に最後に会ったのはいつだっただろうか。
携帯画面を見つめながら、どうしたものかと溜め息を吐く。目の前のそれに映し出されていた文字列は、彼女からの久々の頼み事を記していた。

【どうしても相談したいことがあるから一晩飲みに付き合って!】

丁度給料日後の週末に日程を指定してくるあたりが彼女のあざといところだ。暫く顔も見ていなかったし、まぁいいかと了承の返事を返す。すぐに当日の集合場所を記載したメールを返してくるあたり、彼女はやっぱり数か月前となにも変わっていないようだ。流石に2軒目は断らなくてはと思いながら携帯の液晶を落とした。



「なに、これ、」

当日、本当はそこそこ片付けたかった残業を後回しにして仕事を早めに上がり友人と合流して案内されるがまま小洒落たダイニンクバーに足を踏み入れてみれば。なんだこれは。思わずぽかんと口を開けたまま立ち尽くす私の前には、既に席についていた男女が数人笑顔でこちらを見上げている。これはどこからどう見たって所謂あれだ、合コンだ。明らかに顔色を悪くした私を見て、友人は焦ったように背を押して無理矢理席に押し込む。あとで覚えてなさいよ!小声でそう言って彼女をキツく睨み付けると、流石に少し反省しているのか謝罪の声が飛んだ。だからって、この状況を楽しむ気なんてさらさらない。もうこうなったら飲んで忘れよう、そう切り替えて梅酒のロックを頼んだ。

「名前は?」
「香宮 火芽です。」
「へぇー、可愛い名前。仕事は?」
「普通の事務員ですけど…」

あー、もう。これだから合コンは嫌い。飲もうと決めたアルコールは全然美味しくないし、食事も喉を通らない。私は別に恋愛を求めてここにいる訳じゃないし、そもそも知ってたらこんな飲み会来なかった。隣の女性からは嫌と言うほど強い香水の匂いがプンプン流れてくる、ほらみんな、私じゃなくて他の子に話しかけて!

「それより、あと2人はどうしたの?」
「あー、悪ぃ、ちょっと残業で遅れてるみたいなんだ、あと少しで来るって連絡は来てんだけど、」
「なら良いけど。」

確かに今の男女比は4:2、明らかに男性が足りない。私はカウント外だからどうでも良いけど。そんなことを思いながら目の前のモッツァレラチーズをフォークで突き刺した。どうしようもない話題で馬鹿みたいに盛り上がるこの雰囲気に居たたまれなくなって、お手洗いに行くと言って立ち上がる。
もうこのまましれっと消えてしまおうか。そんな邪念が渦巻いたとき、お手洗い近くのドアの前で何やら揉めている人達が目に入った。

「合コンなんて行きませんって何度言ったら分かるんですかあなたは!」
「や、お願いだよイタチ、今日のは合コンとかじゃなくて、ほら、異性交流会」
「趣旨は同じです。」
「今日は絶対連れて来いって言われてるんだよ、女の子もレベル高いらしいから、」
「興味ないです」

あー、あなたの気持ち物凄く解る。痛いくらいに同情したけれど、お店の入り口にあるお手洗いの前で揉めているもんだから私はそこに入れず、暫く目の前の2人を眺めていた。
スーツの襟元を掴んで無理矢理店内に引きずり込もうとする男性を、結構な力で弾き飛ばす。あっ、と声を出す暇なく、弾き飛ばされた男性はこちらに向かって倒れてきた。勢いもあって支えることができず下敷きになる私。どしん、と重い音が店内に響いた。

「いったーっ、」
「す、すみません!!」
「すまない、怪我はないですか?」
「多分…」

合コンに参加するのを拒んでいた男性が、慌てて駆け寄り私の腕を掴んで引き上げようとするけれど、私の足はびくともしない。あ、あれ?力が入らない。心なしか、足が痛む。

「…た、立てない…」




「全治2週間だな!まぁせいぜい大人しくしておけ!」
「はぁ…」
「それにしてもカカシを弾き飛ばすとは、お前も随分やんちゃしたなぁ?」
「本当に申し訳ない」
「あ、いえ、」

あのあとすぐタクシーに乗せられて連れてこられたここは彼の知り合いのお医者さんのマンション。湿布を貼られた足首は今赤く腫れ上がっている。どうやら捻挫してしまったらしい。まぁでも、お陰さまで合コンから抜け出すことができたし、別に良いかな、なんて思いながら鞄を手によっこらせ、と立ち上がるのを隣の男性が支えてくれた。彼の名前はうちはイタチさん、IT企業に勤めてらっしゃるんだそうだ。

「綱手さん、夜遅くにすみませんでした。」
「ああ、お礼は酒で良いぞ!」
「はい、そうします。」
「ありがとうございました。」
「無理な運動と長時間の風呂は絶対禁止!悪化したらすぐ来ること!」
「はい。」
「では、お邪魔しました。」

肩を担がれて、綱手さんの家をあとにする。エレベーターで1階に降りると思った矢先、彼が押したのは二桁の数字。エレベーターは案の定途中で止まり、ドアが開いた。乗ってくる人は当然ながら居ない。

「え、うちはさん、あの」
「もう終電もないし、怪我してるのにタクシーで返しても心配だから、今夜は泊まっていってください。」
「や、でも迷惑だし」
「迷惑をかけてしまったのは俺の方、遠慮は不要です。」

そう言われるがままにエレベーターから引きずり出され、マンションの一室に押し込まれる。白い床、目の前には広い廊下が続く。通されたリビングは想像していたよりかなり広く清潔感に溢れていた。さっきのお医者さん、綱手さんのマンションはお医者さんと言うだけあって凄かったけれど、これはこれで充分凄い。思わず言葉をなくした。座らせてもらったソファーだって物凄くふかふかだ。

「コーヒーしかないのですが、」
「あ、じゃぁそれをいただきます。」
「あぁ、それとも飲み直しますか?」
「…じゃぁ、そうしましょうか」

笑顔で頷いた彼は、スーツのジャケットをソファーの背凭れにばさりと投げ、ネクタイを外しYシャツの袖を捲りながらキッチンに立つ。何か手伝いましょうか、そう言ってはみたけれど、余計に邪魔ですと返されてそれもそうだと大人しく座っておく。
少しして目の前に置かれた梅酒ロックに思わず笑った。

「梅酒、嫌いですか」
「大好きです。」
「なら良かったです、あ、他のものが良ければ買ってきますから、」
「これで充分です、ありがとうございます。」

2人隣同士に座って、小さく乾杯をする。グラスに口をつけた私の手元を、彼は凝視していた。

「あ、あの、」
「え?」
「結婚、されてらっしゃるんですか」
「ああ、これは」
「すみません!ほんと、気付かなくて…!無理矢理こんなこと、」
「違うんです。これは男避けみたいなものなので…」
「でも、本物ですよね?」
「あー…うん、だけど、もう、この世に居ませんから。」
「…っ、」
「ついでに言えば、籍も入れる前で…もう2年経つし。だから、ほんと、なんでもないんです。」

気まずそうに目を伏せて黙る彼に、そりゃそうだよなぁ、と自分を嘲笑う。ダイヤの指輪を左手の薬指に着けたままにして独身を名乗っていたら、そりゃ誰だって驚くよね。気にしないで、って言っても、気にするよね。

参ったなぁ、この空気、どうしてくれようか。
少し自棄になった思考回路でお酒を一気に煽った。



(20130722)


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