15.Childhood friend


「あちー!」
「もう9月の終わりだぞ、」
「あちーもんはあちー!うん!」
「ならその鬱陶しい髪切れよ」
「結んでんだろぉ!」

くっだらない会話をしながら、買い物をした帰り道、吸い寄せられるように見えてきたマンションに入る。どうせあいつも暇してんだろ、アイスでももらってこうぜ、理由はそんな小学生のように簡単な理由、だけど俺たちの間でそれは普通のことだった。慣れた手つきで部屋番を押せばやっぱりすぐに出たあいつはエントランスのロックを外す。目の前の自動ドアが空いた瞬間涼しい風が体を通り抜けた。

「ふうーっ、生き返るー!」
「やっぱマンションってのは快適だな」

乗り込んだエレベーターの中でも涼しいだなんだとこれまたとてつもなくどうでもないことを言い合って、やっと辿り着いたお目当ての部屋のドアを3回叩く。少し経って開いたドアからは珍しく小綺麗に化粧を施した幼馴染みが笑顔を見せた。

「よお」
「ほんと偶然、私暫くこっちに居なかったから」
「ん?旅行でも行ってたのか?」
「あ、そう言う訳じゃないんだけどね」

そう言って言葉を濁す幼馴染み、火芽のリアクションに首をかしげながらも玄関に上がる。きちんと揃えられた男物の革靴が妙に気になった。

「誰か来てんのか?」
「…うん、まぁ上がって上がって、」

なんだ、それ。
まさか、暫く会わない間に男でもできたか?前に婚約者が死んだときに男なんて二度と作らねぇと泣きわめいていたのはどこのどいつだったか。わざとらしくずかずかとリビングに入っていけば、やっぱりソファーに男が座っている。

けど、

「イタチィ!?」
「ああ、サソリか」
「ん?っえ!?イタチ先輩!?」
「一昨日ぶりだな、デイダラ」
「え?あなたたち知り合いなの?」
「知り合いもなにも…部署同じだし…」
「火芽ー俺バニラー」
「はいはい」

そこに居たのは同僚のうちはイタチで、俺は予想を遥かに越えた先客に若干ついていけてない。思わず持っていた買い物袋をどさりと落とした途端、紙袋の中に入っていこうとしているなにかふわふわのそれを掴んで抱き上げる。こいつ猫なんて飼い始めたのか。ドアの隙間から見える寝室には段ボールが積んであるし、どうやら会わなかった数ヵ月の間に随分俺の知らないことは増えたようだ。

「なんだこれ!猫!?」
「トラって言うの。」
「ふぅん、」
「それより、引っ越しでもすんのか?」
「相変わらずあんたは鋭いわね…」
「火芽引っ越すのか?どこに?」
「まだまだ先の話だけど、とりあえず今日はある程度荷物まとめに来たの。」
「…ま、まさか、こいつの家に越すつもりじゃ、」
「越すつもりじゃ、悪いのか?」

まじかよ!!

…なんて叫べるわけもなく、分かりやすく顔を歪めた俺に不適な笑みを投げ掛けるイタチ。会社でも前から思ってたけどこいつまじ腹立つな。これで仕事も出来るもんだからほんと腹立つ。確か夏のボーナスはうん百万だったとペインの奴からちょろっと聞いた。
まぁ、でも確かに火芽を嫁にやっても良い男として考えたらこのスペックは上等以外の何者でもねぇ。むしろ逆に火芽には勿体無いくらいの男かもしれない、けど、なんにしろ幸せそうだからなんでもいいか。

「吹っ切れたのか、あいつのことは。」
「心配かけてごめんね。」
「…別にそんなこと言ってねぇだろ」
「サソリとデイダラには…いっぱい迷惑かけたから、」
「徹夜でスピーチ考えてたの懐かしいなぁ、うん」
「てか、いつから付き合ってたんだよ。聞いてねぇぞ」
「2ヶ月前くらいからかな?別に黙ってた訳じゃないんだけど、言うタイミング逃しちゃって…」
「出会ったのは?」
「3ヶ月以上前、かな」

丁度前回この部屋に上がったあとに出会ったのか、と逆算する。
前回は一緒に酒飲んでたら突然泣き出して結局徹夜で飲み明かしたんだっけな。そう考えたら今はだいぶ落ち着いて、あいつのことも吹っ切れたと言っていたし、それになによりこの話題をイタチの前で臆することなく話せていると言うことは多分そう言うことだと思うから。だから俺も余計な心配はしないでおこう。

「つーかイタチ先輩こないだ事故ってなかったか?うん」
「ああ、来週ギブスが外れる予定だ」
「そうじゃねぇだろ…!お前、火芽のトラウマ知らねぇのかよ!」

あまりにも呑気な態度にカッとなってイタチの胸ぐらを掴んだ瞬間、火芽が俺の腕を掴んで引き離す。
なんだよ、お前のことを思って怒ってんだろ、そう言ったけど、それでも火芽は何も言わず申し訳なさそうな顔をして俯いた。デイダラ、お前もなんか言えよ。

「仕方ねぇだろ、事故起こされた側だし、うん」
「はぁ…」
「そうなの、相手は飲酒してたみたいだし、今はこうして元気だから。そりゃ、最初はすごくショックだったけど…もう大丈夫。」

ありがとね、サソリ。
そう言った火芽は俺から見たらすっかりイタチの嫁だ。最初は物凄く違和感を感じていたけれど、こうして見たら意外と似合いなのかも、なんて俺らしくないことを考えた。前のなよっちい婚約者より、イタチのほうが幾らか火芽を守ってくれそうだ、なんて口が裂けても言わねぇけどな。
別に結婚しますって報告されたわけでもねぇのに1人でそこまで考えて柄にもなくうるっときそうになってるあたり、俺も随分年を取ったようだ。
いけすかないイタチのことだから、きっとプロポーズも女がときめくような感じのやつをサラッとこなすに決まってる。確か前の婚約者の時は夜景の見えるレストランでされたとか言ってたな。
ま、プロポーズの仕方が云々ではなくて、つまり俺はとにかくこいつが幸せであればなんだって良い。

「いま、幸せか?」
「うん、信じられないくらい幸せよ。」

合格。

その笑顔なら、大丈夫だろ。
どうせ素直にお祝いできない俺だから、せめてもの償いと言っちゃあまた違うかもしれねぇが、お前の御祝儀は誰よりもはたいてやるよ。



(20130902)


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