14.My heart is sunny.
「……」 「は、初めまして…」
なんだか、予期せぬ状況である。
意識を取り戻したイタチさんは脳に異常などなく、容態もだいぶ落ち着いてきたため集中治療室から一般の個室に移動になった。 翌日の日曜日、私は彼が寝ているベッドの横の椅子に座り梨を剥いていた。それが剥けるのを今か今かと待ちわびている彼にようやく剥けた一切れをお皿に乗せて手渡す。その時、ノックが2回部屋に響いた。サスケくんがイタチさんの着替えを持って来てくれるって言っていたから、それかな?と思いながら、果物ナイフをしまい手を拭いて立ち上がったのと同時に病室のドアがカラカラと開いた。
「…っむう、」 「あらまぁ」 「…あ、」 「……」 「は、初めまして…」
ドアの前の男女2人は誰が見ても分かるほど、イタチさんに似ている。そうか、そりゃイタチさんにもご両親はいるよね、と当たり前のことを思いながら慌てて椅子をベッドの脇に2つ並べて座るように促した。やはりと言うべきか、流石と言うべきか、イタチさんのお父様はイタチさん以上に風格と威厳がある気がする。お二人が座ったのを確認してから、私は少し席を外しますね、と呟くと無言で指差された剥きかけの梨。これは、この場に残って剥きなさいと言うことですか、と聞くまでもなく黙って頷く彼の目に勝てるわけもなく、私は会釈をして椅子に腰を下ろした。
「香宮と申します、」 「初めまして、うちはです。」 「初めまして。…イタチ、身体は大丈夫なのか?サスケからは意識不明の重体と聞いていたが」 「お陰様で大分善くなりました、お忙しい中わざわざすみません。」 「いや、無事なら良いんだ。…で…こちらのお嬢さんは、」 「香宮 火芽さん、お付き合いしている方です。」 「ほう…」 「い、いつもイタチさんには大変お世話になっております、」
ベッドを挟んで向かい合わせに座っているイタチさんのご両親と私。なんだか、目を見れない。話の流れにいたたまれなくなって、とりあえず剥き終わってお皿に盛った梨に幾つか爪楊枝をさして真ん中に置いた。飲み物も出したいところだけど、生憎今はペットボトルのお茶しかない。そんなの、このお二人の口に合うだろうか。綾鷹なら誤魔化せるだろうか。いや、やっぱり給湯室に行ってお湯を沸かしてお茶を淹れよう、そう思いながら果物の皮を片付けていたとき、また病室のドアがノックされた。
「…父さん、母さん、来てたのか」 「結婚は…」 「はい、考えています。」
ぴしっ、そんな効果音がぴったりなほど、同時に固まる病室に入ってきたサスケくんと私。これまた絶妙なタイミングで発せられた会話は聞こえなかったことにしても良いかな、や、やっぱなしだよね。嬉しそうに微笑むお母様をよそに、お父様とイタチさんは顔色ひとつ変えず私に顔を向けた。やめてください、なんて言えるわけもない私はただ顔を真っ赤にして狼狽えるしかない。イタチさんが結婚を考えてる?私と?本人の口からそんなハッキリした話今まで一度も聞いていなかっただけに動揺が大きすぎて目眩がする。
「…火芽さん、だったか」 「はい!」 「…良いのか、」 「え?」 「俺の息子で、良いのか。」
…ん? それは一体どういう意味だろう?と目を泳がせながら言葉を詰まらせたままでいると、隣に座るお母様がくすくすと笑い出した。
「やだ、お父さんったら緊張しちゃって。ごめんなさいね、イタチが彼女紹介してくるのなんて初めてだから、お父さん動揺してるのよ。」 「う、うるさいぞ」 「兄さん、着替えとか持ってきた」 「ああ、悪いな」 「…父さんも母さんもやめろよ、火芽さんは昨日から徹夜で兄さんのこと看てて疲れてるんだ。」 「徹夜で!?そうだったの?」 「あ、いえ、少しは寝ましたから、」 「…本当にありがとうね。お父さん、今日はもう帰りましょ。」 「ああ…そうだな…イタチ、年末年始は帰ってくるのか。」 「その予定です」 「…まぁ、無理はしないように。」 「お気遣いありがとうございます。」
私がずっと付きっきりで看病していたと知った瞬間バタバタと帰っていったご両親に申し訳なくなりながらも、内心少しホッとする。それにしても本当に今のはなんだったんだろう。 ぽかんと口を開けて立ち尽くす私の隣で、美形兄弟2人は呑気に梨をつまんでいる。君たち、もしかしてもしかしなくても本当は結構由緒正しいお家柄の生まれなんじゃ…?
「それにしても、さっきのはない」 「ん?」 「さっき俺が入ってきたときの父さんの質問。どんだけ突っ走ってんだよ。」 「…まぁ…前から良い人居ないのか?って言われたり、見合い写真送られてきたこともあったし、俺もこの歳まで親に紹介できるような恋人ができたことなかったからな…」 「まあな」
これまた非常に入りにくい話題を繰り広げる2人。やっとの思いでぎこちなく後ろを振り返って急須を手に取り、お茶を淹れてこようと病室を出た。あんな空間にこれ以上いたら私の身がもたない。
病院の給湯室でお湯が沸けるのを待ちながら、ふうと溜め息を吐き出す。ゆらゆらと脳裏に浮かぶ、さっきの出来事。今思えばなんだか物凄いことをさらっと言っていた気がする。
「結婚…」
もう自分とは縁がないと思っていた単語なだけに、脳に染み入るまでに少々時間がかかるその言葉をよくよく噛み砕いて反芻したけれど結局のところ確かな実感は得られなかった。私も初婚だけれど、それでも今までに婚約者が居たか居ないかの差は結構大きいと思う。ここまで来てまだもやもやして邪念が晴れないと言うのは一体どう言うことか。
カチッ、とケトルのスイッチが沸騰を知らせたのと同時に私の意識は給湯室に舞い戻った。 慌てて急須にお茶っ葉とお湯を入れて病室に戻り、お茶を淹れようとしたけれどそこにはもうサスケくんの姿はない。この病室にイタチさんと2人きり、何故か無性に居心地が悪い。
「あいつは気を使って帰った」 「そんな…折角来てくれたのに、悪いことをしてしまいましたね」 「…火芽」 「あ、ま、またなにか果物でも剥きましょうか、次は何が良いかな」 「火芽、いいから」 「……はい」
イタチさんに腕を捕まれ、ベッドの端に座らされ、彼の真剣な目が私を射抜く。 スプリングが控えめな音を立ててぎしりと鳴った。
「勢いで…あんな伝え方になってしまったが、…俺は、火芽と結婚したいと思っている。」 「……」 「そのうち、改めてちゃんと伝えるつもりだが、…その、流石に父上があんなに直球で来るとは思わなかった」
そう言って顔をほんのり赤く染めたイタチさんが心から愛しいと思ったのは、偽りではないと思う。 彼を目の前にすれば心にかかる靄も嘘のように消える。私1人ではきっとこの邪念は振り払えない。昨日もそうだったけれど、やっぱり頭の奥で答えは出ていたようだ。
イタチさんに微笑み返せば頬を包む彼の暖かい左手、重なった唇の間からはすでに舌が差し込まれて。それを柔く吸えば一層激しくなる接吻、自然と両腕が彼の身体へと伸びた。腰に腕を巻き付けたら彼の腕が背に回ってきて、私と彼の距離はゼロになる。いつの間にか没頭していた行為に小さな喘ぎ声を漏らした瞬間、イタチさんの身体がぱっと離れた。
「これ以上は…歯止めが、」 「イタチさん、好きです」 「…火芽」 「だからちゅーしてください」 「っ!」 「ちゅー」 「……帰ったら覚悟しておけ」
そう言いながらまた押し付けられた其れは、驚くほど熱い。
(20130901)
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