12.Indecisiveness of sissy


じわじわと照りつける太陽から目をそらし、目の前の墓石に買ってきた花束を供え、ゆっくりと手を合わせて目を瞑る。
未だ残暑厳しく蝉も鳴いている、そんな2年前の今日の午後、彼は死んだのだ。丁度私を迎えに来るために車を走らせていたときに正面衝突、相手は居眠り運転、即死だった。その日は一緒にウェディングドレスを見に行く予定だった、式場も下見をして誰を呼ぶか話し合ったり、する、予定だった。けれどその日やっとの思いで会えた彼は四肢が潰れもうとてもじゃないが見れる状態ではなかった。

あれから、もう2年が経つのか。

ふと、懐かしげに左手の薬指を右手でなぞる。しかし、そこに違和感。そうだ、私はもう彼からもらった婚約指輪を着けていないんだった。

「私、好きな人ができたの。」

もしかしたら、あなたより好きかもしれない。そう言ったら、怒るかな。それとも、良かったねって笑ってくれるかな。友人にあれだけ背中を押されても、新たに好きな人ができても、やっぱりここに立てば罪悪感に苛まれてしまう。彼はもう二度とこの世界に立つことができないのに、彼の世界はあの日止まったのに、私だけ進むなんて。そうしたら、いつか彼への気持ちは薄れる?私の中で彼が、彼の存在が、彼との記憶が、思い出が薄れてしまうのが怖い。
なんだかんだ言って、まだ私は彼を割り切れていないんだ。
今はイタチさんを一番に好きだから、それを報告しなきゃと思いながら来たはずなのに、今はもうあの指輪をつけてここに来なかったことを後悔し始めている。こんなんじゃ、彼にもイタチさんにも失礼だ。

途端に1つの悪質な考えが脳内を過り、しかしそれを打ち消すように頭を横に振る。
ぼたぼたとこぼれた涙が地面に染みを作った。
その目を慌ててタオルでおさえ、嗚咽を堪える。私は何をしているんだろう。お墓参りに来て、墓前で泣いて。過去に縛られて身動きが取れないだなんて、他人から見たらどれだけ惨めなことか。

「今年も、来てくださったんですね。」

ハッ、と声の方に振り向けば、そこには彼の母親。私と同じように目を赤く腫らして、手には花束が握られている。彼女と毎年この日にここで出くわすのも、最早当たり前のことになっていた。そうして二言三言交わしてお互いに帰路につく、それが毎年のお決まりだ。
花を供え数秒の間目を閉じて立ち上がった彼女はいつものように私に力なく微笑む。でも、心なしか去年より幾分か元気そうだ。

「今年、この子の妹夫婦に子供が産まれたの。」
「そうだったんですか、おめでとうございます。」
「…火芽さんは?最近どう?」
「私、は…」
「良い人できたかしら?」
「……」
「…もう、この子のことは良いから。あなたがいつまでも落ち込んでいたら、この子もいつまでも成仏できないでしょ。」
「…そうですね…」

元気出してね、そう肩を叩かれ、簡単な私はその一時だけ言葉を鵜呑みにして軽くなった心で頷く。その言葉は確かに間違いではないし、彼が亡くなったことをいつまでも割り切れない私がまわりに迷惑をかけていることも解ってる。

けど、自分でもどうにもできないからこんなに困ってるんだ。

笑顔で墓石から離れた彼女の背を見送って、それでも私はまだここから離れられずに薬指を握ったまま立ち尽くしていた。こんな調子では、きっとイタチさんを心から愛するなんて無理だ。たったさっきまでイタチさんが一番に好きと思っていたのに、自分がどうしたいのかも分からず、ため息をついた。





眩しい光に瞼を押し上げる。飲んだ翌日の割に意外と悪くない寝覚めに安堵しつつもベッドサイドにあるテーブルの上の時計へ手を伸ばす。時計の針は3時をさしていた。なんだ、意外と睡眠をとっていないのか、不覚醒なまま携帯電話のディスプレイを起動させると、15:18を示す文字が浮かび上がる。3時は3時でも、午後3時か!と飛び起きると確かに陽が高く昇っている。そもそもこの時点で気付くべきだったなと思いながら寝室を出て、ようやく火芽の姿がないことに気付いた。
リビングのテーブルの上には1枚のメモ用紙に「お墓参りに行ってきます」の一文。ああ、そう言えば少し前にここから電車で1時間位のところに元婚約者の墓があると言っていたのを思い出す。

「迎えに行くか…」

そして帰りは2人でなにか美味しいものでも食べて帰ろう。
そう思い立ち、とりあえず浴室へと足を運んだ。





「あっという間に…もうこんな時間、」

辺りが暗くなってきていることに気付き時計を見ればもう17時、これでは流石にイタチさんが心配してしまう。いい加減、もう帰らなくては。
また来年も来るね、そう呟いて踵を返した瞬間、携帯電話がぶるぶると震えた。ディスプレイには知らない番号、ふと、首をかしげながらも応答ボタンを押す。

「…もしもし、」
「あ、火芽ちゃん?俺、はたけカカシ。」
「カカシさん?どうして私の番号、」
「あー、ごめん、とりあえず木ノ葉病院来れる?」
「なんで、」
「実は、イタチが…」

カシャン、

手から滑り落ちた携帯電話、冷静さを失った彼の声がそこからでもぼんやりと聞こえる。



(20130824)


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