07.Have a crush on,


「いやぁ、まさかイタチの彼女があの時の別嬪さんだったとはね〜」
「恐縮です…」
「ほらほら、いつまでも正座なんかしてないで足崩しなさいよ、」
「は、はい」
「イタチももっと飲めよ?」
「ありがとうございます。」

なに、これ。
飲み会って、カカシさんだけじゃなかったんだ!と話を詳しく聞きもせず連れられるがままに来てしまったことを凄く後悔する私。
実際に連れてこられたのは高級なことで有名な焼き肉屋で、しかも貸切状態。なんでも、私の目の前に座っている綺麗な女性、紅さんと、イタチさんの目の前に座っているダンディーな男性、アスマさんの結婚祝いなんだとか。そんな大きな飲み会を断ろうとしていたイタチさんにもビックリだけど、この人の多さにもビックリだ。これだけ人が集まれば挨拶回りだとかなんだとかで忙しいだろうに、初対面の私に気を遣ってくれているのかずっと同じテーブルを囲んで飲んでくださっているのだから彼らの人の良さがよくわかる。

だけど、お酒をこんなにハイペースで飲まされているイタチさんを見れたのはラッキーだったかも。そう思いながら、私は運ばれてきた梅酒に口をつけた。目の前では明らかに美味しそうなお肉がじゅうじゅうと焼けている。こんなに美味しいお肉を食べるのも久しぶりだ。

「で?なに?2人はどこで出会ったのよ。あの時の、って、カカシ知ってるの?」
「うん、あれはどこだったかな、確か短冊街のダイニングバーで」
「カカシさんが転んだ拍子に火芽を押し潰して怪我を負わせたので、俺が綱手さんのところに連れて行ったんです。」
「…随分省いたね。まぁ良いけど。」
「なにそれロマンチックー!カカシ、こんな美人逃すなんて惜しいことしたわねぇ」
「まーね、イタチがあっという間にタクシーに押し込んじゃったもんだから謝る暇すらなかったけど。」
「おー、妬けるなぁ、お前にもやっと春が来たか」
「カカシさんのお陰で、見事に全治2週間の大怪我でしたよ」

アスマさんの冷やかしをさらりとかわしてのけるイタチさんの顔がほんのり赤い。それはお酒に酔っているから?それとも、照れてるから?
私はと言えば脂の乗ったお肉をせっせと焼きながら話をあまり気にしていないそぶりをするけれど、耳だけは完璧にすませている。こんな状況滅多に見れないし、普段は聞けないイタチさんの本音が聞けるかも!と、そんな邪心を少し抱いていた。

「怪我はもう大丈夫なの?」
「はい、お陰さまで!ありがとうございます。」
「で、火芽ちゃんはイタチのどこが好きなの?」
「えっ」
「こんな頭堅い奴のどこが好きで付き合ってんの?」

ところが、突然紅さんが徳利を片手でくるくると振り回しながら私を問い詰める。あまりの動揺に、思わず箸で掴んで食べようとしていた牛タンをお皿に落とした。彼女の質問の答えに興味があるのか、アスマさんとカカシさんまでもがこちらを向いて私の言葉を待っている。
そんな中、イタチさんだけが前を向いたまま日本酒の入ったグラスを傾けていた。

流石に、彼の先輩方に囲まれて拒否すると言う選択肢などあるはずもなく。

「え、えぇと、」
「うん」
「優しいところ、とか」
「他には?」
「…い、意外と料理が上手いところとか」
「うんうん」
「大事にしてくれるところとか」
「あとは?」
「私の気持ちをちゃんと考えてくれるところとか、ですかね」

冷や汗を流しながら思い付く限りのことを必死に挙げたのだった。
こうして考えると、出会ってまだ1ヶ月半くらいだし、パパッと長所を述べるのは難しい。
言い終えた瞬間大声で囃し立てながら物凄い勢いでジョッキを空にする彼らを見ながら、あ、この人たちなんだかんだ飲みたいだけなのかも、なんて思ったりもするけれどね。

「しっかし、あのイタチに思いやりがあるなんてねぇ…?」
「カカシさんに使う思いやりはないですよ」
「うん、お前はもう少し先輩を敬いなさい。」
「でさあ、逆にイタチはなんで火芽ちゃんを好きになったわけ!?今まで、俺は女に興味ない、とか言ってたじゃない!」

ダン!と勢いよくジョッキをテーブルに置きながら紅さんがイタチを指差す。彼女の飲酒ペースも去ることながら、イタチさんがそんなことを言っていたってことに驚きだ。イタチさんは冷静に「ああ、そんな時期もあったな」なんて呟いている。どうやら彼は結構余裕なようだ。

「まあ…一目惚れだった」
「俺は今猛烈に安心した!やっぱお前も人の子だったな!」
「そりゃそうですよ」
「で!どこまでいってんの?」
「どこまで、って、まだ出会って2ヶ月も経ってないですよ」
「でももうそんなこと言う年齢でもないし、付き合ってんだし…やることはやってんでしょ?」

アルコールのせいなのか、紅さんは恥ずかしげもなく大胆な質問をガンガン投げ込んでくる。最早これ以上お酒を飲む気すらなくし、ひたすらお肉を焼くことに徹していた私に対しても投げ掛けられる質問と視線に、もうどうしたら良いか分からない。困ったように苦笑いする私をチラッと見ながら、イタチさんはお酒を一口含んだ。
お役に立てずすみませんんん!

「そのくらいは、しましたけど」
「まともに答えるなんて珍しいね」
「この人に誤魔化しは効きませんからね」
「その選択は正しい」
「そう言えば、今日綱手さんは来ないの?」
「んー?一応、昨日帰国するとは言ってたんだが…時差ボケなんかもあるだろうし、今日来てくれるかは分かんねぇなぁ」

あ、綱手さん今は日本にいるんだ。
知っている人の名前が出て少し安心したのも束の間、すぐ嫌な予感がモヤモヤと胸元にわだかまる。その嫌な予感がなんなのかはっきり解る前に、聞いたことのある大声が店内に響き渡った。

「アスマ!紅!おめでとう!!」
「綱手さん!来てくださったんですね!」
「お忙しい中ありがとうございます。」
「堅っ苦しいのはいい、ほら、祝いの品だ!」
「すみません、」
「熱燗2つ!」

店員にお酒を頼んだあと、カカシさんの隣にどしんと腰を落とし手渡されたおしぼりで手を拭きながら、ようやく私たちの姿を視認した綱手さんはこれまた弾けるような笑顔でおお、久しぶりだな!なんて話し掛けてくれる。相変わらず豪快な人だ。

「お前たちにも土産があるぞ、ほれ」
「ありがとうございます。」
「火芽、足の具合はどうだ?」
「お陰さまで善くなりました、本当にありがとうございます。」
「いや、変なタイミングで診れなくなってしまったから心配してたんだ、元気そうで良かった良かった!」
「と言うか、綱手さん、イタチと火芽ちゃんが付き合ってるの知ってたんですか?」
「あ?知ってるも何も、こいつら一緒に住んでるぞ」

嫌な予感、的中。
綱手さんてば、変な勘違いしたまま海外出張に行ってしまったんだった。
ピシピシと分かりやすく凍りつく私とサラダをつつくイタチに注がれる好奇の眼差しが非常に痛い。いや、違う、違うんだってば。本当のことを伝えたいのに、なんて言ったらいいのか分からない。普通に否定したところで、どうせ照れ隠しだと相手にされないのが落ちだ。
しかし黙りこくる私たちのその反応をイエスと捉えたのかなんなのか、綱手さんの話はあろうことか加速した。

「しかもイタチの奴、ダイヤの指輪なんて洒落たもんプレゼントしてたし」
「え!?」

その場に居た全員が私たち2人のほうを振り返り、見詰める。
いや、流石にその嘘話をこのまま誤魔化して肯定し続けるのは彼に悪い。悪すぎる。私から本当のことを言わなくちゃ。意を決してカラカラの喉から声を絞り出そうとしたとき、テーブルの下でイタチさんが私の手をきゅっと握った。驚いて彼を見れば、真剣な顔。

ゆっくりと置いた空のジョッキの中で、氷がカランと音を立てた。



(20130728)


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