修学旅行


僅かばかりだが暖かな気候、天気は快晴。回りから聞こえる言葉は普段聞き慣れないイントネーション。そして少し挙動不審な私たち。真新しいキャリーバッグをカラカラと引きながら、小走りで目の前の先生を追いかけた。

「わー!大阪だー!!」
「はい、このバスに乗って今からホテルに行きまーす」
「はーい!」

今日ばかりはやんちゃな生徒もある程度先生の言うことを聞く。ホテルに荷物を預けたら、いよいよ自由行動だ。
ホテルと言うよりはなんだか旅館のような外観の敷地内に足を踏み入れただけで、なんだか物凄く素晴らしい体験をしているかのような感覚に陥る。それから大きな広間に集められて、一通り説明を受けたあと、部屋の鍵を受け取った生徒たちは各々バラバラに散った。

目の前の風流な庭を見ているとなんだか心が和む。これがわびさびというものなんだろうか。長時間の移動による疲れのせいかぼけーっとしていたところを、イタチ先生に話し掛けられて我に返る。もうみんな行ったぞ、と言われて、慌てて彼の背を追いかけた。そうだ、修学旅行はこれからなのだ。

ところが。

「私…部屋何号室だっけ?」

ぼーっとしすぎて私の頭は結構ぶっ飛んでいたらしい。やばい、カカシ先生の話とか全然なにも聞いてなかった。しおりをめくってみたけど、やっぱり部屋番号までは書いてなくて、こんなときに限って廊下に生徒が1人もいない。同じ部屋の女の子の連絡先も知らない。カードキーもきっと彼女が受け取ってくれたのだろう。仕方がないので、さっき4階でエレベーターを降りたイタチ先生のところへ行くことにした。まだ、4階を出てないと良いんだけど。
しかしそんな悩みは杞憂だったようで、エレベーターの扉が開いたところには丁度イタチ先生の姿があった。

「あ、イタチ先生!良いところに!」
「ん?」
「私…何号室かって分かりますか…?」
「ああ、部屋にプリントがある。こっち来い。」
「ほんとすいません…」

わざわざ部屋割りのプリントを見るために自室に戻ってくれるイタチ先生のあとをぽつぽつとついていく私。初日から迷惑かけるとか、有り得ない。朝だって、イタチ先生からの電話がなかったら絶対に起きれてなかったぐらいだ。頼んでおいて良かった。
イタチ先生の部屋は、402号室。私に手荷物をぽんと預けて薄暗い部屋に入っていった先生が部屋の奥で「電気点けてくれ」と言ったのを聞いて、私はドアの向こう側に身体を滑り入れた。手探りで壁に手を這わせて見つけたスイッチを押せば、電気はすぐに点いた。

「ヒメさんの部屋は…609だな、」
「はー、良かった。ありがとうございます!」
「いや…それより、早く行かないと同じ部屋の奴が居なくなるぞ」
「あ、そっか!イタチ先生、ほんとありがとうございます!」

深々とお辞儀をして、ドアノブに手をかける。外側に開くそのドアに左肩を押し当てて体重をかけたが、それはびくともしないままドン、と鈍い音が部屋に響いた。

「…ん?」
「何してる、早く出ろ」
「わ、分かってますって」

ドアノブを掴んで下に下げる、そのまま力を入れて外側に開…かない。あれ?おかしいな。ドアノブをガチャガチャと動かす私の後頭部をぺしんとはたいて、イタチ先生が横に立った。

「さっきから何をやってるんだ、」
「や、あの、」

イタチ先生がドアノブに入れた力も虚しく、目の前のドアはびくともしない。でしょ?と言った私にすまない、と呟いて、彼はドアを確認した。この部屋はオートロックだから自分達が中から手動で鍵をかけることはないし、チェーンなんてもってのほか。扉自体に異常がないことをくまなく確認して、溜め息を吐いたのは2人同時だった。
とりあえず、イタチ先生は冷静に備え付けの電話でフロントに連絡を入れる。幸い、フロントの人はすぐに来てくれるらしかった。

「あとは、カカシ先生に連絡をしないと…あ、部屋に入る前にヒメさんに預けた鞄は?」
「あ、それなら私のキャリーの上に、…あれ?」

まさか、と思いドアの覗き窓から外を見れば、廊下にぽつり置き去りにされた私のキャリーバッグ。後ろでイタチ先生がもうひとつ溜め息を吐いたのが異様に大きく聞こえた。

「…なら、ヒメさんの携帯は?」
「そ、それが…私のも、あそこに…」

重い沈黙が私たちの間を駆け抜ける。俯いたまま黙り込んだ私の頭をぽんぽんと撫で付けて、まぁお前のせいじゃないし、仕方ないな、とイタチ先生は言ったけど、私は罪悪感に苛まれ過ぎて何も返せなかった。そもそも、私がちゃんとカカシ先生の話を聞いてたらこんなことにはならなかったんだ。それなのにイタチ先生まで巻き込んで、一緒に部屋に閉じ込められて。これから楽しい修学旅行だってのに私ってば本当にどうしようもない。

「う、っく、うぇ」
「…ヒメさん?別に俺は怒ってなど、」
「イタチ先生は悪くないのに、っ、ごめんなさぁいっ」

自分のあまりの馬鹿さ加減に申し訳なさ過ぎて涙が出てきて止まらなくなってしまって、小さな子供みたいに泣きじゃくる私。イタチ先生はすぐに備え付けのタオルを手渡して抱き締めてくれたけど、その優しさが余計に胸に詰まって涙の量は増した。
暫くして、ドアの向こうからすみませーん!と声が響く。あぁ、これでやっと出られる。今の私の顔が涙でぐしゃぐしゃなこととか、よく考えたら私イタチ先生に抱き締められてるとか、そんなことはどうでもよくて、とにかく私は1秒でも早くイタチ先生をこの部屋から解放してほしかった。

外からピピーッと音がして、ホテルの人がドアノブを掴んで下に下げて、力を加える。

ドアは、開かなかった。



(20130719)


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thanx!! :)


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