今こそ別れめ、いざさらば


胸についた小さなコサージュ、黒い筒に入った卒業証書、どこかしんみりした教室。

「みんな、これから色々な形で社会に出ていくんだろうけど…ま、達者でな。俺はこの3年間、お前らの担任になれて本当に良かったと思ってるよ。」
「未熟な身で、このクラスの副担任をさせてもらえてとても幸せでした。来年は副担任ではなく、担任としてどこかのクラスを任されることになったので、みんなのことを思い出しながら…この1年の苦労や喜びを糧にして、自分も新しい環境で頑張ります。卒業おめでとう。」

配られた卒業アルバムを手にして、ああ、ここでの生活が今日で終わるんだとしみじみと感じた。先生の挨拶が終わったあと、すすり泣きが大泣きに変わる生徒がいたり、寄せ書きを始める生徒がいたりする中で、私はただ窓から見える桜の木をぼんやり見つめている。どこか夢心地で、これが現実だとにわかには信じ難かった。

カカシ先生はそんな混沌に満ち溢れた教室を一瞥してから、足元から大きな段ボールを抱え上げ教卓にどんと置いた。

「で、これ、俺とミナト先生とイタチ先生と、このクラスの男子たちから、女子たちにホワイトデーのお返しだ。ひとりひとつ持っていくように。」
「うっそー!ないと思ってた!」
「サクラちゃんひどいってばよぉ!」

そんなイベントあったなあと思いながらサクラがわざわざ持ってきてくれたそれを受け取ってみれば、なんと有名なチョコレート店のもの。わあ、みんな奮発したなあ…と呟くと、費用はほとんど先生たち持ちで、男子は全員300円ずつ徴収されただけなんだそうだ。ひええ。


「もう…あそこに勉強しに行くことはないんだね…」

みんなで馬鹿言って笑い合ったり、必死に勉強したり、走ったり。クラスの全員があそこに集まることは、多分もうないだろう。
帰り道、急に寂しくなって振り返る。どうせ明日からはまた新生活の準備だなんだと忙しくなって、こんな気持ちになることも滅多にないんだろうけど。

「まあ…ほとんどのやつが県内だし、会おうと思えばすぐ会えるだろ」
「…そうだね」

とぼとぼと歩きながら、サスケは私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
いつもなら「何をするんだ」と言い返すところだったけれど、喉がつまって思うように言葉が出なかったし、そんなこと言う気にすらならなかった。
卒業するのが嫌だったわけではないし、学校にずっと居たかったわけではない。ただ、あのクラスが、あの教室にいたみんなが大好きだった。カカシ先生も、イタチ先生も、クラスのみんなも。
私、あのクラスで良かったなあ。

「…ほら。」
「へ、」

なんの脈絡もなく突然目の前に突き出された小さな紙袋を、押し付けられるがままに手に取る。
たぶん、デザインから察するに中身はお菓子。
それを両手で持ったままきょとんと目を見開いて固まる私に、サスケは後ろ頭を掻きながら言った。

「俺から、ホワイトデーのお返しだ」
「え、でも、学校でもらったし」
「俺も同じだろ?学校でももらったし、家でももらった。」
「…あ、ああ、そっか…わざわざありがとう」

もしかしたらミコトさんに持たされたのかもしれないし、受け取らない理由も特にない。
すぐに納得して紙袋を持ち直した私の腕を引き止めるように握ったまま、サスケはそこに立ち止まった。家まであと1分というところの空き地の横、近くの家の大きな桜が視界の隅で揺れている。

「サスケ?」
「…その、チョコ」
「これ?」
「の、真意、なんだが」
「う、ん」
「俺はお前が好きだ。」

掴まれた腕が燃えるように熱い。
恋愛感情としての好きとまではいかなくとも、サスケから好意を寄せられているなとある程度感じてはいた。ただ、私はサスケとは友達だとずっと思っていたし、これからも良き友達で在りたいなと思っていたから、だから遊んでいる時でさえ意味深な言葉を発することも、勘違いさせてしまうような状況を作ることもしてこなかった。強いて言えば、夏祭りに一緒に行くことを除いては。まあ、その行為自体も私からしたら恋愛事に結びつくなんて考えていなかったのだけれど。
けれど、彼の中ではきっとそうではなかったんだ。
ただ好きだと言われて、それに私はどう返せばいいのだろうか。ありがとう、でこの会話が終わるとも思えないし、サクラってサスケのこと好きなんだよ、なんて阿呆なこと言えるわけがない。
目の前で頬を赤らめてこちらを見つめている彼を傷つけないで済む言葉はなんだろうと必死に考えている時点で、この話は聞くべきではなかったなと思った。まあ、そんなこと無理なんだけど。

「だから、付き合って欲しい」
「…ど、」
「恋人として。」

『どこに?』なんてボケを挟む前にキッパリと言い切られてしまった。やっぱり彼が私に抱いていたのは恋愛感情だった。
1%の希望すらも失った私はいよいよ行き場をなくす。
考えさせて、と返事を先延ばしにしたところでいつか答えなくてはいけないことに変わりはないし、いま返事をしたら気まずい空気のまま帰路につかなくてはいけなくなるし、というかどっちにしろこのあとの大学生活が終わる気がする。
ぐるぐると考えてはみたけれど、やっぱり私はサスケのことを恋人として見ることができない。脳裏に浮かんだイタチ先生の顔で断る決心がついた。

「…サスケ、私、サスケのこと大好きだよ。でも、ごめん。」
「…」
「友達としてすごく大好きだけど…恋人としては…好きになれない。」
「…そうか」

手首から熱が離れていく。と、思いきや、思い切り腕を引かれて膝が折れた。
情けない声を出しながらバランスを取ろうと足を踏み出した私の身体を、サスケが抱きしめる。同じように彼のことを抱きしめられない自分の両腕が、ぶらんと揺れた。

「ごめん、少しだけ」
「…うん」

こんな時でさえ、顔を埋めた彼のマフラーから漂う香りでイタチ先生を思い出すのだから、私は最低だ。


(20170616)


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thanx!! :)


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