夏休み 「じゃ、あんまりバカみたいなことはしないよーにね!親と警察に迷惑かけないこと!」 前から回ってくるプリントを受け取りながら、だるそうな返事が飛び交う教室。 今日は終業式、明日からは夏休み。私たちにとっては、高校生活最後の夏休みだ。 「はいじゃぁまた9月〜ちゃんと宿題やれよ〜」 カカシ先生の声にクラスメイトは散り散りに散っていく。 私は1テンポ遅れてため息をつきながらプリント類をかばんに詰め込む。夏休みなんて、来なけりゃ良いのに。そう思ってるのは、たぶんこのクラスで、いや、この学校で私だけだ。 「ヒメー!このあとみんなで打ち上げカラオケ行こー!」 「えっ、」 「サスケくんもヒナタもヒメが来なきゃ行かないって言うんだもん、ね、お願い!」 「わ、わかったわかった、すぐ行くから、先に行ってて。」 「ならあとで部屋番メールするね、場所はいつものとこだから!」 「おっけー」 「サクラちゃん、行くってばよー!」 「はいよー!ヒメ確保完了!」 「でかした!」 「ふぅ…」 打ち上げって、一体なんの打ち上げよ。そう聞きたかったのをぐっと堪えて、笑顔で手を振る。 お祭り騒ぎが大好きな彼らのことだ、きっとテスト明けの打ち上げだとか、1学期明けの打ち上げだとか適当な理由をいくつも積み上げて、なんだかんだみんなで集まってどんちゃんしたいだけなんだろうな。って大体分かってるから私も聞かないんだけど。 意外と重くなった学生かばんを肩にかけ、誰もいない教室を眺めた。私の後ろには、イタチ先生が来た時に座るためのパイプ椅子が立てかけてある。何気なくそれを開いて腰掛ければ、パイプのしなる金属音がキュウ、と鳴った。あれから、イタチ先生とはなんの連絡も取ってない。下手したらきっと夏休み中も連絡取らないし、もちろん会いもしないんだろう。 避けられているのかと思ったら、なんだか自分がものすごく惨めに思えて悲しくなってきた。 私、なにか迷惑なことでもしてしまったんだろうか。急にあんなわざとらしい断り方してくるようになるなんて、思いもしていなかった。迷惑だったんなら、それはそれでちゃんと言ってくれたら、私だって謝って気まずいのなんてなしにしてしまいたいのに。 でも、だったらなんであの時私の腕を掴んで引き止めたの?優しく頭を撫でたの? 考えれば考えるほど、こんがらがるばっかりだ。 「ヒメさん…?」 「っ、あ、せんせ、」 「まだ残ってたのか」 「ごめんなさ、すぐ帰ります」 「ちょっと待て、」 教室の施錠に来たイタチ先生と鉢合わせ。ああ、私ってばどんだけ運が悪いのやら。 がたがたと慌ててパイプ椅子を片付けて教室を飛び出そうとした矢先、また右腕を掴まれて私の身体はぴたりと止まる。 だめだ。私は別に、彼に慰めてもらいたいわけでも会いたかったわけでもないってのに。 「泣いてたのか…?」 掴まれた反動で床にぽたぽたと滴る水は間違いなく私の目から流れ出たもので。 頑なに振り返るのを拒んでいたのに、肩を掴まれて前を向かされて、私はもう何も隠せなくて、肩にかけていたかばんがどさりと落ちた。 「どうした、何があったんだ」 「なにも、な」 「じゃぁなんで泣いてるんだ、何もないわけないだろう」 「…っ、い、今更優しくしてくれなくてもいいです…っ!」 「ヒメ、さ、」 「優しいと思ったら、急に冷たくしたり、避けたり…私がなにかしたんだったら、謝りますから、だから…ちゃんと言ってください…」 ひと思いに言い切ったあと、流れた沈黙。 イタチ先生は驚いた顔で私を見つめたまま息を飲んでいる。私そんな変なこと言ったかな?いやいや、別に普通だろ。と脳内で自問自答を繰り返しているうちに、肩を掴む手の力はだんだんと優しくなっていった。同時に表情もふわっと優しくなって、先生は私の頭を撫でながら呟くように謝った。 「すまない。そんな風に…困らせるつもりはなかったんだ、別にヒメさんがなにかしたとか、そんなことは少しもない。」 「…だったら、なんで急に」 「それは…俺自身に余裕がなかったから…不安にさせてすまなかったな、」 「じゃぁ、今度からまた、」 「…ああ、連絡するさ。だからほら、今日はもう帰れ、施錠するぞ」 「はーい」 ああ良かった、なんだ、イタチ先生ってば本当に忙しかっただけなんだ。 全部私の考えすぎだったのかな。余計な迷惑をかけちゃったかもしれないけど、誤解が解けて良かった。 がちゃ、 施錠しながらイタチ先生はほっと胸をなで下ろしている私に向かって困ったような笑みを投げた。 「だけどな、あんまり男の家に気軽に上がり込むもんじゃない」 「…え」 「夏休み中もあまりハメ外しすぎないように気をつけるんだぞ。」 イタチ先生、全然わかってない。 さっきのはそんなの関係ないでしょ、私たちはそんなんじゃないでしょ、でも、それでもイタチ先生が関係あるって言うなら。 イタチ先生の家に上がり込むことも、それを指しているなら。 「イタチ先生が…私に手を出すとか、有り得るんですか」 もう、聞いてしまえ。 「…っ」 なんで、黙るの。 なんで、何も言い返してこないの。 なんで、目をそらすの。 嘘でも、笑って誤魔化してくれたら、それで良かったのに。 嘘でも、そんなことないだろって言ってくれたら、私だって笑えたのに。 嘘でも、信じたのに。 「俺だって男だ。」 私の中の歯車が、かちりと動いた。 (20131213) ← // → ← thanx!! :) |