ジンクス



ラン様へ 34500Hit記念



「ねぇ、こっちこっち!」
「そう焦るな、」

○○はぴょんぴょんと跳ね気味でイタチを手招きする。もう太陽が沈みかかったこの遊園地はライトアップが綺麗なことでも有名で、○○はイルミネーションが点灯されるときに観覧車に乗りたいのだと言って数日前からイタチに言い聞かせていた。なるほど、確かに観覧車の前には長蛇の列。それに気づいた彼女は、一層の焦りを見せる。

「観覧車は逃げないから、」
「でも、どうせなら待ち時間も少ない方がいいでしょう?」
「俺は○○と居られるなら待ち時間など苦痛ではないが…」

ああ、残念ながら先を急ぐ彼女には聞こえていないようだ。イタチは腕を引かれながら観覧車待ちの列に並んだ。隣に並んでいる彼女は、両手を両膝について肩で息をしている。どんだけ観覧車に力を注いでいるのだろうか。少しだけ呆れたイタチの目に、ふと売店が映る。

「走って喉が渇いただろう?飲み物でも買ってくる。」
「ご、ごめ…、ありがと、」

まだ息切れている○○の頭を軽くぽんぽんと撫で付け、イタチは1人売店へと向かった。その間に彼女は遊園地のガイドマップを開く。

「『観覧車の頂上でキスをすれば、永遠に結ばれる』…」

『かも!?』の部分は、あえて読まないことにした。何を隠そう、私にとって今日のデートの最大イベントは今から乗る予定であるこの観覧車であり、なぜ大学生にもなってこんなことに身を興じているのかと言えば、イタチと付き合って早くも数年が経つと言うのに、彼からは将来的な話題が1つも上がってこないことに私は若干危機を感じ始めていた。それならば女友達の間で今話題の、このジンクスにでもすがってやろうと思い立ったのが先月の終わり。そしてイタチはこのことを全く知っ

「待たせたな、」
「あっ、ありがとう、わざわざごめんね。」
「いや。お茶で良かったか?」
「うん、平気よ。」

ガイドマップを慌てて鞄に押し込んだ。危ない。この作戦は、相手に知られてはいけないのだ。私は何事もなかったかのように彼の手からペットボトルを受け取り、それをこくこくとカラカラの喉に流した。隣で、イタチが私の鞄に手を伸ばしガイドマップをするりと抜き取っている。私は思わずお茶を噴き出しそうになるのをグッとこらえながら、平然を装っていた。

「なにか他に行きたいところでもあるのか?」
「へ?」
「さっきこれを真剣に見ていたじゃないか、」
「あ、ああ!うん、まぁね。観覧車に乗ったら、夕御飯でもどうかなぁと思って。」
「確かに、乗り終わる頃は良い時間だろうな…」

ホッと肩を撫で下ろし、またお茶を一口飲んだ。イタチはガイドマップのレストランコーナーを食い入るように見ている。彼のために夕御飯は少しお高い和食料理にしようかな、そんなことをふと思った。

「はい、次の方どうぞー」

そうこうしているうちにあっという間に自分達の番になり、案内されるがまま観覧車に乗り込む。イタチは私が乗るときに手を繋いで、段差に気を付けろ、などと小声で言った。そう言う紳士的なところは何年経っても変わらない。私ははにかみながら、ありがとう、と小声で返した。そしていよいよ扉が閉まり、この個室は上へと昇り始める。遊園地のイルミネーションは、すでに点灯が始まっていた。

「わぁ…きれい!ねぇ、イタチ!見て!」
「あぁ、綺麗だな、」

ガラス越しに見える景色は予想以上に美しくて、思わず言葉さえなくす。外の景色にばかり夢中になっていた私は、この個室がもう少しで頂上にたどり着きそうなことも、彼がいつの間にか隣に座っていたことさえ気づかなかった。景色に見とれて感動のため息を1つ溢したとき、腰を抱かれて隣にイタチがいたことを知る。と同時に、あのジンクスがちらりと脳裏をよぎった。だが、身体がイタチに捉えられているために今どこの高さにいるのかは分からない。

「…○○、」
「イタチ?ん、んん」

抱き締められると同時に振った口づけ。ゆっくり割り入った舌に舌を絡ませ、柔く吸う。角度を変えて何度も繰り返されたそれは、わざとたてた大きなリップ音を合図に終わりを告げた。私はすっかり潤んだ瞳で彼を見つめた。ハッと横目で外を見やれば既に4分の3あたりまで進んでおり、もはや自分達がどのタイミングでキスをしたかなど分からなかった。まぁ、良いか。私は彼の胸に上体を預け、ぽつり呟く。

「これからも…一緒に居れるかなぁ?」
「なにを急に…どうした?」
「イタチ、あんまりそう言うこと、言ってくれないから、」

そう言ったあとに しまった、と思ったが時既に遅し。やばい、今の私ったら物凄く重い女だったよね?もしかしたら、もしかしたら、と心の中には暗雲が立ち込める。こんなつもりじゃなかったのに。慌てて否定の言葉を述べようと思った矢先、イタチが口を開く。やだやだ、お願いだから悲しいことは言わないで、

「大丈夫なんじゃないか?」
「そ、そう、」

刹那、

「観覧車の頂上でキス、したしな。」

開いた口が塞がらない、とは、まさにこの事。私は空気が足らない金魚のように口をぱかっと開けたまま、ついでに目もこれでもかと言うくらい開いている。彼に聞きたいことは山ほどあるが、言の葉が紡げない。

「な、なんで、」
「その程度の噂なら、俺だって知ってる。○○が観覧車に異様に執着していたのも、この噂のせいかとは薄々…まぁ、あまりに夜景に見とれていたから少々不安にはなったが。」

あああ、なんて恥ずかしい。私は今すぐにでも穴があったら入りたい現象に苛(さいな)まれる。顔の火照りは暫く収まりそうになく、ただただ羞恥心だけが私の心をちくちくと刺激し続けていた。そんな私に、彼はまだなにかを告げる。

「俺も、ずっと一緒に居たい気持ちに変わりはないしな。」
「えっ…」

ほら、行くぞ、と腕を引かれるがままに立ち上がれば、タイミングよく開かれる個室の扉。そこから出たあとも、イタチは私の手を握ったままどこかへとずんずん進んでいく。黙ったままついていくと、彼が遊園地から出ようとしていることに気づいた。

「ゆ、夕飯は良いの?」
「ホテルで食べる。だが、その前にデザートだ。」

ふわりと重なる唇。ようやく、彼が焦っている理由が解った私は、彼に知られないようにくすくすと笑った。遊園地を出た目の前には、今夜泊まるために予約しておいたプリンスホテル。私の顔の火照りは、やはりまだまだ鎮まりそうにない。これからの出来事を予想したら、心臓がとくん、と鳴った。


ジンクス

(そんなものなくたって、私たちはずっと一緒なんだと気付かされました。)


2012/05/28
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thank you!! :)



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