貴方の傍にいたいだけなのに


切(現パロ)
月夜へ 28100Hit記念



知人が開いたちょっとしたカラオケパーティーに、私は1人で参加した。残念ながら他の出席者に知り合いは居ないようで、辺りを見回した私はそれを知って浅い溜め息を吐く。こんなことなら、やっぱり来るんじゃなかったかな。

そんな時、ふと会場の出入口を見やると、壁にもたれ掛かって暇そうにしている男の人が目に入る。なぜか私はその人に釘付けになり、なぜか心臓の鼓動が高鳴った。一瞬、目が合う。
まさか、長い間遠退いていた感覚が蘇ってくるようで、でも新しい感覚なような不思議な気持ちは余計に私の脳を混乱させる。


「何か飲みますか?」
「あ、あぁ…じゃぁ…カルピス1つ。」


今日は車で来てるからお酒は飲めない。ソフトドリンクを注文した後に彼が居た壁際を見てみると、もうそこに彼はいなくて、私は肩を落とす。見ているだけで幸せだったのに、


「歌わないのか?」
「え、」
「お前は、歌わないのか?」
「い、良いです、」
「…そうか、」


突然の展開に、私は早くも沸点を迎える。多分今の顔はきっと赤い、恥ずかしくて彼の顔も直視できずにただ下を向いた。
勝手に私に詰め寄って質問攻め、自己アピールする人たちとは全く違い、彼はさりげなく隣に座っては私のことをそれとなく気にかけてくれる。お手洗いに席を立ったら、何も言わずについてきてエントランスで待っていてくれた。たったそれだけのことがとてつもなく心地よくて、嬉しくて、私はつい舞い上がってしまう。
しかし、そんな時思いもよらぬことが起こった。


「あ、イタチ、久しぶりー」
「お久しぶりです。」
「まだ続いてるの?」
「お陰さまで。」
「もう付き合ってどのくらい経つ?」
「7ヶ月。」
「あぁ、もう結構長いのね。」


頭が瞬時に現実へと呼び戻される。嗚呼、やっぱりか。そうだよね、こんなにかっこいいのだから彼女が居ない方がおかしいと思う。彼はただ純粋に紳士なだけだったのか。

『思わせ振りなことはしないで』

と言えたらどんなに楽か、彼は私の気持ちなど露知らず、彼女との写真を私に見せては微笑む。とても綺麗な彼女、大切にされていそうな彼女。彼は元々私のものではないのに、醜い嫉妬心が渦を巻く。
もう嫌でも分かる、私、彼に恋をしている。


「…ねぇ、」
「なんだ、」
「アドレス、教えて。」
「分かった。」


『受信完了しました』

赤外線通信で彼のアドレスを難なく入手した私は、少し拍子抜ける。随分守りが緩いのね、それとも、これくらいじゃ揺るがないってこと?
どちらにしろ、絶対にいつか私のものにして見せる。"略奪"と言うかたちの私の恋だけど、別にいけないことだとは思わない。とる方が悪いなら、とられる方も悪い。

『うちはイタチ』

携帯画面にうつされた彼の名を指でなぞりながら小さく笑う。さて、これからどう動こう?
何も知らない彼が、私の隣で笑った。




(それはどうしてこうも難しい。)


2009.6/1
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