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天女と見紛う名前が舞う。


この川の流れるが如く
穏やかに音色が聞こえる
吹く風が頬を撫でていく
懐かしい思い出が滲む

遙かなる空は
胸を裂くように
忘れかけた記憶を醒ます
溢れるは涙

白い桜の花の季節は
遠く夢の中にだけ
舞い散る花びらの囁いた
忘れられない言葉


悲しみ冷めやらぬと歌う。


眠れない夜を一人きり
歩き出す ぬるい風の中
いたずらにはしゃいでいたまま
気がつけば思い出に変わる

月も雲隠れ
蒸し暑い日々の
消したい記憶も儚くは
止まらない涙

刻まれる時間は残酷に
ヒトを縛りつけ遊ぶ
青々と茂る桜の葉は
何も語りはしない

白い桜の花の季節は
遠く夢の中にだけ
舞い散る花びらの囁いた
忘れられない言葉


忘れたい。しかし忘れたくはないのだと。

澄んだ声を響かせ、切なる思いを訴え歌い舞うお鶴。気がつけば、頬を涙が伝っていた。何時から流れていたのか。この場に、涙しておらぬ者などいない。名前の悲痛なる思いは皆の胸に響いた。
優美に舞い終え、目を瞑るお鶴の思いの先はーーー。
俺は堪らず、名前に歩みより強く腕(かいな)に抱いた。この胸に収まってしまうほど小さく細い身体に、襲いかかる哀しみはいかばかりか。
細かに震える名前を宥め抱いていると、衝撃から立ち直った主が走り寄ってきた。名前を放し背を支えてやると、主は目の前に立つなり名前の両手を包むように握ってありがとう、と何度か繰り返した。感無量でそれしか言葉が出ないようであった。
無理もあるまい。主はずっと名前の悲しみを分かち合いたいと願っておった。勿論皆も。名前は困り顔ながらもすっきりとした様子で、主が喜んでくれて良かったと言った。
ほんに、名前は健気だ。なればこそ、尚更この優しい心を悲しみに染めた男が赦せぬというもの。地獄に堕ちたとて、我が呪いが届けばよいものを。
風が冷たくなってきた。名前も慣れぬことで疲れたろう。皆がこの様子では落ち着けまい。早に部屋へ帰さんとな。
哀しい記憶は忘れずとも、夢にまで見ることはあるまい。名前は要らぬ贖罪を今も続けておる。せめて今日、そしてその先の日も、名前が安らに眠れることを願う。
曇りなき満面の笑みをこの俺に見せておくれ、名前や。
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