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梅雨も明けだんだん暑くなってくる初夏に、恒例の月見の宴を開くことにした。聞こえは雅だが、ぶっちゃけると満月を理由にした宴会だ。今日はよく晴れるし、絶好の宴会日和になるだろう。今日のような日は午後からは出陣も遠征も無し!内番も人数を増やし、なるべく午前中に片付けてしまう。午後からはそれぞれ宴会の準備をしたり、のんびりと時間を潰す。
俺はいつもなら悪戯を仕掛けたりお説教されたり驚きのタネを仕込んだりと忙しいのだが、今日は短刀のちびたちにお願いされて簡単なダンスを仕込んでいる。宴会で披露してくれるらしい。俺が大人しくするための策略もあるんだろうが、お願いを断れる訳がない。張り切ってダンスを仕込むことにする。ちびたちがにゃんにゃん言って踊ってる姿は、何だかお遊戯会みたいだな。一期と宗三にカメラ用意するよう言っとくか。そんな事を考えていると、光忠に呼ばれた。みたらし団子は大好きだ。
名前もいたので、一緒に食べる。動き回って暑かったから、光忠の用意してくれていた冷えた麦茶がとても美味しい。この気遣い、さすがオカン。
名前は先ほどまでの俺たちを見ていたそうだ。ちびたちが練習に戻るのを見送って、俺はかねてから思っていたことを、この機会にと名前に″お願い″した。名前は優しいから、出来る限り″お願い″を叶えようとするだろうことはわかっていた。それがたとえツラいことであってもやるだろう、と。これは俺の独りよがりだ。あまり眠れていないことや、時折こぼれる言葉など、名前の稀に垣間見えた無意識のごく一辺でしか、名前の負の感情が見えない。だから、表現方法を一つでも増やせたら気づいてやれるんじゃないか、軽くしてやれるんじゃないか、なんて。
光忠に言われた通り、無理そうなら止めようとは思う。だが、それでもいつかは…なんて願ってしまうのは、俺が心の傷を消しきってやれない駄目な主だからなんだ。

宴が間もなく始まる。トップバッターは粟田口48…嘘だ。ちびたちによるダンス。準備で集まってきゃいきゃいはしゃいでいるちびたちよりも、ビデオカメラも一眼レフも照明も抜かりのない保護者組の方が気合いが入っている。不安そうにしている五虎退の頭を撫でてやり励ましていると、俺を呼ぶ名前の声。振り返って声をかけようとしてそのまま、俺は固まってしまった。
美しいなんて言葉じゃ足りない。だが、それ以外の言葉も吹っ飛んだ。細い首、白い顔を彩る赤が艶を孕みつつも、今にも消えそうな雰囲気と揺れる瞳が儚さに満ちていて、思わず抱き締めたくなるようなーーー。
っと、いけない。名前が不思議そうに主?と呼び掛けてくれたことで目が覚めた。首傾げるのやめてくれ、似合いすぎて何かこう、困る!何とか赤面せずに耐えて見惚れていたと告げれば、周りの野郎どもも誉めまくる。恥ずかしそうに見立てがどうのと照れ隠しする名前がもうなんか、マジ女神だわ。あんまり照れさせると逃げるか?と思って止めようとしたが、次郎が先に動いたようだ。トップバッターは変わってしまったが、ナイスだ次郎!
ちびたちの和睦溢れるダンスが終わり、俺も見せ物として、見た目が派手なマジックを披露してやった。ちびたちで準備が出来ていないとでも思ったか!どうだ、驚いただろう?

宴も終わりに近づいてきた。隣でずっと酌をしてくれていた名前も楽しめたようだ。小さく拍手をするその口元は僅かだが笑みの形。もう充分だ、とも思った。普段しない着飾りをしてくれた。個人的に贈られていたというプレゼントを使ってくれた。宴を楽しんで笑ってくれた。もう充分ではないか、と。だが同時に思うのだ。眠れないのは、時折無意識に涙を落とすのは、やはり悲しみを溜め込んでいるからでは?だから、駄目元で促してみた。お前の心のままに、つたなくても伝えてほしいと。

「自分の、心の…ままに……」

心ここにあらずという様子で呟き、上着を抱えてふらりと立ち上がった名前。自室に帰るのかと思って、やはりまだ駄目だったか…と諦めた時、名前はゆらゆらと歩きだした。開けてライトに照らし出された舞台へ。
抱き締めるようにしていた上着を広げて袖を通す名前。いつもの羽織には羽衣のように桜色の薄絹がかけられていて、本物の天女に見える。風に揺れる帯を纏った扇を掲げ、屈んで目を伏せる姿は今にも天に消え去ってしまいそうなほど切なさを纏っていた。
そして名前は舞い始めた。悲痛な胸の内を、消し去れぬ寂寥を歌に乗せて。その歌詞に、よく通る声に混ざった悲哀に、込み上げた感情が溢れて頬に流れた。名前も独り、こんな風に涙を流したんだろうか。
やっと俺は、名前から思いを受け取ることができたんだ。
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