「はぁ、…っ、は」

まただ。後ろに絶対いる。一人で帰るときはいつもこう。
午後11時。辺りは真っ暗で人気もない。私は近所の塾にこの時間まで居座っていた。週に2回だけ、近所だし大丈夫かなって思ってこれを2年間続けていたのに。

「もう、しつこい…っ」

走るスピードを上げると後ろから聞こえる足音もスピードを上げる。そう、私は半年前からずっとストーカーに遭っているのだ。初めは思い過ごしかとも思ったけど、そんなレベルじゃなくなってきてからは自覚せずにはいられなくなった。

彼は、ホンモノだ。

家に帰ると急に安心したからか、緊張の糸が切れたように玄関に座り込む。すごく疲れた。一息ついてから鞄を引きずってリビングまで行くと、ソファに倒れ込み、傍にあったクッションに鼻を押し付ける。あぁ、疲れた、本当に疲れた。クッションを撫でてるとだんだん睡魔が襲ってきた。お風呂入らなきゃ、お弁当箱洗わなきゃ、電気消さなきゃ。…まあ、いいか。私はくらくらと遠のく意識を大して追うことなく手放した。



翌日。起きたらリビングの電気が消えてた。私、つけっぱなしで寝たのに。高校に入って一人暮らしを始めてからは電気をつけっぱなしで寝てしまう私を怒ってくれる人もいない。気味悪く思いながら起き上がると鞄が開いていた。あれ、お弁当箱がない。キッチンへ行くと洗われたお弁当箱を発見した。まただ。こんなこと、日常茶飯事。きっと奴の仕業だ。ところで今何時だろうと携帯を探す。キョロキョロ見渡すと、リビングのテーブルの上に充電されている携帯を見つけた。あ、充電あと少しで終わる。

「って、そうじゃないし!」

一人で突っ込む。こんなに気味が悪い現象に慣れてきてる自分に嫌気がさす。それでも解決策が見つからない。借りてる部屋の鍵を勝手に変えるわけにもいかず、とはいえ引っ越すのも面倒。とりあえず時計を見たら朝5時。シャワーを浴びちゃおう。

シャワーを浴びたあと、軽くご飯を食べてちょうど登校時間。充電され終えた携帯をポケットに入れると、家を出て鍵をかける。

「お、おはよう、ございます」

鍵をもう一つかけようかなんて考えていたら上から急に声が降ってくる。見上げると隣の部屋に住んでいる、大学生の高橋さんが立っていた。かなり身長差があるので、長時間高橋さんを見上げるのはちょっと首が疲れそう。

「おはようございます、今日は早いんですね」

にこっと笑うと高橋さんはびっくりしたように目を見開いてから、カァァッと顔を赤くさせた。若干寝癖のついた髪をわしゃわしゃと撫でていて落ち着きがない。

「え、な、何で知って…」
「いえ、いつもは会わないので今日は早いのかなって思っただけです。もしかしたら高橋さんの方がいつも早かったりして」

愛想笑いを見せてから、それじゃあ学校行きますね、と声をかけて背を向けた。高橋さんは年上なのに何か可愛い。いつもすぐに顔が赤くなるけど、女の子と話すのが苦手なのかな。今時貴重なシャイボーイってやつ?

今日も何一つ変わらない生活を送った。きっと夕方もいつも通りだと思っていた。また後をつけられて恐怖に追い込まれながら全力疾走で帰るものだと思っていた。今日は塾がない。帰る時間は、まだ薄暗い程度だ。
私は友達と帰るということをしなかった。友達は部活やらバイトやら習い事やらで忙しいし、何より私と同じ方向の人がいない。学校からは離れてるけどわざわざバスや電車を使うほどじゃないって距離。一時間弱も歩けば帰れるし。

「…よし」

下校前はこうやって深呼吸をしてから学校を出る。ドクンドクンとうるさい動悸を抑え、足早に歩き出した。一旦学校を出れば休憩はない。後をつけられる恐怖だけは、未だに慣れない。

トン、トン、トン……

背後から軽いスニーカーの音が聞こえてきた。振り向いても誰もいないことは分かっているので振り向きもしない。ただ歩く速度を上げる。相手も速度を上げてきた。

トントントントン……

人通りが少ない道へ来ても足音は消えない。怖い。走り出そうか迷っていると、後ろからの足音が大きくなり、近づいてきた。いつもは一定の距離を保っているのに。

「…っ、もう、」

じわっと涙が滲む。何で私だけこんな目に。どんどん近づいてくる影。ついにトン、と肩を叩かれた。今までなかったアクションにビクッと肩を上げる。

「すいませーん」
「きゃっ」

思わず声が漏れた。恐怖で奥歯がガチガチいってる。振り向くと、ちょっとガラ悪そうな金髪の男子高校生がいた。困ったような笑顔を浮かべてるけど、この人がストーカーなのかな。

「は、はい?」
「あのー、道聞きたいんすけどぉ」

…違った。ホッと息を吐く。ただ道を聞きたいだけの人をストーカー扱いしてしまったことが恥ずかしくなり、まともにその人を見られない。

「どこまでの道ですか?」

顔が赤くなっているのを悟られないようにしながらその人に微笑むと、その人もまた私に微笑み返す。

「この辺でラブホってどこにあるんすかー?俺ちょっと分かんなくてぇ、一緒に来てもらえますー?」
「え?」

ゾクリと背筋が凍った。やばい、この人、おかしい。変だ。私の中の危険信号が真っ赤になってる。逃げた方がいい、分かってる、どうしよう、足が動かない。ドクンドクンとまた動悸。私毎日こんなに緊張してて早死にしないかな、なんて頭の隅で冷静に考えた。

「いや、ちょっと……」
「案内してくれるんすよねー?」

その人がにこぉっと笑い、携帯を取り出す。左手で私の手首を掴むと、右手で電話をかけはじめた。

「一人見つけたっすよー。先輩こっち来れますかー?」

何を言っているの、この人。まだ誰か来るのかな。大勢で来たら、私どうなる?
逃げたいのに手首を掴まれて離してもらえない。上下に振って逃れようとしたけど、その人はますます力を入れてくる。ギリギリと掴まれた手首が痛い。敵わないと感じた瞬間、泣きたくなるくらいに恐怖を感じた。

「は、離してください!」
「はー?君案内してくれるんすよねー?」

少し声を張り上げたらジロッと睨まれた。人通りが少ないので声を出したって誰も来ない。それでも誰かに縋り付きたくて。

「誰か…っ」

涙声で声を張ると、急に近くの電柱から男が現れた。すごく身長があって頼れそうな男。その男が今私の手首を拘束している男に背後から飛び蹴りを食らわせた。

ガキンッ!

うわぁ、嫌な音。どこの音だろう。そんなことを考えるくらい奇妙な音を発し、飛び蹴りは背骨にヒット。私の手首は解放される。

「あっ」

腰を押さえて男が倒れる。今まで拘束されていた私の手首はもう真っ赤になっていて、そこを何故か飛び蹴りを食らわせた男に掴まれ、引っ張られた。そこで初めて男を見上げると、何だか見知った顔。

「走って!」

手首を引っ張られるままに私はその男と走り出す。この人、高橋さんだ、とか思いながら、立ち上がろうとする男を置いてひたすら走った。


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