「はぁ…はぁ…っ」

毎日毎日こんなに走っていたらいつか陸上部にも勝てるかな。そんなことを思ってチラリと高橋さんを見る。あれから少し離れた公園まで走り、男が追ってこないことを確認して二人でベンチに倒れ込んだ。高橋さんは私に比べたら息も上がっていないけど、真剣に助けてくれたのが分かる。呼吸が整うまで待ち、高橋さんを見上げながらフッと微笑んだ。

「あの、ありがとうございました、助けてくれて」

高橋さんは一瞬間があってから、あぁ、と返事をする。

「怪我はなかった?大丈夫?」
「大丈夫です。高橋さんのおかげで本当に助かりました」
「本当に危なかったね。僕もずっといたのに、すぐに助けてあげられなくてごめんね。タイミングが分からなくて」
「いえ、大丈夫ですよ」

ふふ、と笑って見せて、固まった。え、今何て言ったの。ずっといたのに、って聞こえた。ドクンと暴れ出す心臓。あぁ、もう、私絶対に早死にだ。

「た、高橋さん…そういえば、何であそこにいたんですか…?」

ドクンドクンとうるさい心臓に息切れまでしてきた。高橋さんの顔、見れない。怖い。泣きそう、かも。

「え?だって名前ちゃんの下校時刻でしょ?」

当然のように言う高橋さん。え、嘘、嘘だよ。じゃあ、今までのストーカーって、まさか。

「名前ちゃんに何かあったら困るし、僕が見守っててあげないと」
「それは、待って、高橋さん…」
「だから今回のことは当然のことをしただけだよ。お礼を言われることじゃない。僕は自分の仕事をしただけ」

にこっと笑われる。いつもは可愛い高橋さんも、怖い。意味が分からない。でも、絶対そうだ、高橋さんはストーカー。

「い、いつから、ですか…?」

声が震える。ハッ、ハッ、と短い息が漏れて、軽く眩暈もした。それでも聞かなきゃ。

「半年前からかな。でも、今日みたいなのは初めてだからさすがに怖かったけどね」

ビンゴ。私がストーカーに悩まされているのも半年前から。でも、何で、どうして。理由を聞きたいのにショックが大きかったのか、自然に涙がこぼれた。それでも犯人が分かって安心している自分もいる。

「どうしたの?何で泣いてるの?」
「、触んないでっ」

心配して私の顔を覗き込んできた高橋さんは涙を拭おうと手を伸ばしてくる。反射的にそれをパシッと払った。刹那、高橋さんは傷ついたように表情を強張らせた。言い過ぎたかな、でも、ストーカーは犯罪だよ。

「…ごめん。動揺してるのかな?もう大丈夫だよ」

切なげに笑う高橋さん。安心させるようににこにことして、もう大丈夫だよ、と頭を撫でてきた。怖いのに、高橋さんのことすごく怖いのに、何となく安心する手の平。大きくて温かくて、涙が出る。

「ちょっと昔話をしようか。付き合ってくれる?」

私を落ち着かせるためなのか、高橋さんはふとそんなことを言い出した。返事はしない。反応を示さない私を見て苦笑いをし、高橋さんは続ける。

「僕、引っ越してきてすぐに君のところへ挨拶に行ったと思うんだ。県外に出たばっかりで何も分からなかったし、もともと人付き合いが苦手な僕は誰とも仲良くできなくて、でも、君は素敵な笑顔で迎えてくれて、良かったらどうぞって言って肉じゃがをくれた。自炊にも慣れなくて困ってたからすごく嬉しくてさあ。そのときすごく救われたんだ。県外でも頑張ろうって思えたし、元気もらえた。高校生なのに君はこんなに頑張ってるもんね」

チラッと高橋さんがこちらを見る。ちょうど目が合うと、彼は照れ臭そうにはにかんだ。

「ちょっと経ってから肉じゃがが詰めてあったタッパーを返しに君の部屋に行ったでしょ、そしたら君、目の下にくまを作ってたの。すごく疲れていて、それでも僕にはにこにこしてくれて。なんか感心しちゃった。強く生きてるんだーって。僕はこの人の役に立ちたいなって思った」

涙は止まっていた。懐かしい話だった。高橋さんとまともに話したのはその二回だけ、あとは会ったときに挨拶程度だったのに、そんな風に思われていたなんて。

「おしまい。長々とごめんね?」

高橋さんはぐぐっと背伸びをした。それから私の顔を見て、また少しはにかむ。

「あれ、大丈夫?」
「高橋さん、」
「うん?」

何だか、不器用だと感じた。高橋さんはすごく不器用で、もしかしたら今まで人とあまり関わらなかったのかな、とも思った。

「いつも守ってくれていたんですね」

無自覚なストーカー。しかし害はなかった。一度だって害はなかったし、むしろいつだって私の役に立つようなことばかりで。形は間違っている。ストーカーなんて犯罪。それでも、この人はそれを知らないだけで、もしかしたら本当はいい人なのかもしれない。

「そうなのかな」

高橋さんは声を小さくした。

「本当は俺が元気をもらいたかっただけなのかもしれない」

あ、今、俺って言った。ふふって笑うと高橋さんもつられて笑う。本当の高橋さんが少しだけ見えた気がした。高橋さんとこれからもっと仲良くなりたい。ほんの少しだけそう思えた。





「でもやっぱりストーカーは犯罪ですよ」
「え」


END
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無自覚なストーカーってこわいですねっていうお話です。皆さん気をつけましょう。いつの間にか全裸の私が背後にいるかもしれませんよ。冗談ですけど。名前様、お付き合いありがとうございました。
20121014
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