「名前、デートしたい」

高橋さんはある日突然名前ちゃんに言いました。名前ちゃんはめんどくさそうに雑誌のページをめくりながら返します。

「毎日会ってるじゃん」
「…」

そう言われてしまえばそうなのですが、高橋さんはどうしてもデートがしたかったのです。高橋さんは名前ちゃんのクローゼットの中に可愛い服がたくさん入っているのを知っていたので、それを着ている名前ちゃんをどうしても見たかったのでしょう。部屋着ももちろん可愛いですが、私服姿の名前ちゃんを舐めるように見つめたいのです。

「でも、したい!」
「何で」
「名前と買い物行ったり映画見たりご飯食べたりしたい!」
「あー」

本当の理由を隠し、最もらしい理由を捏造します。名前ちゃんは納得したように頷いて雑誌から顔を上げました。

「いいよ、じゃあ明日行こうか」
「ほ、ほんと!?じゃあさじゃあさ、駅前に10時でいい!?」
「はあ?隣に住んでんのに何でわざわざ待ち合わせなきゃいけないの?」
「だ、だって」

その方がデートっぽいじゃん。高橋さんが力強く訴えると名前ちゃんは呆れたように返事をしました。




翌日。
高橋さんは駅の前に気を付けをして立っていました。今日の高橋さんはおかしいところだらけ。目はギンギンですし充血で真っ赤です。ぷるぷる震えているのに体は硬直していて、息が荒いです。何より今はまだ8時半なのです。

「さ、さすがに早かったか…」

高橋さんは時計を見ながら呟きました。待ち合わせは10時なのに緊張しすぎて全く眠れず、カチコチになりながらも駅前に来たのです。高橋さんはぼうっと目の前を見つめていましたが、ふと背中に違和感が。とんっと誰かがぶつかってきたのです。ごめんなさい、と謝ろうとしたらそのままその人は高橋さんを後ろからぎゅうっと抱きしめてきました。高橋さんはびっくりして自分のお腹に回っている手を見つめます。小さくて細くて、爪が綺麗に伸ばしてあります。でも左の中指だけ短くなっていました。せっかく伸ばしてたのに体育のときに割れちゃって、と悔しそうに言っていた名前ちゃんを思い出し、高橋さんはぶわりと顔を赤くしました。

「名前…?」
「…何で分かったの」

名前ちゃんは高橋さんからパッと手を離すと高橋さんの正面へ回ります。

「てゆーか浩汰、今何時だと思ってんの」
「は、8時半です…」
「10時って言ったよね?」
「すいません…待ちきれなくて…」
「待ちきれなくても私が来るとは限らないでしょ」

もう、とほっぺを膨らませる名前ちゃんも可愛いのですが、高橋さんは今それどころではありませんでした。名前ちゃんの私服は予想以上に可愛かったのです。白いニットのセーターにピンクのふわふわスカート、ニット帽もブーツも可愛くて言葉も出ません。出るのは鼻血だけです。高橋さんはだらんと鼻から垂れた血に気づいて手で押さえます。

「あ、出ちゃった…」
「今の会話のどこに興奮要素が」

鼻血の理由が分かっていない名前ちゃんは呆れたようにため息をつきながら高橋さんにティッシュを渡しました。



それから2人は24時間営業のファミレスに入りました。

「朝ごはん食べようかと思ったら浩汰がいないんだもん、びっくりしたよ。まさかと思って駅行ったら浩汰いるし」
「ご、ごめん…」
「だから朝ごはん奢ってもらうからね。何にしようかな」
「何でもいいよ」
「んー、じゃあサラダセットのモーニングメニューにしようかなあ。浩汰は何食べたいの?」
「名前」
「…」
「あ、ごめん本音が…ええっとどうしよう、でも胸がいっぱいで何も食べられないかもしれない…」
「…」
「そうだ、あのさ名前、とりあえずこの後撮影会していい?スタジオ借りるから」
「何の撮影会ですか」
「名前の」

当然と言うような態度をされ、名前ちゃんは言葉も出ません。名前ちゃんはピンポーンとボタンを押して店員さんを呼ぶと高橋さんを無視しながら言います。

「サラダモーニング1つとドリンクバー2つ、それからスペシャルパフェを1つお願いします」
「す、スペシャルパフェってこれ2人前だよ…?まさか名前俺とあーんし合いながら食べたいの…?」
「ううん1人で食べるの」

名前ちゃんはきっぱりと言い切るとドリンクを持ちに席を立ちました。



その後、名前ちゃんは本当にあーんし合うことなく1人で平らげました。いっぱい食べてだいぶ機嫌が良くなっています。高橋さんはココアをいっぱいお代わりしていましたがご飯らしいご飯は本当に胸がいっぱいで食べられないようでした。

「そろそろ出よっか」
「うん。名前、行きたいところある?」
「うーん、特に」
「じゃあ撮影会、」
「あ、うそ、映画観たい」
「…」

名前ちゃんは危険を感じて行き先を提案。高橋さんは渋々といった感じで頷きました。まあいっか、帰ってから撮らせてもらおう。高橋さんはそんな考えでいたのです。



映画館までは少し歩きます。ファミレスでだいぶ時間を潰したのですっかり昼間近くになってしまい、街には人がたくさんです。高橋さんは手を繋ぐチャンスだと思いました。

「ね、名前、手繋ご」
「何で」
「ほら、人混み!はぐれたら困るでしょ!」
「はぐれるわけないでしょこんだけの人で。人混みではぐれるのは夏祭りか夢の国だけよ」
「…」

正論を言われてぐっと言葉に詰まります。確かに人混みとは言えはぐれるほどではありません。高橋さんはどうしても繋ぎたいのに、デートっぽいことをしたいのに、何て言えばいいのか分からずにいます。

「何で手繋ぎたくないの?」
「浩汰手汗すごくて気持ち悪いし、手繋いだ後はなかなか手を洗ってくれなくて汚いし、手を繋ぐとその日の夜はその手でオナニーされるから不愉快」
「何で知ってるの…」

高橋さんは絶句します。そんな風に思われていたなんてショックです。名前ちゃんと手を繋げば緊張してしまうので汗をかいてしまいます。繋いだことが幸せで洗うのがもったいなくなってしまいます。夜感触を思い出して興奮してしまいます。全部名前ちゃんを想うからこそなのに、名前ちゃんは気持ち悪いと言って繋いでくれなくなってしまいます。高橋さんは立ち直れません。足を止め、その場に立ち尽くしました。

「ちょっと何してんの置いてくよ」

足を止めた高橋さんに合わせて名前ちゃんも一瞬足を止めますが、そう一言言うと名前ちゃんだけすたすた行ってしまいます。いつものように面倒に思っているのでしょうか。高橋さんが落ち込むと面倒になると経験上分かっている名前ちゃんは関わらないように歩みを進めるばかり。高橋さんはなんだか目がうるうるしてきました。するとその時。

「かれしぃ、あの子にフラれたの?」
「かわいそー。ねぇねぇ、私達が慰めてあげるからお茶しなーい?」

なんと高橋さんは逆ナンに遭いました。少し離れていた名前ちゃんもびっくりして思わず足を止めて振り返ります。高橋さんは確かにいけめんなのでこういった経験は少なくありませんでしたが、現場を見るのは初めての名前ちゃんはびびってしまいます。

「えっ!?僕ですか!?」

すると、高橋さんはぱあっと顔を明るくして逆ナンをしかけたお姉さん2人に食いつきます。名前ちゃんは思わずムッ。

「そうそう、彼氏さんかっこいいし、私達と遊ぼうよー」
「か、かれし…」

お姉さん達に囲まれて高橋さんはにやにやしていました。名前ちゃんはその顔にムカついて、高橋さんの方へ走っていきます。

「こうた!何やってんの!」
「あ、名前、今この人達がね、」

叱ろうと思ったのに名前ちゃんは驚いてしまいました。高橋さんは謝るどころかとても幸せそうな顔をしながら説明を始めようとしていたのです。名前ちゃんはカァッと頭に血が上ります。

「説明はいい、このばか!もう知らない!映画でも撮影会でも、おねーさん達と行ってろ!」

名前ちゃんはくるりと高橋さんに背を向けるとそのままばたばた走っていってしまいます。名前ちゃんは自分以外のことで高橋さんがあんなに幸せそうな顔をしたのを見たことがなかったのでとてもショックでした。私愛されてるって思ってたのに綺麗なお姉さんにナンパされただけであんなに喜ぶなんて、最低。名前ちゃんはぐぐっと涙を堪えながら家へ帰りました。



ベッドの上で布団に包まりながら名前ちゃんは泣きました。浩汰は綺麗なお姉さんの方が好きなんだ、悔しい。自分が年下だというどうしても変えられない事実を恨み、ひたすら涙を流すばかり。そのときインターホンが鳴りました。きっと高橋さんでしょう。名前ちゃんは無視しながら泣きましたが、ちょっと経つと高橋さんが入ってきた音がします。

「名前」
「…」

名前ちゃんは返事をしません。出来るだけ嗚咽を我慢して息苦しいけど布団の中に篭ります。高橋さんは困ったように眉を下げました。

「ねぇ、名前、出てきて?ちゃんと話そ?どうしたの?」
「どうしたの、て、ばかなのあんた」
「…ごめん。名前が怒ってる理由分かんない…俺ばかだから、分かんないよ、ごめん」

高橋さんは困った声をしています。そんな声に名前ちゃんはますます心を痛め付けられて涙が止まりません。でもさすがに布団の中は息苦しく、少しだけ顔を出すことにしました。

「ばか」
「名前…、泣いてるの、?」

顔を出すと、高橋さんはびっくりしたように目を真ん丸にしていました。悲しいのは名前ちゃんの方なのに高橋さんまで泣きそうな顔です。名前ちゃんは高橋さんをじろりと睨みました。

「泣いて、ない。それより、何で分かん、ないの」
「嘘、泣いてるよ。名前、泣いてるでしょ?俺に怒ってるよね?きらい?おれのこと嫌いになった?」

高橋さん、泣く寸前。名前ちゃんは布団から出て高橋さんの頭をごちんとグーで殴りました。

「泣きたいのはこっちよ、ばか。あんたみたいな浮気者、嫌い、大嫌い!」
「きら、い…」

高橋さんはぽろっと出てしまった涙を慌てて拭いました。泣きたいのはこっちだと言っている名前ちゃんはすでに泣きじゃくっていましたが、ここで泣いたらもっと嫌われると思ったのです。ぐっと涙を我慢して高橋さんは名前ちゃんを見つめます。

「ごめ、名前、本当にごめんね。おれ、直すから、名前がいやって言うとこ直すから、だから、嫌わないで、お願い。おれ名前がいなきゃだめなんだ、別れたくない、お願いします…」
「浮気するから、やだ」
「ごめん、ごめんね名前、俺名前の彼氏って言われて、舞い上がっちゃったんだ、だからお姉さんに声掛けられてもすぐに断らなくて1人で幸せに浸ってたの、ごめん。名前もすぐ傍にいたのに1人の世界に入っちゃって、浮かれてた。今日の名前すごく可愛くて、俺がそんな可愛い子の彼氏に見えるんだと思ったら、すごく嬉しくて、俺、ばかだ。ごめんね。もう浮気みたいなことしないから、ね、お願い、おれのこと捨てないで…?」

高橋さんは捲し立てるように言いました。そこで名前ちゃんはハッとします。もしかしてお姉さんに声を掛けられて喜んでたんじゃなくて、私の彼氏って言われて喜んでたの?名前ちゃんは自分の勘違いだと分かって恥ずかしくなりました。それなのに、なおも続ける高橋さん。

「本当に、ごめんなさい。名前のこと大好きだから、もう絶対知らない人とお喋りしないから、だから、おれきらいにならないで…?お願い、名前、好きだよ…」
「もう、いいから」


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