黄猿に使われる


戦闘場面に於ける発砲率は実の所とても低い。初めて調査がなされたときには、10人に2人しか引き金を引いていない計算になったそうだ。訓練の的をヒト型に替え、反射的に撃つ条件付けを行うようになり、ようやく発砲率は9割を越えた。しかし命中率はというと、どうにも伸び悩んでいるらしい。
人は「人をころしたくない」という意識を潜在的に持っている生き物なのだ。

「つまり、まあまあの命中率に鍛えて100パーセントの発砲さえすれば、簡単になれるってことです」

優秀な狙撃手に────。
そう言って笑むルクスは、実際にはまあまあなんて命中率ではなく、撃てば必ず当たる名手であると評判を上げてきている。





黄猿が敵のまっただなかへ単身突入していくのはいつものことだった。今回も島が見えてすぐ、海賊船を狙って放たれた砲弾に乗って先に上陸している。(砲弾は乗り物ではないのだが)
遅れて軍艦が到着してから、数刻が経ち。すでに敵は壊滅状態にあった。ほとんど黄猿一人の手柄と言っていい。部下達が海岸の船を制圧している間に、主戦力が集う町の方はたった一人によって片付けられてしまったのだ。ルクスはといえば、町を見渡せる時計塔──のさらに奥にある、高い高い崖の上にいた。狙撃手である彼の手にはズームスコープ搭載のボルトアクションライフルが収まっている。装弾数は5発。任務も収束間近となった現在は、人命救助を最優先とし、民間人を襲おうとしたり人質に取ろうとしている賊を虱潰しに狙撃していた。一人。また一人。狙うは一撃必殺。傍に民間人がいるのだ、息を残していては何をするかわかったものではないので、即死させるのは致し方のないことなのである。

ふと、視界の端で何かがチカッと光った。通常は別のスナイパーを警戒し応戦するか、その場から飛び退くものなのだが────覚えのあるきらめきに、ルクスは反射的に頭だけをスコープから遠ざけた。

「うっ」

パア!と町中から伸びてきた光の筋が、スコープレンズに反射し、雑木林の方角へと折れ曲がっていく。そこへ逃げ込もうとしていた残党の行く手を阻むように、光は人の形を成していった。現れた形はボルサリーノ。自然系ピカピカの実≠フ光人間である。



「────失明させたいんですか」

後処理を部下達に任せ、ルクスは恐ろしい形相でボルサリーノに苦情を申し立てていた。否、これは非難である。
八咫鏡>氛沛ニ射した光を辿り、長距離すらも一瞬で移動する光人間の技。光が反射する性質を利用し、ガラスなどを使って軌道を変化させることもできるのだが、その媒質として、ボルサリーノはこともあろうに目を覗き込ませるスコープのレンズを利用してくるのだった。集中して瞳孔がひらいている目、そこに強い光が入り込んだなら網膜への負担はいかばかりか。冗談で済まされる筈もない。だからこそ本気でやめてくれと毎度訴えているのに、笑みを絶やさぬ男はいつもとぼけてばかりいた。

「お〜〜〜……コワイねェ〜……」
「思ってないでしょう」
「ルクス君はこの頃ォ、影法師≠ニ呼ばれてるんだってェ〜?」
「会話のキャッチボールをしてください」

それでものんびりと話し続けるボルサリーノ。咎めるような視線を向けるルクスも、なんだかんだでその話に耳の神経を集めてしまっていた。異名をつけられるということは、ルクスの実力が広く知れ渡り、世に認められてきているという証。上を目指す者にとって朗報に他ならないのだ。
異名の由来はというと、姿を捉えさせない隠密性の高さからきているらしい。遠距離からであろうと、強風が吹いていようと、驚異の一発必中。時に跳弾をも利用する攻撃は方角すら曖昧にさせ、そんな化生のもののごとき存在を見つけられるのは唯一、黄猿が光の移動技を使ったときだけ。光に映し出された影────ゆえに影法師≠ニのことだった。
説明を聞き終えたルクスを見下ろし、ボルサリーノの笑みが深くなる。

「……うれしそうだねェ〜〜」
「大将殿、視力はおいくつですか?」

歪んだルクスの顔には“不本意です”とデカデカと書かれてあった。異名の成り立ちに黄猿の存在が組み込まれていることが気に食わないのである。この男の副官になってから活躍できるようになったという理由もあるのだろうが、セット扱いのようで、実に腹立たしかった。

「だいたい、場所がバレないに越したことはないんですよ。大将殿が余計なことをしている証左ではないですか」
「ルクス君のポジション取りが、いいもんだからねェ〜〜」
「冗談抜きでタイミングがほんのわずかでもズレたら失明しかねませんので、二度とやらないでください」
「ルクス君なら、大丈夫でしょうよ」
「無責任な!」

黄猿はニコニコと笑みを浮かべるばかりで何も言い返さなかったが、ルクスならばどうにかするだろうと心底思っていた。それに、万が一彼の目が潰れてしまうことがあったなら、そのときは責任をもって以降の面倒を見るくらいはしてあげようとも考えていた。
勿論、そんな心積もりなどルクスが知るべくもないし、知ったところで、到底黄猿の所業を許せる筈もなかったが。


  
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