黄猿に振り回される これの続き)


「ルクス、ボルサリーノ大将と寝たって本当なのか?」

同期の口から出た恐ろしい言葉に、味噌汁を飲んでいたルクスは盛大に噎せた。何度か咳き込みながらも、手に持っていた食器を慌ててテーブルへ置く。どうにか食べ物を無駄にすることなく気管支の調子を取り戻すことができたルクスは、目の前の男をじとりと睨めつけた。

「……貴様とは長い付き合いだが、何を言っても許されると思うなよ」
「なーんだやっぱデマかァ」
「当たり前だ!」

真面目な面持ちから一転、朗らかな笑顔を見せた目の前のキルデという男は、ルクスと同期の海兵であり、ルクスが友と呼べる数少ない人間の一人である。彼曰く、ルクスは黄猿と枕を交わして出世した、と専ら噂になってしまっているらしい。考えるだけでもおぞましく身の毛のよだつ話だった。

「なぜそんな根も葉もない噂が……」
「たしか、大将宅の鍵の受け渡しをしていたとかって」

ギク。と、身をこわばらせたルクスの脳裡に、先日の出来事がよみがえる。泥酔して黄猿宅にて介抱された一件だ。諸事情あって黄猿よりあとに家を出ることになったルクスは、その鍵を黄猿のデスクに叩きつけるようにして返した覚えがある。

「あと、同じシャンプーの香りをさせてたとか」

ギクギク。

「大将の私服の裁縫してたとか……って、お前が裁縫なんてするわけないよな〜!案外チマチマした作業は苦手だし。デマだって信じてたぞ?」
「………………」
「ん?ルクス?…………まさか……」
「ちがう!誰がマクっ、……そんな出世の仕方などするか……!万が一そんな状況に持ち込まれたら……相手のブツを切って手術でも修復不可能なようトイレの排水管に流してやる」
「実際にやりかねないから怖ェなァ」

噂の根拠となっているエピソードの経緯については、とてもじゃないが話す気になれなかった。経緯を話すということは、嘔吐した失態についてまで明かさねばならなくなる。もちろん、泥酔したのだということも。そんなみっともない話などできやしない。特に、優れた器量人を前にしては。

昔からルクスは負けん気がつよく、いい加減な輩を許せない性格であった為、敵をつくることが多かった。そんな彼が、訓練生時代から現在に至るまで無事に切り抜けてこられたのは、キルデという友人がいた恩恵が大きいと言えるだろう。彼は智勇にすぐれ、仲間を大切にする男でもあった。かといってただの好い人にとどまらず、たとえ身内であっても罪を犯した者への罰はしっかり行われるべきだ、という考えを持つけじめのついた人物でもある。そこに現役将校であるライエ中将の息子という肩書きも加われば、真っ向から彼を敵に回そうとする者など誰もいなかった。
その威光に頼ったつもりはなくとも、ルクスが大した衝突も起こさずに海兵を続けてこられたのには、彼の存在があったからだと思わざるを得ない場面がところどころにある。わざわざ言葉にするつもりもなかったが、ルクスはいつも心のどこかでキルデに感謝をしていた。

「ルクス、困った事があったら何でも言えよ?」
「それじゃあ。飲みたい気分になったら、また付き合ってくれ」
「了解」

とても信頼の置ける男だ。才能に恵まれた人種の中でも、“どこぞの誰か”とは対極の位置にいる人間だとルクスの中では捉えられている。まったくの大違いであった。


  
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