黄猿に吐かされる !嘔吐表現あり


「ルクス君は酒好きなんだってェ?」
「……好き、と言いますか、強い方だとは思いますが」
「わっしも結構飲むんだけどねェ、ついてこれる相手がなかなか居なくってねェ〜。今晩、一緒に飲みにいかないかい?」

お酒は人を開放する。
黄猿に誘われた際、ルクスの脳裏に浮かんだ文字はそれだった。無口が饒舌に。陽気者が泣き上戸に。異性への無関心を装っていた絶食系が下ネタを連発し刑事事件スレスレのセクハラをかます、なんて例もあった。そんな現場を、アルコール分解能力の高い肝臓を持って生まれたルクスは冷静な頭でいくつも目撃してきた。
目の前の男はどうなるんだろうか。あわよくば何か面白味のある話でも引き出せやしないか。弛いしゃべり方をする癖して、言動や身形に一切の隙を見せていないこの上司のシャツが弛む姿を一度でいいから見てみたい。一瞬の内に好奇心が最高潮に達したルクスには、嫌っているはずの部下を誘う黄猿の心情考察など二の次だった。

「はい、喜んで」

立場を利用しなければ一緒に飲みに行くような相手も居ない本当のぼっちなのだろう、くらいの認識だった。自分が酔い潰れる未来など、これっぽっちも想像していなかったのである。





「うぇ」

賑やかな若人の集団、仕事帰りのサラリーマン、同伴出勤と思しき二人連れなどが行き交う飲屋街の道で、ルクスはふらつく体をうでを掴まれることで支えられていた。

「吐くかい〜?」
「いえ、いえ、やだ……うぇ」

聞き分けのない子供のように嫌の一点張りで歩みを止めようとしないルクスは、どう見ても明らかな酩酊状態である。赤い皮膚。速い呼吸。手を放せばすってんころりんと転ぶ姿が目に浮かぶ。対して見下ろしている黄猿の顔は少し肌が赤らんでいるくらいで、ほぼいつもどおりの面差しと言えた。

水と交互に飲みながらの味わい方とはいえ、ワインボトルを数本空けた上でのウィスキーボトル一人一本は、普段なかなか酔わないルクスの体にも応えたらしい。飲んだ総量はおそらく黄猿の方が上だ。ルクスが気の利いた部下のフリをして次々とお酌をしたのだから間違いない。その魂胆に黄猿も気が付いていた。けれど撥ねつけることなくそれを受け、ルクスも一方的に飲ませてばかりもいられず時たまグラスを傾けた。
結果、潰れた。黄猿がより上をいく酒豪だったというだけのお話である。

「う、ぐ」ついに片膝をついたルクスは、遅かれ早かれリバースすること間違いなしだった。往来の真ん中ではさすがに顰蹙ものである。黄猿はルクスの二の腕を強く掴み、引き摺るように薄暗い路地へ。催促するまでもなく、弱った体は壁に向かい深々としゃがみこんだ。
「本当に強いんだね〜〜。あんなにも誰かと飲んだのは初めてだよォ。強いことはわかったから、ほら、吐けば楽になるよォ〜」背中を擦ってやるが、ルクスは地面を見つめたままスイッチが切れたように動かない。波が落ち着くまで待つつもりなんだろうか。

「頑なだねェ〜……」
「…………はきかた、しらない」

蚊の鳴くような声で、ぽつり。どうにか粒として拾い上げた音に、黄猿はルクスの飲む姿を思い起こし理解した。なるほど、彼は吐く人間を見たことはあっても当事者となるのはこれが初めてなのだ。でなければ糸が切れたようにテーブルへ突っ伏すなんて潰れ方をするはずがない。あれは自分の限界を知らない者のする事だ。

「指を入れて、舌の奥をくいっと、押してごらんよォ」

黄猿もまた、吐いた経験のない男だった。だが方法ならば知識として一応知っている。その指示内容に、ルクスの右手が人差し指と中指だけを立てられた状態で恐る恐る口内へと運ばれていった。「うえ」慣れない作業に苦しそうだ。「お、え」もぞもぞと指を動かし、抜き出しては背中を丸め嘔吐の体勢を整える。「かは、」しかしえずくばかりで中身は一向に出てこない。

カワイイな、と黄猿は喉の奥だけで呟いた。

「仕方ないねェ」いつまでも眺めていたい気もするが、彼は副官で良き働き手だ。上司として体のことも考えてやらねばなるまい。黄猿はルクスの顔を覗き込むように深く屈むと、躊躇いなく自らの指を唾液だらけの口へと突っ込んだ。
「は、――ぐッ!?」驚きでよろけたルクスは反射的に逃げようと仰け反る。が、もちろん海賊討伐と同様どこまでだって追いかける。地面に尻餅をついたルクスはそれ以上さがることはなくなった代わりに、黄猿のうでに懇願するようにしがみついた。締まりのない口元からは苦悶と諦めと混乱が見て取れる。何をするんだ、と目が訴えていた。

「ルクス君の為だからねェ」

果たしてそれだけが目的のすべてなのか。にやけた顔では説得力などないかもしれない。実際のコツを知らない黄猿は、半ば手探りで柔い口内をまさぐった。指先から伝わる、ぬめっていて生温かい、弾力のある感触。わずかに押し返そうとする力を感じるものの、無視してその奥へと指を潜り込ませる。「ん、ふ」息がしにくいようで、口呼吸のなかに時折鼻から抜ける声が混じって聞こえた。ぴちゃぴちゃ、ぐりぐり、なんて。まるで別の行為のようである。
ルクスの喉が縮まる深さまで達したところで、くいっと下方へ押し潰した。「ぼえ」隙間から面白い呻き声をあげてルクスの頭が揺れる。両目には涙を縁いっぱいに溜めていた。ネオンの光に照らされてキラキラ、キラキラ、なんとも綺麗だ。溢れた唾液がだらだら伝い落ちて平素のかっちりとした彼の印象からは程遠い。
そろそろ来そうな感覚があった。黄猿の手首を握り締めるルクスはそれを懸命に知らせようとしているのだろう。だがわざと意図に気付かぬフリをして舌を押さえ続けることにした。

「おっ、えっ、えっ」

ビチャビチャと気持ちの悪い音を立てて吐物が撒かれる。飲み下したはずの液体と、消化しきれていなかった食べ物が中途半端な形を残してしゃばへ飛び出してきた。すっぱい匂いが辺りに漂う。黄猿が手を離してからもしばらく、ルクスは涙やら鼻水やらを加えて胃液を地面に垂れ流しつづけていた。

「いっぱい出たねェ〜〜」
「う……うう、う、うぅ」

自分が汚してしまった黄猿の指を視界に入れ、ルクスは嗚咽からだんだんと唇を歪めていき、遂には泣き出してしまった。これだから酔いとは恐ろしいものである。うう、だとか、ああ、だとか、意味の伴わない音をひたすら洩らすなりふり構わない泣き方は、本当に子供に戻ってしまったようだった。

「う、う」
「ルクス君〜?」
「うう、あ」
「いい大人がみっともないねェ〜〜」
「ああ、う、あう」

みっともない、は、恥ずかしいこと。追い討ちのような黄猿の一言に、ルクスの涙腺は決壊してしまう。酔いとはまた違う熱が首から上に集まってきていた。情けなくて情けなくて仕方がなくて、穴を掘って埋まって土となり果てたかった。

その乱れきった姿を、どうしようもなく可愛いと思ってしまう黄猿は、笑みを深めよしよしと赤ん坊をあやすように青年の頭を撫でてやる。そんな彼に“素直”という言葉は有りはしないのだった。


  
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