コーリング


王下七武海兼ドレスローザ国王、ドンキホーテ・ドフラミンゴの失墜が世に知れわたって間もなく――――。
貨物船に紛れてグラン・テゾーロへの潜入に成功したサボは、ここで失踪した同志・マックスの情報収集がてら、娯楽の街を偵察して回っていた。共に潜入した筈のコアラはいつの間にか傍からいなくなっている。迷子にでもなったのだろうか。



「サボ」

振り向いてしまったのは、ひとえにその響きが優しかったから。まるで懐かしい友に会う様な、仲睦まじい兄弟を呼び寄せる様な声音をしていたものだから、警戒心を抱く前に反応してしまった。

「革命軍のナンバー2がそんな簡単に振り向いてはいけないだろ」

声の主を認め、顔を引き締める。影から生まれる様に、その男は建物と建物の狭間からぬうっと姿を現した。素早く動ける特製の三輪車椅子。ハンドリムを必要としない能力者。能面じみた貌に、隙のない鋭い眼。

「……こりゃ驚いた。いきなり大幹部のお出ましか」

テゾーロ一味の参謀・オーロだった。賑わいのある通りの端で、冷たい緊張が走る。
敵にどれほど取り囲まれているんだろうかと考えながら、サボは握り拳をつくった。“炎幕を張って人混みに紛れようか”と逃走の算段を立て始めていたところで、キラリ、車椅子の肘掛けの先で何かが光る。どうやら銃口らしいと気が付き、脈拍は一層速まった。オーロは街の混乱を避けようとしているのか、サボにだけ分かる角度で見せつけ、脅している。オーダーメイドの車椅子はいろいろと特殊な改造が施されているらしかった。

「楽しそうな乗り物だな……他にも仕掛けがありそうだ」
「強力なバネで宙返り、ジェット噴射でロケット並の加速も可能だ」
「そりゃあいい、広場にでも行って披露してきたらどうだ?子供に大ウケ間違いなしだぞ」

「ここは大人の国だよ――参謀総長」

人通りは滞ることなく、雑踏やさざめきが、二人の傍を行き交っていく。さて迅速に行動しなければ、とサボが意を決して攻撃を仕掛けようとした時――――、



「待て」

銃口が素早く仕舞われ、オーロが語気強く制止の声をかける。無視しておさらばしてしまっても構わなかったが、些細な違和感が、サボの足をその場に縫い止めた。

「こんな街の真ん中で騒ぎを起こそうとしないでくれ。君をどうこうするつもりはない、私一人だけだ」
「……何か話したいことがある、って顔だな」

先程“勘違いだったか”と流した予感が再び戻ってくる。『知り合い』であるかの様な親しみの影。今度はサボの内側からもそれがせり上がってきていた。深く溺れた者と引き上げようとする者が手をのばし合う様な、点と点が一本の線に繋がろうとする引力を感じて止まない。
オーロが眉をひらき、深い落着きを見せる。

「君は覚えていないかもしれないが、昔、我々は一度だけ会っている。ゴア王国で」
「…………!!」

そこは、サボの生まれ育った、遠い故郷の名。
――サボは長らく記憶をなくしたままで生きてきた。過去を取り戻したのは、忘れもしない、二年前。ポートガス・D・エースの処刑が終わった後のこと。『全て』が終わってしまった後のこと。細やかな記憶まで何もかもというわけではなかったが、その時思い出せた事柄以外にはもう大切な宝物などないと思っていた。思い出す必要など、ないと思っていた。

「“オーロ”……その名前、もしかして――――」



『助けてくれてありがとう、少年。一度倒れてしまうと一人で起き上がるのは難しいんだ』
『気をつけなよ、旅のお兄さん』
『君は……もしかして貴族か?』
『…………』
『手助けとは珍しい。よく周囲から変わってると言われるだろう。…………自分のことが嫌いか』
『……何で、わかったんだ?』

『君の仲間だから』



――はじめは感情の読めない顔が怖かった。けれど元貴族という生い立ちを知り、話を聞いてもらうことで、孤独感に苛まれていた幼少期の大きな救いとなった。話したのはたったの一度きりだったが、その出会いは衝撃的なもので。

「オーロ、さん……?」

彼との交流が、その後のエースとの出会いへ繋がっていく。

「君の入国に気づいているのは私だけだ。革命軍の狙いは分かっている……その上で、折り入って頼みがある――サボ」

思わぬ邂逅。あの島国から、あの時間から遠く離れたこの場所で。再会したのは、サボに勇気と切っ掛けを与えてくれた――憧れの人。


  
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -