クラッシュ


最近バカラに元気がない様だ。タナカさんも同意見だったので、何か悩みがあるのかもしれないと話を聞いてみることにした。そして出てきた言葉がこれだ。

「ステラというのは、どなたなんですか?」

数ヶ月前、テゾーロとオーロが大口論をした。そこで叫ばれていた名前はこの国で行われるショーのタイトルにも組み込まれているのだから、それはもう深く印象に残ったことだろう。とりわけテゾーロを特別に思っている者ならば。
どう言葉を選んだものかと思案しかけたが、洞察に優れた彼女が悩んだ末に尋ねるという選択をしたならば、下手なごまかしはかえって良くない事態を招きかねないと考えた。

「テゾーロの亡くなった恋人だ」

驚いた表情を見せなかった辺り、やはり予想はついていたんだろう。

「いつ頃、お亡くなりになったんですか」
「正確な情報とはいえないが、今から二十年ほど前だ。彼女は天竜人の奴隷になっていたから、俺もテゾーロも最期には立ち会っていない」
「二十年も……とても愛してらしたんですね」

床に落とされていたバカラの視線が、オーロへと移る。

「わたしは、その恋人に似てるんですね?」

ああ、やはり彼女は聡い。その分だけたくさんの傷を負うのだろうなと、憐憫の情が胸を突きあげた。

「オーロ様に連れられて、初めてテゾーロ様とお会いした日のこと、今でもよく覚えてるんです。わたしの顔を見るなり、テゾーロ様はオーロ様のことを思いきり殴って、“なんの真似だ”“代わりのつもりか?”と、怖いくらいに怒ってらっしゃいました。あれからずっと……気に掛かっていたんです」
「そうか。そんなこともあったな」
「……あのときオーロ様は、わたしの能力を有用だと思ったからと反論なさってましたが……本当のところは、どうだったんですか?」
「本当のところ?」

はぐらかすことは許さない、と告げる眼光がオーロを貫く。

「本当は、わたしをテゾーロ様の恋人にしようとしていたんじゃありませんか?」

悩みを聞くはずが、いつのまにか取り調べの様にオーロの方が問い詰められる格好になっている。せめてタナカさんかダイスを同席させれば良かったと後悔するも、あとの祭りだった。

「すまない」
「……正直なんですね」
「殴ってくれたって構わない」

そういって目を瞑るオーロの姿にバカラは瞼を押し上げ、「ご冗談を」と心底心外だとでもいうようにそっぽを向いてしまった。

「きっかけはどうあれ、わたしはテゾーロ様とお会いできたことを幸運に思っています。オーロ様にはむしろ感謝しているんです。ただ……」
「ただ?」
「……なぜそんなことを積極的になさろうとしていたのかが、よくわからなくて」
「あのときはテゾーロの為になると本気で思っていたんだ。空いた穴さえ塞がれば、かつての歌声も、戻ってくるんじゃないかと……あまりにも浅はかすぎる考えだったわけだが」
「お辛くはなかったんですか?」

一拍の間をおいて、つらい?と鸚鵡のように繰り返される。その一音一音がことばを覚えたての子供のように辿々しくて、バカラは演技なのか否か判断がつかないまま、さらに言葉を重ねた。まさかその一言が、オーロの体に落雷に等しい衝撃を与えるとも思わずに。


「オーロ様は、テゾーロ様を愛してらっしゃるんでしょう?」


  
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