オフ・リミット


『お前のその足では務めも満足に果たせまい。ダンス、狩猟、パーティ!貴族とは毎日忙しいものなのだ。この家は――が継ぐから安心しなさい。お前は欠陥品なのだから、政治家なり牧師なり名誉ある職に就いて、少しでも家名に恥じない生涯を送りなさい』


『何かの間違いです!あんな×××がわたくしの最初の子だなんて!ああ!恥ずかしい!××××が生まれたのは決してわたくしの所為などではありませんわ、けっして、けっしてわたくしの所為などでは……』


あれは父と母。母の言葉に至っては差別語の連続で聞くに堪えない。跡取りとなった弟は常に傍観者。全ての目がオーロの存在を否定していた。


――日が昇りきる頃に目を覚ます。それがグラン・テゾーロへ来てからの毎日の習慣だった。ベッドから身を起こしながら、オーロは今さら整理するような記憶でもないだろうと自らの夢に文句をつける。
閉め切られたカーテン。遮断しきれない日の光。部屋は淡く照らされ、視界には骨董品と名付けられた、価値を見出だされなければガラクタと呼ばれるような物たちの姿が浮かび上がる。部屋に溢れ返ったそれらを見ているとオーロはひどく安心することができた。いつもそうだ。ここではたくさんの仲間に囲まれている気になれる。

……仲間……?
ぎし、と何か軋むような音がした。違和感だ。平らな道を進んでいたはずの途中で小さな隆起にけつまずいたように、何かが頭の隅で引っかかる。
――自分は今、テゾーロにとって価値のある人間なのだろうか?
明確になった違和感の正体にすぐには回答が出てこなくて、焦燥感に似た緊張が喉元までせり上がってくる。

オーロが奴隷解放によってマリージョアから逃げ出せたテゾーロの消息をつかんだとき、テゾーロは何も持っていなかった。野良犬の様にゴミを漁っては誰かの人生を奪いながら露命を繋いでいた。そのときオーロはすでに家を出ていて、事業主として成功し、テゾーロにはない財力と権力を持ち合わせていた。テゾーロが海賊になると決意した際に表社会における地位は捨てたが、持てるものはテゾーロが望むままに差し出したのである。
だがもう、カネも力もなかったあの頃のテゾーロとは違う。テゾーロが求めるものはテゾーロ自身の頭脳と能力で手に入る。オーロが今必要とされている役目はサポートだろう。だが最近は小さな齟齬がいくつも積み重なり、仕事の信用すらなくしているように思える。

管理者としての役割を求められなくなれば、どんな顔をしてここにいればいいのかわからない。すべての判断は自らの立ち位置を理解することから始まるオーロにとって、それはとてもこわいことだった。


いやだ。テゾーロの傍から離れたくない。


ぎしっ――。強く沸き上がってきた思いがオーロのなかの軋みを大きくさせた。何か今、願ってはいけない事を考えたような……。不快な汗が滲み出したオーロは混乱を打ち消すように使用人を呼ぶベルを鳴らす。誰かが訪れるまでそうし続けたものだから、担当のメイドは怯えきっていた。
こうして強制的に切られることになった思考は、“ただ傍にいたい”というシンプルでありながら根深くて特別な想いを孕んだ願いに、とうとう辿り着くことはできなかった。


  
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