彼は、子分


廊下の角を曲がった先、スーツの男が膝をついて雑巾掛けしている姿が目に入り、スパンダムはぎょっとした。

「おい!スペッキオ!」
「やあ、スパンダム。おや、コーヒーかい?」
「コーヒーかい?じゃねェ!見かけねェと思ったら……おれの付き人ともあろう者がなに下働きみてェな真似してんだ!」
「これも此処の諜報部員としての大事な仕事だと教わったんだが……」
「またあいつらか……!嫌がらせに決まってんだろ!いい加減気づけ!」
「えっ。そ、そっか、嫌がらせかァ、もちろん気づいてたよ」
「嘘つけ!」

スパンダムのCP5主官就任と共に、同じ支部へ異動してきたスペッキオは、護衛役としてスパンダムの傍らに付き従うことが多かった。その分、他の骨仕事はことごとく他のメンバーへとまわされている。スペッキオの同僚達が不満を溜めていったのは、そこなのだろう。ひとり浮いているスペッキオは、スパンダムの腰巾着と見下され、屡々つまらないケチをつけられてはあほらしい嫌がらせを受けていた。
だが、いちばんの問題はスペッキオだ。スパンダムのいない所でスペッキオはいつも彼らの言いなりになっている。(この間など、「耐久力を測る為」などという名目で殴る蹴るの暴行を無抵抗で受け入れていた。鉄塊≠フお陰で無傷ではあった様だが、いやそれにしても。)どうやら自らに向けられる「ただ嫌がらせをしたい」という意図を察せられないらしく、聞き入れるべき情報とその他の区別がつけられないのだとか。スパンダムよりも年上で、部下である癖に、彼はいつもスパンダムに心配かけてばかりいる。こんなあからさまな悪意、ガキでも感づきそうなものを。

「もういい、おれが直接言ってやる!全員召集だ!」

そうして集められたCP5のメンバー達。皆、建前上はスパンダムの前で背筋をのばしていたものの、その表情や頭の傾きからはかったるそうな雰囲気がだだ漏れになっていた。それどころか、スペッキオの件についてスパンダムがストレートに追及しようとすると、いけしゃあしゃあと「私達が何かしましたかな?不備がありましたら何なりと」などと言い出す始末。

「シラを切る気か!陰湿野郎共め!」
「それよりも主官……いえ、スパンダム。あなたの無能っぷりにはほとほと閉口しております」
「なにィ!?」

スパンダムとスペッキオ。他CP5メンバー達が、執務机をはさんで対峙する。いままで態度こそ良くはなかったものの、表立って不満を口にされたことはなかった為、思わぬ反抗にすこしばかり狼狽えるスパンダム。

「出世したい一心なのでしょうが、あなたはおおきな仕事を次から次へともらいたがる。中には眉唾な噂話の調査も多い。当たればおおきいが、外せばただの骨折り損のくたびれ儲け……そして今のところ、徒労に終わってばかりいる」
「うるせェ!情報をつかめねェお前らが無能なだけだ!」
「それに、お友達をご贔屓になさるのは結構ですが、“自分で物も言えない様な輩”に何が頼れるというのでしょうか?」
「なんだとォ!?」
「『お遊びのつもり』でいられては困るんですよ。そこへ座られるお立場ならばもうすこし世の為になる務めを果たしていただかないと、私達にとっても迷惑────」

バシャ、と、話していた男の頭上に水が垂れ落ちる。男の目の前にはいつのまにか、花びんを逆さにしたスペッキオが立っていた。皆が唖然とするなか、スペッキオは最後の一滴まで諦めないとでもいうように、花びんをゆっくり上下に振ってみせる。スパンダムの位置からは、その表情をうかがい知ることはできなかった。

「なっ……何をする貴様!?」
「鉄塊=A使いなよ」
「は……?」
「ほら、早く。じゃないと──」

後悔するよ。
────告げるやいなや、男の脳天に重い蹴りが一発、見舞われた。ゆかにのびた男のポケットから、ハンカチがするりと抜かれ、濡れたタイル上に落とされる。白目を剥いている男の頭部を勢いよく踏みつけたスペッキオは、腰をしならせ、男の顔をのぞき込む様にして冷ややかに言い放った。

「塵クズがうるさいよ。彼の本気の野心につまらないケチをつけるな」

いつでも、なんだって唯々諾々と従うようなところのあった男の豹変に、言葉を失うCP5達。「あと、」とつづけられた男の声に、自然と全員の背筋がのびあがった。

「スパンダムさん>氛氛氛氓セ」

一同は、暗く沈んだ瞳に捉えられ、「はい!申し訳ありませんでした、スパンダムさん!」と声をそろえて敬礼するのだった。その光景を安堵と呆れを綯い交ぜにした表情で見つめるスパンダム。スペッキオは昔からそうだ。どこか抜けていて危なっかしく、一人にしては碌なことにならない。そしてスパンダムの威を借りた途端に、驚くほど大胆になる。そういう男なのだ。


  
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