彼は、紳士


「お見舞いかい?大丈夫だよ、入っておいで」

取って食いやしないさ──と、囁いた彼こそ、ルッチを完膚なきまでに叩きのめした張本人だとカリファは知っている。屋外の日当たりのいい場所から摘んできた、白くてちいさな花の束をにぎりしめたまま、少女は医務室のドアの傍で立ち尽くし、前と後ろ、どちらへ進むか決めかねていた。

「誰がこの花を飾ったんだろうって思ってたんだ、君だったんだね」
「…………」
「しばらくは目を覚まさないと思うから、乱闘になることもないよ」
「…………」
「それとも……僕が、怖いかな?」
「、……」

彼が来るまで、ルッチに敵う者なんていなかった。大人でさえも。圧倒的な力で覆された日常は、衝撃と、未知への恐怖をこの島全体に呼び込んだ。

「……あなたが来て、彼の傷は毎日ひどい。指南の範疇を超えてるわ」
「……」

ルッチが眠るベッドの脇で、スーツの上着を肩にかけて気を楽に、平然と丸椅子に座っている男。長い足が組まれたことで膝は高くもりあがり、背中は窮屈そうに丸まっていた。

「甚振れる相手を好きなだけぶちのめすことができて、さぞかし気分がいいのでしょうね」

花をもつ手に、ぎゅうと力がこもる。

「────私はあなたを、軽蔑します」

男が、立ち上がる。
肩をびくりと跳ねさせてしまったのはしょうがない。ルッチでさえ敵わない相手なのだ。だとしてもせめて、攻撃に備えて構えの姿勢を取らなければならないのに、カリファにはまだ心得がなっていなかった。
その場から石の様に動けなくなった少女を尻目に、男はサイドテーブルに飾られてあった花を器ごと手に取ると、散歩でもする様な足運びで少女の目の前までやってきて──……ふわりと、膝を折ったのだった。

「せっかくの花が、枯れてしまうよ」
「……っ」

はっとしたカリファは、手の中で萎れかけている花を見てあわてて指の力をほどく。今までの話などなかったかの様な日常の顔で、男はカリファに花びんを差し出してきた。その所作には威圧感もなければ、こども相手だからと甘くあしらおうとする気配もない。ひとりの女性に、話しかけていた。

「実をいうとね」

花びんを渡すと、内緒話をするささやき声で、彼は、

「あの子にだけ、特別な課題が用意されているんだ────」

島にいるほとんどの人間が知らないであろう秘密を、カリファに明かす。

「それというのもね、僕を“ころす”ことができれば、すぐにでもCP9になれるっていう課題」
「ぇ……」

生成りのカーテンが風に吹かれてふっくらとゆれている。
────『9』は、一般には知られていない裏のナンバー。そこに所属する諜報部員は、正義の名の下に“殺し”が許可されている。戦闘を好むルッチなら、きっとそれを望むだろう。つまりここ何日か見かけている応酬は、『力でねじ伏せようとする者』と『立ち向かう者』の攻防ではなく、『本気で挑む者』と『挑戦を受けて立っている者』の攻防ということとなる。

「ごめんなさい、私……」
「謝ることないよ。彼をボコボコにしてることに変わりはないのだし。──応援、してあげて」

もちろんころされるつもりも手加減する気もないけれど。そう言ってほほえむ彼には、些事に拘らないおおらかさがあって。この部屋を吹きぬけていくやわらかな風は、彼によってもたらされているものの様に感じられた。


  
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