彼は、悪魔


空が白み始めた頃。長い間息をひそめていた少年──ロブ・ルッチは、ついにベッド下から這い出て行動を開始した。この部屋の主はからだがギリギリおさまる簡素なベッドの上で、手を胸のまえで組み、規則正しい呼吸をくりかえしている。その傍らに立ち、じっと標的を観察した。寝息は穏やか。睫毛に不審な震えもない。瞼がわずかに動くこともなく、ノンレム睡眠、深く眠っている状態だ。ルッチは右手の人さし指を立て、その照準を眠る男の『喉』に定めた。人体を武器に匹敵させる武術、訓練を重ねて会得した技────。

「指銃=v

素早く突き出された指は、しかし狙った的を射抜くことはなかった。男の顔がぐりんと横へ逸らされ、指先は枕にしずんだからだ。ちっ、と舌打ちしながらも、少年は即座に反対の指を構えた。が、次の一手を放とうとした瞬間、その肩を強い力でつかまれ、視界が反転する。

「ぐあっ」
「ん……?あァ、君か……おはよう。えーとたしか……、ブチくんだったかな?あ、目やに付いてるかも。見苦しかったらごめんね……」

声だけ聞けば、軟弱で勘の鈍そうな男だというのに、その実、男はルッチの動きを完全に封じ込めていた。両手で首と手首をベッドに縫いとめ、ひざを鳩尾にのせてミシミシと音を鳴らすほどに体重をかけている。ルッチのからだに巻かれていた真新しい包帯が、痛々しげな赤を滲ませだした。

「ぐっ……!」
「良い攻撃だったよ、流石はホープ。食事も儘ならない程にこてんぱんにのしたのに、きのうの今日でまた向かってくるなんて、なかなか思わないからね。夜明け前という時間帯も良い、人がもっとも油断しやすい頃合いだ。まっさきに喉を狙ったのもグッド、助けを呼ばせない為だね?すぐにでも息の根を止めたかっただろうに、手を出したかったろうに。獲物を目の前にしても、ちゃんと慎重だね──」

えらいぞ、という言葉は、賛辞ではなく、侮辱としてルッチの腹を焼けつかせる。本人はいたって真面目という調子で褒めてくるものだから、いっそう腹立たしかった。

「骨は破壊と再生のくりかえしで強くなるんだってさ。なァに、すこしの我慢だよ。若いから大丈夫、大丈夫!」
「が、あ、あ──ッ」

そういって今日もまた、悪魔の様な男は段ボールでも潰す様に少年の骨を折るのだった。


  
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