交渉と開眼


──────春の女王の町、セント・ポプラ≠ノて。


「遅せェぞ!」
「あら、迎えに来てくれても良かったのよ。荷物ならたくさんあったんだからジャブラ」

並木通りに面した街角のカフェテラスに、世界政府から追われることになったCP9達が集まっていた。
ロブ・ルッチを救う為に医療費を集めた彼らは、その手術が終わるまでの間、三手に分かれていた。買い出しにはカリファとクマドリ、情報収集にはカクとフクロウ、そして手術の終わりを知らせてきた待機組のブルーノとジャブラにより、このカフェへ集まることが告げられたのである。手術は無事成功。あとはルッチが目覚めるのを待つのみとなった。

「ブルーノ、此処のパフェはいいぞ、コーンフレークで嵩増しされてねェ」
「早く食べないと、置いていくぞ」
「帽子は忘れとらんじゃろうな?」
「ちゃんと買ったわ」
「チャパパ、サイズはあったかー」
「よよいっ!安心ン、なすってえ〜〜!」

木漏れ日が美しい影を落とすテーブル席には、追われる状況にあるなどとはこれっぽっちも感じさせない、なごやかな雰囲気が流れていた。





「あァ……いいね。この賑やかな感じ」





──────突如介入した、第三者の声。

「「「「「「!!?」」」」」」

寛いだ空気は一転、緊迫したものに変わった。立ち上がり後ろをふりかえるジャブラとカク、新聞をわずかに下げるブルーノ、カップを持ったまま口を閉ざすフクロウ、半歩前へ足を踏み出したクマドリに、目を瞠り煙草を取り落としたカリファ。鋭い視線を一身に浴びながら、しかし頬杖をついて悠長に話す一人の男。

「もうしばらく聞いていたかったけど……残念だな。お別れなんて」

後ろの席に座っていたのは、スパンダムの付き人・スペッキオだった。今回、部下に全ての失態を押し付けたのは司令長官スパンダムである。となれば、そのすぐ傍にいるスペッキオは敵側の人間と言えた。
指を立て、いつでも指銃を放てるよう構えるジャブラ。

「おいおい……殺気なんてしまってくれないか。現役全員を相手に、僕一人が敵うわけないだろう」
「一人だって?」
「心配なら、見聞色でも使って確かめれば?」

盲目の男の前で、一同はアイコンタクトを交わした。この付近は囲まれていない様子だったが、港がどうなっているかまではわからない。警戒の解かれない空気の中、スペッキオが「おや?」と何かに気づいた声を洩らした。

「ひー、ふー、みー…………メンバーがすこし足りないみたいだ」
「ルッチの野郎なら……」
「ハトくんはどうしたんだい?」
「だから!あいつなら──ッ!」
「ハトはハトだよ、ロウガくん」
「ジャブラだつってんだ狼牙!」

「ハットリのこと、ですか……?」

カリファが察して問えば、「勿論」と首肯くスペッキオ。なぜルッチについてスルーしたがるのか分からないまま、カリファは「病院です」と答えた。

「505号室、ルッチの傍にいます」
「おォいカリファおめェ!?」

慌てたジャブラが『マズいだろ!』と目線でカリファに訴えかけるも、カリファは端然と正面を向いたまま動揺する素振りも一切見せなかった。それどころかまるで──。

「彼は今、意識不明の重体です。手術は無事に終わりました。でも……いつ目覚めるか……」
「……────そ」

スペッキオは素っ気なく返事をして、大して興味がなさそうにしていた。それを見て眉根を寄せ、腕を組んだカクは、「いったい一人で何しに来たんじゃ?」と問いただす。スペッキオは体を起こし、ゆったりと背凭れに体重を預けた。

「恐らく君達、もう知ってるんだろう?この度の一件、責任はすべて君達に被せられたって。それで……────『話』を、しに来た。スパンダムが逆恨みされて、殺されてほしくはないからね」
「逆恨み≠セァ?」
「鍵≠ヘすべて回収≠ウれたと聞いている」

此処にいるメンバー、ブルーノを除く5人が各自一本ずつ所持していた。

「ニコ・ロビンの手錠が解かれることになったのは…………さて、どうしてかな?」

押し黙る一同。────正義を執行する優秀な諜報部員達が、ことごとく海賊に不覚をとり、すべての鍵を奪取された。ブルーノが所持していなかったのは、司法の塔へたどり着かれるより前、すでにノックアウトされていたからである。此処にいないルッチの昏睡も、海賊の頭目に敗北を喫したがゆえ。前代未聞の失態を防げなかったのは、職務をまっとうできなかった君達の所為だ、とスペッキオは告げていた。
ピリ、ピリ、と神経質な不調和があたりにただよう。



「────────な〜んて!」

「「「「「「!」」」」」」
「実は僕も、海に落ちるなんていうヘマをしてしまってね。君達を責められる立場にはないんだ。それに本来、責任を取ることになっていたのはスパンダムだったろうし。──よいしょ」

スペッキオは足もとに置いてあったアタッシェケースをテーブルの上に持ち上げた。

「中にはぎっしり詰まってる。君達の逃亡資金だ」
「……どういうことですか?」
「これでチャラにしてほしいってことさ、ブル君」

パンパンとスペッキオは丈夫で硬質なカバンを軽快に叩いた。

「君達ほどの技能の持ち主なら、食うに困らない生活くらい、どこかで探し当てられるだろ?それまでの生活費や渡航費くらいは十分にある。あァ、それに……まさか病院を脅してタダ働きさせてるわけじゃあないよな?だったら彼の入院費だって嵩むだろう。いつ目覚めるのか分からないなら尚更だ。僕も入院経験があるから知ってるよ、お金持ちにはなんてことない額だろうけど……今の君達には、キツいんじゃないかい?ていうか手術代はどうやって払ったの??」
「気に食わねェな。逃げる羽目になったのはてめェらの所為だってのに、金を“援助してやる”みてェな言い方」
「……これは、あなたの独断ですね」

カリファの言葉に、スペッキオは静かに微笑んだ。どういうことだ?と首を傾げるジャブラ。

「私達を手助けしたと政府関係者に知られれば、尋問は避けられない……。そんなリスクを、責任を押しつけた張本人が冒すとは考えづらいわ」
「わしらに上手く逃亡してもらった方が都合がよいという考えもあるぞ?」
「バスターコールを『うっかり』で押したミスは、島にいた大勢の人間が知っていることだしな」
「一番望ましいのは、おれ達がしんでることだったかもしれないなー、チャパパパ」

スペッキオはアタッシェケースのハンドルを握り、手前へ引き寄せた。

「じゃァ……いらない?」

──スペッキオの手からひったくる様に、アタッシェケースが持っていかれる。受け取ったのはジャブラだった。フン、としかめっ面で鼻を鳴らし、スペッキオを睨みつける。

「慰謝料には足りねェが、貰っといてやるぜ」
「君が聞き分けの良いことを言うと不安だな。嘘つきだから」
「なんだとォ!?」
「ありがとうございます、スペッキオさん」
「カリファ!礼なんか言うんじゃねェ!」
「路上パフォーマンスでは限界があったからのう、助かるわい」
「そんなことしてたの君達……。ちなみにそれって、歌でも歌ったの?」

スペッキオは、彼らがこの町にたどり着いた日────雨の中でおこなわれた興行について知った。演目“瞼のおっかさん”の独演、狼による火の輪くぐりの猛獣ショー、子供に人気を博したキリンのすべり台、最も稼げたのは町の清掃だという。任務でもないというのに、殺し屋である彼らがこれらを『ロブ・ルッチを救う為』におこなったという事実に、スペッキオは唖然として口が開きっぱなしになってしまった。

「……みんなの結束が……そんなにも固いものだったとは、意想外だった」
「ぎゃはは!結束だと?同じ不利な状況の者同士なら結託した方がまだマシだと考えるのは、至極当然のことだ狼牙」
「照れるなよ」
「あァ?」
「だとしたら、足手まといになる重体の人間は……まず置いていくものなんじゃないかな?」

うっと呻いて背中を丸めるジャブラ。スペッキオは満足そうに、フムと小さく相槌を打っていた。

「異色だね、君達は。今までのCP9だったら、もし同じ事態になったとしても、あり得ないことだったんじゃないかな。なんだか、そう……────普通っぽいつながり≠持ってる」
「……あなたが言っていたことだ」

ブルーノの声に、スペッキオは小首を傾げた。

「ルッチの命をつなぎ止めねば≠ニいう気持ちに、我々が素直に従えたのは。あなたが昔、我々に教えたことが始まりだ」
「? 教えた……?」
「えェ。特別講師として、グアンハオを訪れたときに────」





『君達は特別な使命を背負う特別な人間達だけれど、だからこそ普通≠熨フ験しておかなくちゃならない』

『特に人と人とのつながりはね』

『紛い物ではないつながりが、我々にだってあってもいいと、僕は考えるよ』





「────そうね」

ブルーノの言葉に続き、カリファが首肯いた。

「私が堂々とお見舞いができる様になったのは……そうしてもいいんだって、新しい価値観が芽生えたからかも」
「おいら達はァ〜、あ故郷を同じくするゥ〜〜義兄弟のごとき間柄ァ……!」
「バカ言ってんじゃねェ!!腐れ縁だよ、腐れ縁っ」

スペッキオは今度こそ驚きに固まってしまった。魂を奪われたみたいに、体が質量を失い、うろたえ戸惑ってしまう。

「…………僕が、君達に……影響を与えていた……?」


────スペッキオは、司法の塔でたびたび聞こえてくる賑やかな声が好きだった。CP9達による喧騒だ。それをどこか、ガラス越しの風景の様に『観賞』していた。同じ場所に立ってはいるものの、自分とは無関係に回っている世界だと信じて疑わなかったのだ。けれどもまさに、今、その中心にいる人物達から知らされた。──スペッキオ自身おぼえていない、スペッキオの遠い過去のおこないが、そこには『反映』されていたのだと。
寝耳に水。脳天に落雷。スペッキオは頭がゆれる様な感覚をおぼえ、息もつけないほどに驚いていた。


「スペッキオさん……?」
「……そう、…………そっか…………」

動かなくなったスペッキオを心配して声をかけたカリファだったが、スペッキオはなにかを噛み締める様にひとりで相槌をくりかえし────……そして、ふと、口許を綻ばせてささやいた。





「僕も……この世界に生きてる、一部≠セったんだなァ」





──────何じゃそりゃ、と怪訝そうにツっこむジャブラを気にすることもなく。スペッキオはふわふわと雲になって青空に吸いこまれていきそうなほどに、どこか軽く、晴れやかな雰囲気をまとっていた。


  
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