帰還と窓辺


コーヒーをのせたトレイを長官室へ運んでいくと、ご機嫌そうなスパンダムの声が飛び込んできた。

「ルッチ達が帰った様だぞ。我々にとって最高の土産をかかえてな!!」

────……いつのまにか、5年という歳月が過ぎていたらしい。その間にも世界ではいろいろなことがあった。四皇の一角として片腕の誰かさんが名をあげたとか。化学実験の失敗でどこかの島が封鎖されたとか。七武海の誰かさんが国を乗っ取ろうとして失敗、称号を剥奪されたとか──。スパンダムの傍にいると、自然と遠い地の情報まで入ってくる。けれどスペッキオにとっては、どれもこれも関心のない事柄ばかりだった。
それよりよっぽど、スパンダムの評価につながる大任を果たした4人がエニエス・ロビーへもどってくる、という知らせの方が大きなニュースだった。そういえばさっき海列車の汽笛が遠くに聞こえたな、と思い起こすスペッキオ。

「一体この記事はどういう事だ!?今回の革命軍支部長暗殺計画、指令じゃ3人消せば事足りた所を、23人も消えちまってるじゃねェか!!言い訳があるなら言ってみろ!!──」

「…………」

スパンダムがソファにいるクマドリ、ジャブラ、フクロウを叱り飛ばしている間、コーヒーをデスクへ置いたスペッキオは、顔を上げて窓の外を向いていた。
その隣で、革手袋をしたスパンダムの指がコーヒーカップをつまみ上げる。

「あちィ!!コーヒーこぼした!」
「……ああっ!すまないスパンダム、また熱々のコーヒーを持ってきてしまった」
「いい加減おぼえろスペッキオ!お前がカップに触れないほど熱いうちは持ってくるな畜生!」
「ほら角砂糖」
「──ン!」

懐から角砂糖の入ったケースを取り出し、素直にあけられた口腔へ一粒ほうりこむスペッキオ。それを患部に押し当て、溶けるのを待つスパンダム。そんなスパンダムの血糖値は、今のところは正常値の範囲内にとどまっている。





──────久しぶりだったが、ルッチは手慣れた動作で、鍵のあいていた窓から侵入を果たした。肩にのるハットリがクルッポーとひかえめに鳴く。

一人と一羽が見据える先には、冷たいゆかに横たわる、一人の男。

ルッチはゆっくりと部屋の真ん中へ向かっていった。──こつ、こつ。一歩ごとに、タイルの感触を味わう様に。規則正しく、硬質な音を、がらんとした部屋に響かせる。そうしてついに、一歩分にも満たない距離まで接近した。
足下を見下ろし、尚も沈黙を貫く。──気づいていない筈がないのだ。この男が、誰かの侵入に。もっと言うならば、それがルッチであるということに。まっすぐ仰向けに横たわる身体。腹の上で組まれた手。無表情とも、アルカイックスマイルとも取れる静止した表情筋。

「…………」
「ポッポー」

ふと、ルッチはハットリに導かれ、スペッキオの傍らに置かれた箱に目を留めた。頭側に、木箱が二箱。ありふれた調度品だったが、数えられる程度しか物のないこの部屋ではひどく目立っていた。手前にあるアーチ型に、ハットリは止まっている。

「……ハットリ」

呼び寄せると、すぐにその場から飛び立つハットリ。それと同時に、ルッチは足を振り抜いた。


ドガッ。


傾いた箱は蓋をひらいて倒れ、盛大に中身を吐き出していく。たくさんの紙切れが雪崩となって流れ出て、スペッキオの頭にぶつかりながらも絨毯の様にひろがっていった。なんの紙切れかは、手に取って見ずとも察しがつく。ルッチの口角がもちあがった。

「────一言もなしか」

白い花弁の中で眠るかのごとき男が、ゆるやかに口をひらく。

「……おかえり」
「!」

その口はたしかに迎える言葉を紡いだ。一瞬、ついに素直になったかと感心した様に眉を上げたルッチだったが、


「──────────ハトくん」


「………………」

続いた言葉に、元の仏頂面へともどっていった。


そよ風が踊り込み、紙が舞う。眠り込んでしまいそうな静寂の中を、ハットリの鳴き声だけがこだましていた。


  
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