文通と駆引6


お前は一人の男のことばかり気にかけている。いいかげん、おかしいことを自覚しろ


呆れながらも、翌週も紙を開いてみれば、そんな文面が綴られていてさらに呆れた。『恋をすると人はおかしくなる』と小耳に挟んだことがある。具体例としては、自分を客観視できなくなる、自分の言動が上手くコントロールできなくなる、等。そういったことを指しているなら、スペッキオはすこしばかり手紙について気にかけた覚えはあっても彼自身を気にかけた覚えなど微塵もないし、性格や生活態度だってなんら変わっていない。だいたいにして、思い上がりの酷い、陰気で、動物的で、いやにひねくれた小僧になど、惚れる要素が一つも見当たらなかった。
このあいだ、スペッキオからも何通か手紙を送ったことにより、青年からの手紙を待ち侘びているとでも勘違いされてしまったのだろう。あれはハットリの仕事が無駄にならない様にと、単に事実を伝えていたに過ぎないというのに────。文の向こうに勝ち誇った顔が透けて見えた気がして、返事を書いてやらずにはいられなかった。

妄想も大概にしないと現実との区別がつかなくなるよ。お大事に

皮肉を込めて打ち終える。その手紙をハットリに託すと、なにやら胸元にも手紙があったらしく、二つ目の筒を示された。なぜ同時に渡されなかったのかは、読んで理解する。



誰を思い浮かべていた?



──────……誰、とは。ハッと、スペッキオの口が僅かにひらいた。一人の男≠ノは他の候補もあったことに気がついたからである。
次の瞬間、スペッキオはビリビリビリと手紙を細かくちぎり始めた。哀れな姿となった紙屑たちは、窓の外へ放り出され、風にのせられていく。それでもスペッキオの胸の内側が痒くなる様な苛立ちは収まらず、どころかむしろ、熱はぐんぐん上昇していくばかりだった。



「…………くくっ……フはははははは!」

スペッキオは体をゆすって笑い出した。アイマスクがなければ涙まで溢れていたかもしれない。腹を抱えながら、内臓がおかしくなりそうな程にひいひいと笑い崩れている。「ゲホ、ゲホ、オエ……、はーあァ」。怯えたハットリのいる窓辺に手をつき、スペッキオはうめき声の様な溜息をこぼした。掻き上げられた前髪の下から覗いたのは、つっかえ棒がはずれた様な、爽やかささえ感じる晴れやかな顔つき。

「なんて────……くだらない」


ロブ・ルッチが認識している、ヒトになる為に欠けているピースとはなんなのか。依然としてわからないままだったが、近頃はその事自体、あまり気にかけなくなっていた様に感じる。とりあえず今は、調子づいている彼をこのままにしておけないと思った。スペッキオはハットリを手に乗せ、眼前へ誘導する。

「ハトくん、君にもたまには長期休暇が必要だと思うんだけど、どうだい?」
「クルッポー?」
「好物は心得ているよ。もちろん僕からのプレゼントだ。体も洗ってあげるしマッサージ付き、君が望むなら毎日でも。どう?」
「ポッポー!」


それから一週間、ハットリを帰さないでいると、スペッキオは突如、長官室へ呼び出されることになった。なんでも、カクから緊急連絡が入ってきたらしい。ロブ・ルッチは現在、腹話術でしかコミュニケーションを取れないキャラ付けをしているらしく、仕事に支障が出るからハットリを帰してやってほしいとのこと。

「腹話術?楽しそうだね、向こうは」
「“楽しそう”じゃねェ任務の重大さ分かって言ってんのか!!ったく、なにやってんだお前ら……!……つーかそんなに仲良かったか?」
「心外だスパンダム、仲良しだなんて」
「あ?『ハットリ』と仲良いわけじゃねェのか?だったら何でいるんだよ、そこに」
「…………………………。もちろん仲良しだよ」
「どっちだよ!?」

話はわかった、ちゃんと帰しておくよ。そう言って剣になったファンクフリードもたずさえ長官室を出ていこうとするスペッキオ。散歩の時間なのである。スパンダムはいつもの光景を見届けようとして、「ん?」と思案顔をした。

「オイ、もしかして……あれからずっと来てたんじゃねェだろうな?手紙=v

謎の詩が書かれていた、スパンダムが青褪めることになった一通目。それを見てスパンダムは言った。ルッチとはもう連絡を取るな≠ニ──。
スペッキオは一旦は壁の向こうへと消えたが、スパンダムの声に反応してもう一度、上半身のみ姿を現した。耳のいい彼にはスパンダムが何を言っていたのかちゃんと聞こえていたらしい。結んだままの唇を、にいまりと撓らせて、



「まさか」



──────それは、尊敬してやまない彼についた、初めての嘘だった。


  
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