秘密と追跡



────一体なにをしとるんかのう、わしは……。

カクが見つめる先、一定の距離を保った前方には白いハト。そのハトはウォーターセブンの街並を見下ろしながら、どこかへとまっすぐに飛んで行く。動物相手とはいえあれはルッチの傍らにいつもいる賢い生き物だ。細心の注意を払いながら、尾行していた。


『ハットリがどこ行くか探ってこいよ』

そんなことを言い出したパウリーをはじめとする先輩方連中のニヤケ顔が思い出される。ルッチの肩からハトが度々いなくなるという話が、街中で白い伝書鳩が目撃されたという話と結びつき、いつしか『ルッチには文通を交わすいい人≠ェいる』という噂話に発展していた。その真相を探るべく使わされた今回。パウリーにおつかいを頼まれたというていで、真っ昼間ながら造船所を抜け出してきていた。

「あいつら、わしの方が偉くなったらどうコキ使ってくれようかのう……」

ルッチは実務経験有りの設定で採用され、カクは未経験の新人として造船会社・ガレーラカンパニーに潜り込んでいる。そのためどうしてもまだカクの立場は弱く、やんちゃな兄貴分達からつまらない使い走りをさせられることも屡々だった。『先日の件』がまた、今回の役割をあてられた一因にもなっている。
────『先日』、カリファが、街のゴロツキ達に連れ去られる事件が起きた。ガレーラカンパニーから不採用を言い渡された人間達による逆恨みのいやがらせである。そのときカクは機転を利かせたつもりで、早く駆けつけるためにうっかり驚異の身体能力を発揮してしまった。一市民を演じきっていたカリファにはかるく呆れられたものの、船大工達の身体能力の水準が高かったお陰で特段怪しまれることもなく。ついでに、子供ウケもよかったため、以降はひらき直って堂々と街の上空を走りまわっている。────とはいえ。それがきっかけでさらに多くの雑事を言いつけられる羽目にもなったので、そろそろいいかげん、下っ端扱いから脱却したい頃合いであるとカクは考えていた。

となれば今回の使い、なんだかんだと理由をつけて断ってやってもよかったのではないかと思うのだが、結局は引き受けることにした。それにルッチに相談するのが先かと思いつきもしたが、敢えてしていない。なぜか?

カクの勘が、追ってみるとおもしろそうだ≠ニ告げていたからだ。






「で、どうだった?」
「おったぞ。恋の相手」

造船所で働く頑強な男達に囲まれるというのはむさ苦しいものがある。追跡の結果報告を聞いたカクを取り囲む職員達からの反応はさまざまだった。「あいつも隅に置けねェなー!」と囃し立てる者であったり「おれの1万ベリーッ!」と嘆く者であったり。(賭けをしておったんかい)
「で、相手はどんな感じだ?」と重ねて訊いてくる先輩方に、カクは見た光景を素直に答えた。

「肌は白くて瞳は円らで……」
「かーっ!美人かよ!」
「ひらいた羽は天使の様じゃったのう」
「「「「「ん?」」」」」


「可愛かったぞ。────ハットリの恋の相手は」


「「「「「……………………」」」」」

気の抜けた沈黙が流れる中、ハッと我に返ったパウリーは真っ先に「おれの金返せ!てめェの寄越せ!」と隣から賭金を奪い取っていた。場が白け始めていることにも構わず、カクはなんてことない調子で続ける。

「ハットリの脚には確かに筒が括りつけられておったが、中身はどうやら豆だった様じゃ。器用に蓋をひらいて、その相手にプレゼントしておったわい。ルッチが気を利かせて、用意しておるんじゃろうなァ」

なーんだ、という空気が広まり、熱気も落ち着いたそのとき────『ガシリ』と、パウリーの頭をつかみ、ミシミシと骨の音を鳴らす者が現れた。

「いてェっ!おいやめろルッチ!!」

話題の人物・船大工ルッチのご登場だ。途端に、捕まっているパウリーと下っ端のカクを残し他の者はそそくさと解散していった。生け贄が確定したところで、ようやく握力から逃れるパウリー。

「痛ェなこの野郎ッ!」

ルッチがパウリーの手元をビシッと指差した。怒鳴り調子だったパウリーも、賭金を指摘されているのだと気づくと、「うっ」と気まずげに呻く。

「こ、これはだな……」
「パウリー、ルッチがなにやらジェスチャーで伝えようとしておるぞ」
「あ?なになに……おれ、お前、飲みに行く。ブルーノの店まで、その金で>氛氓チてなにィ!?」

イヤそうにしていたパウリーだったが、結局は奢ることが決定されていた。握っていた紙幣をポケットへ雑につっこみ、悪態をつきながらも遠ざかっていくパウリー。
さて、その場にはカクとルッチのみが残された。訝しげな視線を送ってきたルッチよりも先に、カクはあさっての方向へ目を向けながら口をひらく。

「気が進まなくても、命令には従わんとならんのが下っ端のつらいところじゃ。早く上に行くチャンスを回してもらえれば、有難いんじゃがの〜」

その言葉でさらに目を細めたルッチは『なぜ今回の件を報告しなかった』と咎めている様だった。カクは手をうしろ手に組み、背筋をのばして答える。

「心配することもないかと思ってのう」

好奇心を優先させたのは事実だ。しかし、────どうせルッチの作り込んでいる一部だろうと思ったのもまた事実だった。
仮に今回、尾行したのがカクではなかったとしても、特に問題にはならなかっただろうと思われる。なんせ、ハットリも優秀な鳥なのだ。結果報告の中で“別のハトと逢瀬をしていた”ところまではたしかな事実なのだが……そこで油断したカクは、ハットリの姿を見失ってしまっている。撒かれた≠フだ。

「筒については、わしが上手く誤魔化しておいたわい」
『…………』
「……しとるのか?文通」

一度じっと見つめ合ったものの、気にするなとでも言う様になにも答えず去ろうとするルッチ。はぐらかされたことで、カクの胸中の好奇心はむくむくと膨れ上がった。




「点字表記法第七版=v




────────ぴたっと、ルッチの歩みが止まる。その反応に、カクは当たりを引いたのだと胸を弾ませた。

カクは一度、ハットリを見失っている。そう、一度は。その後、諜報部員としての知識と経験をもとにふたたび見つけ出し、ハットリがとある行き先≠フ海列車に乗って出発したところまでを見届けていた。もしそこまでカクが辿り着けなかったと思っているならば、ルッチはハットリを買い被りすぎなのである。わしの方が優秀じゃわい!と思わず主張したくなってしまったのは、なんだかんだ言って一度は撒かれたことが悔しかったのかもしれない。
呟いた書物のタイトルについては、ぽんと頭の中に浮かんできたのだ。エニエス・ロビーを発つ前、ルッチが図書室から借りていた本があったな、と──。あのときにもルッチからは気にするなといった反応を返されていた。今回と同じく、乾いた返事ではなく、わずかな湿度を感じる返事をだ。珍しいと思っていたものだから、きっと無意識下でずっと気にかかり続けていたにちがいない。それがこのタイミングでひょっこり掘り起こされた。


点字。

伝書鳩。

海列車。


二対の目が、凝視し合う。





────────……瞬きをしないルッチに、カクの確信は固まっていく一方だった。手紙の送り先は、恐らくあの人≠ネのだろう。だが最後の最後で、どうにも迷って仕方がない予感≠フ部分にぶち当たるのだった。

「前から、訊こうかと思うておったんじゃが……」

カクはそっと目を瞑り、アイマスク≠フジェスチャーをする。そうしてふたたび、ルッチを見つめた。

「ホの字────なのか?」
『………………』

誰に、なんて。わざわざ告げるまでもないだろう。ルッチは、船大工ルッチのまま強情そうに唇を締め、仏頂面をつらぬいていた。けれどもふと、わずかに双眸を細めた一瞬──────…………。




「殺してやりたいくらいにな」




ロブ・ルッチを、出した。

「………………!」

カクはびっくりして、まん丸の瞳をさらにまん丸にさせていた。本性を垣間見せたこともそうだが、すんなりと解答を得られるなど全く予想していなかったのである。

ルッチは今度こそ踵を返し、持ち場へともどっていった。その背中を見つめ、カクは口元を押さえて立ち尽くす。

「(……殺してやりたいほどに愛してる?殺してやりたいが殺せんほどに愛してる?それとも、好きの感情が分からなすぎて殺意と履き違えておるか……。なんにせよ、大ニュースじゃ!カリファとブルーノに知らせてやろう……)」

カクはフクロウが噂を言い触らしたくなる気持ちについて、初めてつよい共感を覚えたのだった。


  
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