手紙と策謀


ウォーターセブンへの潜入調査が始まってから、一年ほどして────……。




スペッキオは部屋の真ん中に横たわっていた。踵から頭のてっぺんまで真っ直ぐにのばし、腹の上で手を組み、まるで永い眠りについているかの様に仰向けとなって午睡をむさぼっている。室内は相も変わらずベッドとモップしか置かれていないがらんどうのまま、暗やみの中にとっぷりと沈んでいた────一つの窓≠ゥら差し込む、明かりを除いて。
コツコツ。硝子が叩かれる音に、スペッキオの頭がわずかに明かりの方を向いた。窓に寄れば、クルッポーと鳴く声。

「……もしかして、ハトくんかい?」

返事をする様に、もういちどクルッポー。他に気配は感じられない。どうやら主人はいないらしい。潜入調査に赴いているのだから、いた方が驚きなのだが。
────そもそも窓に鍵は掛かっていなかった。戸締まりをしていると誰かが壊してしまう。壊される度に人を修理の為に呼ばねばならなくなる。それは面倒なので、致し方なくそこだけは自由に出入りできる様にしていたのだ。『彼』がいなくなってからも、忘れて放置してしまっていた。
窓をひらくと、ハットリはスペッキオの手首に飛びのってきた。そしてゆるくひらいていたスペッキオの手のひらへ、自らの足をさしこむ様にちょいちょいと何かを押しつけてくる。スペッキオが触って確かめると、ハットリの脚に小さな筒が括りつけられていた。

「……ひらけってことで、いいのかな?」

ポッポー。
催促されるままに解いて、蓋をひらいて、筒を斜めへ傾ける。カサ、と乾いた感触。紙──おそらく、文だろう。予想どおりの中身に、目の見えない自分では意味がないとすぐさまスパンダムの元へ向かおうとしたスペッキオだったが……指先に感じた違和感に、ふと歩みを止めた。


「(……これは…………──────)」






「手紙ィ?」
「そう。ハトくんが運んできたから、きっとロブ・ルッチから」

スペッキオは例の文を携え、長官室を訪れていた。

「書かれてある内容の意味が、これがもうさっぱりでね」
「なんだ?読めたのか」
「点字≠セったから」

そう、スペッキオが感じた違和感。それは規則性をもって打ち込まれた穴の感触だった。

「あいつ点字もできやがるのか!」
「僕も驚いたよ、情報収集の為にこんなところまでスキルを習得してるなんて。──それで、ハトくんは賢いし」
「ポッポー」
「この文は恐らく僕宛てということで良いんだろうけど……もしかすると任務に関わることかもしれないから。一応、スパンダムに知らせておいた方がいいかと思って」
「……まさかヘマやらかしたわけじゃねェだろうな?連絡ルートなら別でちゃんとあるはずだぞ。……一応その手紙、見せてみろ」

ハットリを肩に乗せたスペッキオから文を受け取るスパンダム。紙をひろげれば、点字で損なわれない程度の大きさで、インクの文字も書かれてあった。

「なんだ、ふつーにインクでも書いてあんじゃねェか。……やけに読みづれェ書き方してやがるが…………暗号か?…………点字ではなんて書いてあった?」
「えーと。すいとのやう>氛氛氛氈v

読み方が書かれてあるのだと察し、スパンダムはスペッキオの声を聞きながら文章を目で追った。



すいとのやう、しゅうこうにみなぎる
いつかまさにともに、せいそうたいしゃくして
かえってはなすべき、すいとやうのときを

水都の夜雨 秋江に漲る
何か当に共に 西窓対酌して
却って話すべき 水都夜雨の時を



「………………」
「………………」

スパンダムは、文章を反芻、咀嚼する。だんだんと意味が読み取れてくると、全身の毛穴からぶわっと脂汗が滲み出てくる気がした。黙りこんでしまった幼馴染に、小首をかしげるスペッキオ。

「スパンダム?」
「…………っ」

呼ばれても沈黙したままのスパンダムは、強張らせた顔を持ち上げ、かと思えば手元の文を見て、もういちどスペッキオを見た。いや、そんなバカな──という思いが表情から溢れ出ている。呆然と、スペッキオを見つめていた。



今この水の都では、降りしきる夜の雨が秋の川を満たし、あふれさせている。
いつになったら、共に酒をくみ交わしながら、あの西の窓辺に寄り添い、水の都でひとり夜の雨音を聞くわたしの胸の思いを、あなたに語ることができるのだろうか。




スパンダムの文を持つ手が震えていた。なんせそこに書かれてあったのは、まるで離れた地で孤独の淋しさを感じた者が、夜の雨を眺めながら思い人のことを考え、その気持ちを詩にあらわした様な────そんな文面だったのだ。いやいや、まさか。あのロブ・ルッチだぞ?友と呼べる者すら永久に存在しないであろう人のカタチをしただけの歩く兵器である。でも、そういえば、と。スパンダムの頭にかつて流れていた噂が過った。ルッチとスペッキオが恋人になったとか、どうとか……。

「……スペッキオ……」
「なに?」
「念のために訊くんだが、……お前とルッチは、その……親密な関係、とかでは……ないんだよな……?」

一瞬の間が流れた。空気や時間すら止まったかのごとき間であった。

「────スパンダム。医務室に行こう」
「は?」
「すぐに休むべきだ、君は働き過ぎだよスパンダム。──エレファントくん、連れていこうか」
「ちょ……おいっ、やめろ!分かった!変なこと言ってわるかったスペッキオ!ファンクフリード、いい子だから放せ!」

胴に巻きつかれた鼻を解いてもらったスパンダムは、服を整えながら椅子に座り直した。その眼前にずいっと迫るスペッキオ。

「いったい何が書かれてあったんだい?」
「あ、あァ。いやまァその…………ただの、ホームシックみてェなもんだ。大した意味じゃねェ、気にすんな」
「ロブ・ルッチがホームシック?……どういうこと?」
「ダーッ!もうおれに訊くんじゃねェ!」

スパンダムはスペッキオの両肩にバンッ、と手をついた。その顔色はわるい。スペッキオの身を心底案じてのことである。

「とにかくだ!スペッキオ、わるいこたァ言わねェ、いいか?ルッチとはもう連絡を取るな。な……?」
「これは一方的に送られてきただけなんだけど……」
「よしその調子でいろ!」

腑に落ちないスペッキオであったが、スパンダムの狼狽ぶりから、意味を聞き出すのは一筋縄ではいかないと察する。
その場は一旦引き下がることにして、ちょうど暇をもて余していたジャブラ、フクロウ、クマドリに、文の内容が分かるかどうか訊いてみることにした。────結果、フクロウ、クマドリは無理だったが、意外にもジャブラが「詩じゃねェか」と反応。読めることが判明する。あまり造詣は深くないとのことだったが。

「えーと?……水の都=c…は、ウォーターセブンか────ウォーターセブンでは、夜も雨が降っている。秋の川があふれている=v
「向こうでは高潮の時期だな、チャパパ」
「いつか一緒に、西の窓で酒を飲みながら、ウォーターセブンの夜の雨の話をしたいなァ=c…だとよ」
「君は何を言ってるんだい?」
「そう書いてあんだよ!つーか、お前ら酒飲むほど仲良かったのか?」
「君が親愛を込めて“ルッチ君”と呼ぶくらいにはあり得ないことだね」
「やめろ、寒イボが止まらねェ」

どうしてこの内容でスパンダムがルッチと連絡を取るなと言い出したのか、そもそもなぜルッチはスペッキオへ文などを送ってきたのか、スペッキオにはわからないままだった。

「君の主人は何を考えてるんだろうね?ハトくん」
「ポッポー」



誰も送り主の意図を理解できる者は現れなかったが、残った事実としては────この一通目以降、ルッチからの文が届いても、スペッキオはスパンダムに知らせなくなるということである。





(教養があるスパンダムさん/漢詩まちがっていたらすみません)


  
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