彼は、狂暴


使えないと見做され途中リタイアし、グアンハオから去ったはずの男が、次に現れたときにはCP9に加入していた。──見違えるほど優秀になって。その空白の間に、どこで、何をしていたのかについては、存外早くに知ることとなる。

「スパンダムは、僕が親に連れられて君のもとまでやってきた理由……というか、いきさつについては、知ってたっけ?」
「訓練生の中でも落ちこぼれで、見込みがねェからってんで、親のツテ頼ってうちに来たんだろ?」

書類を届け出るために訪れた長官室。開いた窓の向こう、バルコニーに並んでいた二名と一頭。用件を済ませすぐにでも出ていくつもりが、気配を殺し、聞き耳を立てていた。

「僕はあの日のこと、運命の日だったと思ってる」
「なんだ急に!?」
「────人形に、道標が与えられた日」

スパンダムは得心がいってない様子だったが、スペッキオにはどうでもいいことの様だった。人形。道標。つづく話で、その言葉の持つ意味が具体性を帯びていく。

「君に会うまで、僕は無感動で、誰に対しても無関心だった。中身のない空っぽで、ヒトに生まれながら、なんにも生かせちゃいなかった。スパンダムから将来の話を聞いたとき……こんなにもエネルギーに溢れたヒトがいるのかって驚いて」

その言葉の連なりは、まるで、

「君に出逢って……ヒト≠ノ近づけたんだ」

愛の告白にも、似ていた。
────あの夜が思い出される。安ホテルの一室。二人きり。震える電伝虫、スペッキオが背を向け、紡ぐ、柔らかい、声色で。此処には居ない者へ向けて──。

『早くもどってきてくれ、スパンダム。君のいない日々はつまらない』

一つの可能性に行きつく。言葉にすると全くもってバカバカしいが。


…………スペッキオは、隣に立つ男のために、変わったのではないかと。


「落ちこぼれだった方が、その後、どのようにして変わっていったのですか?」
「んー……。わざわざ話すようなこともないかなァ」

答えろ。

「後進の育成にも、なにか役立てる話があるかもしれません」
「はは、知らなかった、君がそんなにも教育熱心だったなんて」
「あなた程ではありません」
「僕?」

何度骨を砕いて流血させた。

「あァ……根にもつね」

忘れるはずがない、バカか。

「話を勿体ぶるのは、そこになにか、誰かに聞かれてはまずい想いでも隠されているからでしょうか?」

わずかなシグナルも見逃すまいと注視した。呼吸、発汗、血色、筋肉の緊張。意識の方向、声帯の振動、話す速度、音階、何を言い、何を言わないか────……


「軍・極・秘」


動揺は、一切見受けられなかった。それどころか、他人の神経を逆撫でしようとする態度は『かつて』を彷彿とさせた。

『骨は破壊と再生のくりかえしで強くなるんだってさ。なァに、すこしの我慢だよ。若いから大丈夫、大丈夫!』

悪魔の様に見えたあの頃。特別講師という名目の下、あれは“ルッチの為”に派遣されてきていたのだと、今ならわかる。だが当時のスペッキオはルッチの暴力に暴力で返していただけで、故意に挑発していたつもりはないのだろう。質の悪いことに。
その点、今、目の前でようやくこちらを振りかえった男は、ルッチに対し明確な意図をもって言葉を投げてきていた。

「……そうですか」

不思議と苛立ちは遠のいていて。とはいえ解消されたわけでもなく、去る前に何かひとつ引っ掻き回してやろうと思い立った。まさかそれが、導火線に火を近づける行為だったとは思わずに。

「そういえば、長官。長官がそちらの方に贈った寝具についてですが……どうやら、一度も使用されたことがない様です」
「何!?」

予想通りスパンダムは頭に血をのぼらせた。形式上、または打算あっての贈り物しかしたことがなさそうな男である。スペッキオの部屋で見かけたベッドは安物ではなかった、無下にされたとなれば、堪らないだろう。
予想を上回る追い詰め方をしてくれたスパンダムのお陰で、スペッキオの困っている声色に愉快さは増していった。だが、振り返った先、予想外のものまで目撃することになる。『それ』はスパンダムの放った一言により引き出された。


「おめーは一体何なら慾しい≠だ!」


──────……何故それが引き金になったのかはわからない。だが、スペッキオは確実に息を詰まらせていた。『絶望』と言ってもいい。色を失い、体の重さすら消え失せてしまった様な存在の希薄さで、茫然としていた。

意味のわからない男だ。





「これから此処を離れるのに、わざわざインテリアを変えることにしたの?」

空が明るくとも時刻は夜。諸用を済ませ、本を片手に自室へと戻れば、カリファ、ブルーノ、カクがソファに座って各々寛いでいた。ついでに何故か、覚えのないテーブル、タンス、ゾウらしき置物などが部屋の隅にまとめて置かれてある。

「……なんだあれは」
「ルッチが買った物じゃろ?」
「ちがう」
「スペッキオさんの指示で運んできたと、たしか言っていた気がするが」

ブルーノの言葉に、スパンダムが返却云々と言っていた家具の話を思い出し合点がいった。粗大ごみを他人の部屋に棄てるな。

「ルッチ、その本、図書室に行っとったのか?何を借りたんじゃ」
「任務には関係ない。気にするな。それよりカク、お前の部屋を貸せ」
「……ん?」

ごみを使用人達に処分させる為、話し合いの場を変更させた。
────今回の任務は、一体どれだけの時間を要するのか見通しがつかない。あらゆる場合や事態に備え、念入りな打ち合わせを必要とした。明日から順に、4人はこの地を発つ。






早朝。常に昼の日差しが降りそそぐ不夜島は、相変わらず軽快な明るさの中にある。けれども人が長く活動していなかった後の朝という時間帯には、深呼吸するのが気持ちいい澄んだ空気が流れていた。
そんな清らかさとは裏腹に、長い間影となって息をひそめていたスペッキオは、ついにベッド下から動き出す。この部屋の主は広いシーツの上で規則的な呼吸をくりかえしていた。スペッキオは窓がある方とは反対側の傍らに立ち、じっと標的に神経を研ぎ澄ませる。寝息は浅い、けれど穏やかだった。手のひらを翳し、微細な振動が伝わりづらくなった方向に頭部があると把握する。人さし指を立てると、眠る男の『喉』目掛けて指銃≠放った──────。


「随分な別れの挨拶だな……スペッキオ」

狙った的を射抜くことはできなかった。標的にすんでのところで躱され、攻撃をはずした手を掴まれると、首に腕を回されベッドに沈められる。うごきを制圧する固め技だ。

「……」

一瞬、おとなしくなった様に見えたスペッキオだったが、さすがは先達、逃げ方も心得ているらしく、すぐさま両足による挟み込みと空いている腕を使って形成逆転。ルッチの胴に跨がり、もう一度指銃を放った。しかしまたも阻まれる。
攻撃を阻んだ手は、『獣』だった。ルッチはネコネコの実を食べた豹人間である。ただの人間とは比べものにならない力で手首を握り込まれ、ミシ、と骨の軋む音が鳴ってようやく、スペッキオは腕から力を抜いていった。念のためルッチは能力を解くことをせず、掴んだ手も解放しないまま。

「なんのつもりだ」
「…………」

沈黙を貫くスペッキオに、再び手に力を込めてやろうとして、それ以上指が肉に食い込んでいかなかった。鉄塊による硬化がなされているらしい。好都合といえば好都合である。その防御を発動しているかぎり、スペッキオは他の動きをすることができないのだから。
──それにしても。相手の目は両方ともがアイマスクで隠されているにも関わらず、ルッチは肌に突き刺さる視線を感じて止まずにいた。まるでレーザーで焼かれている様にひりつく。

「…………君の所為だ」

長い静寂の末、力ない声がぽつりと落とされた。力は入っていなかったが、掠れた響きには静かな憤りが色濃く練り込まれている。

「君の所為で、スパンダムは────」

怒気が鳴りを潜めない。交渉の余地は少ないらしい。一瞬たりとも手を放すことのできない危うさに、このままだとインテリアを変えることになるかもな、とぼやくルッチだった。


  
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