彼は、莫逆


「あちィ!」
「ああ!すまないスパンダム」

熱々のコーヒーを持ってきたことを謝罪して、懐からシュガーポットを取り出すスペッキオ。

「ほら角砂糖」
「あ」

大きく開いたおれの口へ『ポイ』と一粒、本日も見事にシュートを決めてみせた。いや、シュートってなんだ。そもそも熱々のまま渡すな火傷を負わせるんじゃない、砂糖なんて応急処置にしかなんねえだろうが。

「毎回やらかしやがって……!お前、おれを舐めてんのか?」
「そんな事しないよ。気色わるいだろ?」
「ちげェ!」
「そういえばスパンダム、僕の部屋の前にテーブルやら、タンスやら、ゾウらしき置物やらが置かれてあったんだけど……」
「ああ、もちろんおれが手配してやった!こんな気の利く友を持って感謝しろよ?あんな殺風景でどう生活してたんだ、お前は妙なところで遠慮しいなんだからよ。今度中へ運ばせるから鍵を……」

「返品してもいいかなァ」

ブッ、と溶けかけの角砂糖を吐き出してしまった。ヘンピン……返品だと!?

「おまっ……!人がせっかく揃えてやったってのに!いったい何が不満だ!?デザインか、機能か、大きさか?!」
「不満というか……。物はない方がいいんだ。躓かないようにって、足元に気を配らなくてもいいし」

予想外に合理的な理由!

「それに、今のままの方が一人でもきれいに部屋を保てるし。モップを一面にかければいいだけだからね」
「下働きにさせろ、そんなことォ」
「……そんな不貞腐れた声をしないでくれよ、スパンダム」
「──フン!」

腹が立ってバルコニーまで出れば、スペッキオもあとを追いかけてくる。ご機嫌取りでもしてくるつもりだろう。だが何を言ったってそう簡単に赦してやるつもりはなかった。よろこぶどころか、迷惑そうにしやがって────……!

「スパンダム」
「こっち来んな!」
「……スパンダム、仕事はいいの?」
「うるせェ!休憩だ!」
「コーヒー入れ直してくる?」
「必要ねェ!」
「そっか」

スペッキオが一歩まえへ進み出て、手すりに凭れかかる。こいつに景色が見えているはずもないが、正面の裁判所、そしてその向こうに並ぶ建築群をながめている様だった。どこを切り取ろうと面白みのかけらもないただの風景だが、すべてを広く一望できるというのは気分がいいものだ。
此処は昼島────。空も外周も、常に見晴らしのいいひらけた場所。

「スパンダム……僕はいつでも、君に感謝しているんだよ」

ふと、スペッキオがそんなことを切り出した。やっぱりご機嫌取りしにきやがった、と冷ややかに受け取る。

「感謝だァ?要らねェんだろ、用意してやったモン全部!」
「今回の家具はそうだけど」
「否定しろよ!」
「出会ったときから。感謝しなかったことはないんだよ」
「……あ?そりゃどういう……」

尋ねようとしたそのとき、鳴き声を轟かせながらファンクフリードまでバルコニーへとやって来た。スペッキオの方まで歩み寄っていくと、鼻をのばして撫でてくれとせがみだす。おい、そいつはおれと話してる途中だぞ、邪魔すんじゃねえ!
呼びつけて剣の姿にもどしてやろうとしたが、ファンクフリードに構いながら、スペッキオが先に口をひらく。

「スパンダムは、僕が親に連れられて君のもとまでやってきた理由……というか、いきさつについては、知ってたっけ?」

なにを言い出すかと思えば。もちろん覚えている。初対面といえば何十年も前、だが歯を折られた痛烈な記憶のおかげで当時周辺のことはよく思い出せた。

「訓練生の中でも落ちこぼれで、見込みがねェからってんで、親のツテ頼ってうちに来たんだろ?」

そう。今でこそエリートとして扱われているが、こいつは元は『ポンコツ』だったのだ。
諜報部員の仕事は、基本的に営業職のようなものだ。世界政府の利のために方々へ赴き、情報集めのために人と話し、時に取引をする。いちばんの使命は情報収集であり戦闘にあらず。つまり、話術こそ必須スキルなのだ。
しかし聞くところによると、たとえばスペッキオは「“こんにちは、今日は良い天気ですね”といったふうに話しかける」と教えられれば「“こんにちは、今日は良い天気ですね”」以外に言えなかったそうだ。応用もきかなければ発展もさせられない。髪が短くなったことに気づける観察力はあっても会話に結びつける発想が出てこない。まさしくポンコツだったのである。
戦闘技術もその頃はまだ目覚めていなかったらしく、特筆すべき点はどこにも見当たらなかったそうだ。見込みがないと烙印を押されるのも当然である。

「僕はあの日のこと、運命の日だったと思ってる」
「なんだ急に!?」
「人形に、道標が与えられた日」
「……??」

すでに過去の汚名とふっきれているのか、それとももとより気にする事実ではないのか、スペッキオの横顔はどこまでもすずしい。

「君に会うまで、僕は無感動で、誰に対しても無関心だった。中身のない空っぽで、ヒトに生まれながら、なんにも生かせちゃいなかった。スパンダムから将来の話を聞いたとき……こんなにもエネルギーに溢れたヒトがいるのかって驚いて。人間らしさってなんだろうとも考えはじめた」

スペッキオが纏う雰囲気は、かつて地下牢で見た、地上からのスポットライトを浴びているあのときに似ていた。


「────君に出逢って、ヒト≠ノ近づけたんだ」


見えない目元まで思い浮かべられる様な、柔和な笑み。

「…………スペッキオ……お前は相変わらず……────何言ってんのかサッパリだな!」

コミュニケーション能力はポンコツのままか、と吐き捨てれば、スペッキオは声をあげることなく微笑んでいた。


「────────長官」

ギクッ、と肩が跳ねたのは、なんだか責められている様に聞こえた所為だ。ぎこちなく振り返れば、開いた窓の向こうに、いつのまにかハットリを連れたルッチが佇んでいた。


  
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