彼は、不詳 爆弾を調達しようとしたらスパンダムに見つかり怒られた。
『建物を破壊しようとすんじゃねェ!しかもこの量……おま……っ自分ごとぶっ飛びてェのか!?』
「侵入者は不在時を狙って現れるのでその事故の確率は低いと思う」。という言葉は呑み込む。スパンダムを落ち着かせる効力まではなさそうだったからだ。その話の流れで、部屋のがらんどうまで見られることになった。窓を修復されたのち、いつのまにか真新しいベッドが運び込まれてしまう。
スパンダムが購入してくれた様だが、今のところ、一度も使われていない。
「今まで知らなかったのか、この部屋のことを、長官殿は」
「そう──。彼はわき目もふらずに前へ進む。他を顧みることはない。だからいいんだよ」
「寄生≠フ相手として?」
「…………」
不機嫌そうな空気を醸しだし、黙り込む、スペッキオ。
この部屋の主は、壁に凭れて足を投げだす様にしてゆかに座っていた。招いていない来客を追い出す気振りはもはやない。ハットリを連れたロブ・ルッチは、堂々と部屋の真ん中に立っていた。
──ロブ・ルッチの侵入を食い止めようとして消費される労力がバカバカしくなり、一つの窓≠セけ、遮る物がないままになっていた。別の部屋へこっそり引っ越そうかとも考えたが、案外空いている場所というのは見つからないもので。人目につかないところともなれば尚更。それに、同じエリアで逃げようとしたって意味など無いことは、よくよく考えずともわかる。
端的に言って、諦めたのだ。
「……こんな部屋に、よく何度も来ようと思ったね──」
俯いたまま、独り言の様にこぼすスペッキオ。ルッチが首をひねらせ振りかえるも、スペッキオは頭を上げないまま。
「『何もない』のに」
────その言葉に、ルッチが鼻で笑った。
「此処に来れば、お前は嫌がるだろ?」
スペッキオの顎がわずかにあがる。反応を示したことに気を良くしたルッチは、厭味たらしい声で。
「だから、イイ」
「…………」
紡がれた台詞に、スペッキオは『ロブ・ルッチの顔を見れなくて心底良かった』と思うのだった。見えればきっと、丸めた紙みたく顔中をくしゃくしゃに歪ませていただろうから。
スペッキオは嘆息しながら後頭部を壁にあて、肩の力をぬいて悄然と呟く。
「……ほんと、君、嫌い」
「何も思われないよりは進歩だな」
「そんな前向きに捉えるキャラじゃなかったでしょうよ……」
居心地のわるくなったスペッキオはよっこらせと立ち上がり、同じ空間から出ていくことにした。ふらふらと扉へ向かい、慣れた手つきで内側の鍵を開けはじめる。そのとき背後から、
「潜入調査が決まった」
──────突如告げられた知らせに、一瞬、スペッキオの手が止まる。が、不自然な間になることもなく解錠は再開された。
「恐らく長期任務になる」
「そう。それは良かった。君に付きまとわれることもなくなるかと思うと、清々するね」
カチリ。最後の鍵があいた。キィ、と隙間がひらかれる。一歩踏み出した背中に、さらなる声。
「もうすこしでお前の深部にたどり着ける気がしたんだがな……。残念だ」
「…………」
スペッキオの足が止まっていた。何か言いたそうに見えるが、振り返ることまではしていない。
おもむろにスペッキオの頭がさがり、
「──ふはっ」
肩がゆれ、“堪えきれない”といったふうに短い嘲笑が聞こえてきた。狡猾らしい顔がよこを向く。
「…………哀れだね」
──────『バタン』。
扉は閉ざされた。言い置かれていった言葉が何をさしてのものなのか、ルッチにはわからない。“不毛な恋をして”ということだろうか。
そのわりに彼の言い振りは、自嘲めいて聞こえた気がした。
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ルッチ、カリファ、カク、ブルーノの4人がひとつの部屋へ集められた。これから潜入することになるウォーターセブン、及びガレーラカンパニーに関する、現在時点で政府側がもっている情報を共有するため。そして各自につくられた経歴を叩き込むために、用意された資料を関係者から渡されこまかく説明を受けるのである。
その会議の中に、ルッチがCP9に加入してからしばらく、共に在籍していたあの男がいた。
「やあ、久しぶりだな。ルッチ」
「…………あァ」
ルッチにスペッキオが異動したことを知らせ、連絡を取り持とうとも提案してくれた元CP9メンバー。
ルッチはふと思い出した。この男はスペッキオのかつての同僚でもあり──スペッキオと同じ時期にグアンハオにいた、あの男の昔を知る数少ない人物であるということを。
「会議のあと、すこし話がある」
「お前がそう言うときは何か訊きたいことがあるときだな、ルッチ」
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